特集 翠富士 幕内“最”小兵 ~小さくても勝てる・推し相撲~

小兵が勇躍
大相撲春場所は前半戦から波乱含みだ。横綱・照ノ富士と大関・貴景勝が休場し昭和以降では初めて横綱と大関が不在となった。
極めて異例の事態の中で連日、大きな声援を受ける小さな力士がいる。
伊勢ヶ濱部屋の26歳、翠富士だ。
身長1メートル71センチ、体重117キロと幕内力士の中では最も小さく軽量だが、土俵にかける思いは決して軽くない。
翠富士
「相撲をやっている子どもたちで小さい子でやめる子が多いので、小さくても勝てるんだぞというところを見せてあげたい」
翠富士とは
翠富士は静岡県焼津市出身。
令和5年春場所 勝ち名のりを受ける翠富士
相撲を続けてきた理由を聞くと「大きい人にたまに勝つのが気持ちいい」と答えが返ってくる。
持ち味は小柄な体格を生かした動きの良さ。
相手が自分より大きくてもまっすぐ当たる正攻法の相撲も得意としている。
令和3年初場所 技能賞を獲得(翠富士は左)
平成28年の秋場所で初土俵を踏み、新入幕を果たした令和3年初場所では9勝のうち5回肩透かしを決めるなどして技能賞を受賞した。
その後、腰のけがに苦しみ十両に番付を下げたが、去年の夏場所の再入幕以降、三役を目標に番付を上げてきた。
117キロは努力の証
現在の体重117キロは幕内最軽量とはいえ入門時の90キロほどからおよそ6年かけて増やしてきた努力の証でもある。
そして、それを冗談まじりに話せるさっぱりとした性格も魅力の1つだ。
翠富士
「体が一回りデカくなりました。体重を増やしたいのでご飯を食べている。特に食べ物にはこだわりはないんですが、大阪に来たらたこ焼きを食べています。たこ焼き分増えたかも」
西の前頭5枚目で迎えた今場所は「体重が増えた分、しっかり押し込めている」と手応えを実感しながら動きの良い相撲で初日から5連勝。6日目には遠藤を相手に得意の肩透かしを決めた。
7日目、大関経験者の高安との全勝どうしの一番ではおよそ60キロの体重差をものともせず、力強い相撲で突き落とした。
同じ部屋の横綱・照ノ富士を相手に稽古を重ねてきたことで“大きな相手”にも動じることはなかったという。
翠富士
「横綱の圧力がすごいので。怖くはないですね。横綱から『(優勝)あるぞ』と、でも『たぶん無理だけど、ハッハッハ』と」
単独トップで迎えた中日も勢いはそのままだった。
今度は身長で20センチ高く、体重では72キロ重い碧山との一番。
立ち合い、右のかち上げを正面から受けた。その後に来たのが激しい突き押し。それでも決して引き下がらなかった。
そして、チャンスを辛抱強く待って左でまわしを引き相手の懐に入り込んだ。
すかさず“肩透かし”
決まりはしなかったものの得意技で相手の体勢を崩して最後は寄り切った。
初日から8連勝。最も小さくて最も軽い力士が誰よりも早く勝ち越しを決めた。
口から血を流し勝ち名乗りを受ける姿に会場からは割れんばかりの声援と拍手が送られた。
小さくても勝てる
土俵下で審判長を務めていた元大関・魁皇の浅香山親方は...
浅香山親方(撮影は令和5年初場所前の稽古時)
「体が動いている、内容もいい。あの体で動いて崩して、前に出ている。小さい力士なのに、一気に持っていけるのは大したものだ」と手放しで賞賛した。
そして「きょうは肩透かしにいきかけたけど切り替えた。調子がいいときは次から次へと攻め手が増えるものだ。よほど調子がいいのだろう」とその強さをひもといた。
取組のあと笑顔で喜びを語った翠富士は小兵力士として抱き続けてきた思いをここでも口にした。
翠富士
「ストレートで勝ち越すのが初めてなのですごくうれしい。小さい人は何をしても勝てば『おおっ』となってくれるのでうれしい。相撲をやっている子どもたちで小さい子でやめる子が多いので、『小さくても勝てるんだぞ』というところを見せてあげたい」
春場所には横綱も大関もいない。だが、有言実行の相撲を貫いてきた小さくても強い力士がいる。
この記事を書いた人

持井 俊哉 記者
平成26年NHK入局
北九州局を経て、スポーツニュース部。小1から剣道をはじめ、現在、5段。「打って反省、打たれて感謝」をモットーに何事にも謙虚に誠実にチャレンジすることを目指す。