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特集 杉原愛子が目指す“二刀流” ~Next Stage 第1回~

体操 2023年4月10日(月) 午前8:00

体操女子日本代表としてオリンピック2大会に出場した女子大生が、競技人生にひと区切りをつけました。この春、大学を卒業した彼女は新たな道を歩み始めます。そこにあるのは2つの挑戦です。2023年4月のシリーズ企画”アスリートたちのNext Stage”、第1回は杉原愛子さんです。

 

「未知の世界なので、楽しむことを1番にやっていきたいです」と気負った様子はありません。アスリートのセカンドキャリアが課題となる中、その“二刀流”に込めた思いに迫りました。

“引退ではありません”

 

瞬発力とバランス感覚を持ち味に10代で日本トップクラスの選手となった杉原愛子さんは、いま23歳。平均台やゆかを得意とし、高校2年生で初めて出場した2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、48年ぶりとなる女子団体4位入賞に貢献しました。平均台では片足で2回ターンする難易度の高い技を世界で初めて成功させて、「スギハラ」の名がついています。

 

リオデジャネイロオリンピック 杉原さんの平均台の演技(2016年)

どの種目でも安定した成績を出し続け、2021年の東京オリンピックにも出場するなど大舞台で実績を残してきました。しかし、去年6月の全日本種目別選手権を最後に、体操競技の第一線から退くことを決断しました。「これは引退ではない」と杉原さんは強調します。

杉原さん

体操競技を続けたいという気持ちはありましたが、今後のセカンドキャリアのために、さまざまなことにチャレンジしていきたいという意志のほうがだんだん強くなってきました。ただ、これからも体操の練習は続けていくので、またいつか試合に出たいという気持ちがわき出てくるかもしれません。そのため、あえて『引退』ということばは使わずに『ひと区切り』と表現しました。

指導者の道へ“経験伝えたい”

 

杉原さんが挑む“二刀流”の1つが「指導者」です。華々しい活躍の一方、けがで思うようにいかなかった時期もあったという杉原さん。苦しみを乗り越えてきたみずからの経験を踏まえ、この春から次世代の育成にあたります。今月、兵庫県西宮市の武庫川女子大学を卒業し、来月からは大学の強化コーチに就任します。まずは大学付属の中学校や高校に所属する選手などの指導にあたる予定です。

杉原さん

自分のこれまでの競技人生ではけがが多かったので、けがに対しての向き合い方やコンディションの調整のしかたなど、どうしたら物事を前向きに捉えることができるかなどのメンタル面についても経験を踏まえて丁寧に伝えていけるのがわたしの強みだと思っています。女性どうしだからこそ理解できることもあるし、選手も相談しやすいというのはあると思います。

女性アスリートに寄り添う

 

女性指導者が少ないスポーツ界。しかし、杉原さんは「これからのアスリートの世界では、女性の指導者が当たり前の時代になってくる」と考えています。その杉原さんの指導者への道をサポートするのは、現在、大学生を指導する恩師の大野和邦監督(写真左)です。期待するのは、競技だけでなく、成長期の女性アスリート特有の悩みにも寄り添った指導です。

大野監督

女性アスリートが抱える問題については、男性の指導者の場合だと経験が無いために、気付くのが難しいケースもあると思います。例えば、競技生活の中では生理など女性ならではの悩みも多い。彼女はそうした壁を乗り越えてきた選手なので、経験を生かした指導に期待しています。

これまで互いに技術を磨き合ってきた大学の仲間たちも、杉原さんの存在は、若い選手たちにとって大きな心の支えになるといいます。

 

武庫川女子大学 体操部 武内莉帆さん

ふだんの練習に対する姿勢や、チームメイトへの気配りを見ていて尊敬するところが多かった。女性のからだのことを理解してくれている指導者が身近にいるのは、きっと選手たちにとっても心強いと思います。

“褒めること” 指導者としての流儀

 

指導者として本格的に歩み始めるのを前に、杉原さんは地域の体操教室をまわり、小中学生などのジュニア世代の指導にあたっています。特に心がけているのは、選手を“褒める”こと。

 

「すごい!」 「さっきのとても良かった!」

 

選手たちの動き一つ一つに目を配り、声をかけます。

杉原さん

自分自身もそうでしたが、褒められるとうれしくて、もっと頑張ろうという気持ちになり、自信にもつながります。きっとそういった子どものほうが多いと思うのでたくさん褒めるようにしています。

そして、指導を通して子どもたちに伝えているのが“考える力”を身につけることです。

 

杉原さん

私はジュニア世代の頃は、指導してくれた先生から言われたことだけをやるタイプでした。しかし大学生になってからは、このトレーニングはどの技につながっているのかを考えながら取り組んだことで、トレーニングの質は向上しました。わたしの技術はもちろん伝えますが、わたしのやり方がすべて正しいとは思ってほしくありません。さまざまな方法の中で、自分に合ったやり方を考え、実行できる選手になって欲しいと思っています。

“体操をメジャーに” SNSでも積極発信

そして、“二刀流”のもう1つは「演技者」としての道です。体操の魅力を広めるため、各地での普及活動に力を入れたいと考えています。

 

 

去年9月、鹿児島県の大型商業施設にレオタード姿の杉原さんがいました。トップレベルの演技を披露し、家族連れや、足を止めて見入る買い物客などからは、大きな拍手がわき起こっていました。その様子はSNSでも発信していて、今後も選手たちへの指導の合間を縫って、演技の披露を続けたいと考えています。

杉原さん

わたしの演技を見て、何をやっているんだろう?という興味を持って欲しい。それをきっかけに自分もやってみたいとか、うちの子どもにも習わせてみようかなと考えてくれる人が1人でもいればうれしいです。演技などを通して魅力を発信し続け、野球やサッカーのようにもっとメジャーなスポーツにしていきたいです。

わたしの夢  “日本から金メダル選手を”

 

指導者として、そして演技者としての“二刀流”で挑む新たな体操人生。杉原さんはいま審判資格の取得に向けた勉強にも取り組んでいます。その先に見据えるのは、可能性に満ちあふれた次世代の子どもたちを、世界と戦えるアスリートに成長させることです。少しあどけなさも残る笑顔で、これからの意気込みを語りました。

杉原さん

学生から社会人になり、責任感を強く持たないといけないという自覚もあります。コーチという役割を担う以上、成果は求められますが、指導者として、そして演技者としても、まずは体操を楽しむことを1番に考えて歩んでいきたいです。わたしの夢はオリンピック選手を育成し、金メダルを獲得してもらうことですが、まだまだ選手側から学ぶことも多いです。それでも不安はなく、これからの何が待ち受けているのかすごく楽しみで、今はワクワクした気持ちでいっぱいです。

 

この記事を書いた人

吉田 広太郎 記者

吉田 広太郎 記者

神戸放送局 記者

2008年入局。国際部、World News部などを経て、2022年8月から初任地の神戸放送局で再び勤務。

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