特集 テニス 横浜慶應チャレンジャー 世界でも珍しい”学生運営”の国際ツアー 3年ぶり開催

2022年11月に横浜市で男子テニスの国際トーナメントが開かれました。4年前の全米オープンであのロジャー・フェデラー選手に勝ってベスト8に進出したジョン・ミルマン選手(オーストラリア)、去年のウィンブルドン選手権でベスト4のフベルト・フルカッチ選手(ポーランド)など、この大会を経て世界のトップクラスに成長していったプレーヤーがいます。
2007年に創設されたこの大会の大きな特徴は学生が中心となって運営をしていることです。しかし新型コロナウィルスの感染拡大で3年ぶりの開催となったことしは運営を経験した学生がほとんどいませんでした。この状況をどう乗り越えたのでしょうか。
プロテニスプレーヤーの登竜門 15年前にスタート
慶應義塾大学庭球部が練習する蝮谷テニスコート
高く見える秋の青い空から晩秋とは思えない暖かな日光がテニスコートに差し込んでいました。慶應義塾大学庭球部が練習を行う通称「蝮谷(まむしだに)テニスコート」で、男子プロテニスツアーATPの下部トーナメントでチャレンジャー大会の1つ横浜慶應チャレンジャーが3年ぶりに開かれていました。女子プロテニスツアーWTAの下部大会と合わせて約2週間開催され、これから世界のトップを目指す若きテニスプレーヤーが集まっていました(女子の大会は2年ぶりの開催)。
男子プロテニスは大会で多くの勝利を挙げることでポイントを獲得しランキングを上げていくシステム。下記のようなピラミッド構造です。ランキングが上がれば出場できる大会のグレードも上がり、より多くのポイントや賞金を獲得するチャンスを得ることができます。
世界各地で年間100大会以上開催されるチャレンジャー大会はまさしくプロテニスプレーヤーにとっての登竜門。”その環境を日本にも”と2007年に設立されました。
学生が大会運営 “世界でも珍しいトーナメント”
大会の運営を中心となって行うのは慶應義塾大学庭球部の部員たち。ATPは世界各地で年間200以上の大会を行っていますが、関係者に聞いても大学生が運営するトーナメントは世界でも「ほとんど見たことがない」ということです。さらに下部のトーナメントに位置づけられるITF国際テニス連盟のワールドテニスツアーでは、早稲田大学、亜細亜大学、筑波大学の各大学が大会を開催し学生が運営にあたっています。
基本は4年間の在学期間となる学生たちにとって、3年ぶりの開催は運営のための蓄積や経験がないことを意味します。運営統括を務める環境情報学部4年生の日置和暉さんは入学直前の3月に一度だけ大会に関わった経験がありました。
大会運営を統括した日置和暉さん
日置さん
あの時はほとんど何もわからず言われたことをやる立場でした。そこから積み重ねがない中で取り組み始めると、マニュアルはあり何をどうするか手順はあるのですが、どんな目的でやるようになったのかがわからない。実際に準備を進めても、なにか「血が通っていない」というか…そういう部分を考えながらみんなで資料を読み返したり話し合ったりしてきました。
ATP、ITFといった競技団体とのやりとりを担当した文学部3年生の楢岡佑佳さんも競技団体側と学生側の蓄積の差に戸惑ったといいます。
競技団体とのやりとりを担当した楢岡佑佳さん
楢岡さん
これまで積み重ねてきたやり取りがわからないので、何をどこまで求められているかのあんばいがわからなかったです。向こうは過去を踏まえて当然のように言ってきてもこちらは初めて聞くことばかり。大会のバナーの扱い1つをとっても、色やサイズなどが細かく決められているのでただ取り付ければいいというわけではありませんでした。自分の英語の理解で本当に間違いないのか、こちらが伝えたい部分がニュアンスも含めて伝わっているのか不安でした。”とにかく大会ができれば”という思いでやっていました。
特に緊張したのは海外から出場する選手の招待やビザの手続きでした。
楢岡さん
もしも自分が失敗したらと思うと頭が真っ白になりました。海外からの入国制限の緩和などもあって手続きが簡単になったことは正直大きかったです。
大会運営に血を通わせるために
ほとんどの部員が運営に携わった経験がない中、準備は去年12月にスタートしました。庭球部の男女合わせて60人が9つの部門に分かれて大会を支えます。
ATP関係者とやりとりする楢岡さん
仕事の内容はATPやITFといったいわば大会運営の大本となるプロテニス機構とやりとりをするスーパーバイザー部門。海外選手のビザ取得の手助け、ホテルの確保やコート外でのサポートなどにあたるホスピタリティ部門、さらに大会の資金調達のため、スポンサー企業へのプレゼンテーションやクラウドファンディングに携わるスポンサー部門などさまざま。部門ごとに仕事を進めながら、週1回、部門間ミーティングを行うことで情報や課題を共有しながら準備を進めてきました。
運営統括の日置さん
そもそもなぜこの大会が始まったのか、どんなものを目指してきたのかなどを監督や助監督から聞いたり、実際に国際大会に出場している部員の体験や考えを聞いたりして、ただ開催するのではなくどんな大会にしていくのか、そのためには何をどんな目的で準備するべきかをみんなで話し合ってきました。それによってマニュアルをなぞるだけの作業だった準備が目的意識があるものに変わっていったと思います。
朝のミーティングで情報共有する日置さん
大会が始まってからも毎朝のミーティングを中心に、コミュニケーションアプリなどを使って随時全体で情報を共有していきました。日々やり取りを積み上げていく中で学生たちの『より良い大会を作り上げよう』という意識がブラッシュアップされ、各自が主体的に様々なアクションを起こすようになりました。時代に合わせた大会運営を目指してSDGsを掲げたほか、ファンにはコートにより近い場所でプレーを見ることができる、選手には間近で応援してもらう環境がいいと考え、セキュリティを維持したままで観覧エリアを柔軟に調整しました。
出場選手へのインタビューも学生たちが主体的に発展させました。もともとはプロテニス選手に直接質問し競技力向上のヒントを得ようという学びの一環で行われていたものでした。それを大会の広報にも生かすためにSNSで積極的に発信するようにしました。インタビューの時に使う背景のスポンサーボードは学生たちが切り貼りして即席で作りました。
大会のSNS画面(左)と学生が作ったスポンサーボード(右)
外国選手には英語が得意な学生がインタビュー。この日、取材を受けたミルマン選手は世界ランキングの過去最高が33位、去年の東京オリンピックにも出場しました。ランキングが100位台半ばまで下がる中、再起をかけて韓国での3週連続の大会を経て今回4年ぶりに横浜慶應チャレンジャーに出場しました。
ミルマン選手に学生が質問
ミルマン選手は「大学のテニス選手が大会を運営しているという点は大好きなポイント。大学生にとってもふだん使っている場所で国際大会を行うことができるのは非常に貴重な経験になると思います」と学生による大会運営に好感を持っていました。
学生と記念撮影するミルマン選手
ビジョンと志の継承を
男子と女子を合わせた約2週間に渡る大会は11月13日に終わりました。
運営統括の日置さん
無事に開催できてホッとしました。部員たちも達成感のある表情をしていました。
さらにいろいろな学びがあったと振り返ります。
日置さん
物事を進めるためには、ただやるのではなく、なぜ、何のためにやるのか、そのためにどうするのかというビジョンが大事だということ。来年に向けて引き継ぎの資料を作る中で、How Toの部分だけではなく、志の部分も継承できるような内容にしたいです。それから支える側は準備や運営という自分たちのことだけで精一杯になりがちですが、あくまでもプレーする選手たちとその姿を見るために時間とお金を割いて会場を訪れたファンを第一に大会は行われなければならないということ。そして運動部という競技力が優れた選手のみにスポットが当たりやすい環境の中で、コートとは違う選手が活躍できる機会であったということ。いろいろな部員が輝ける場があることの大切さ、ありがたさを感じました。
慶應義塾大学庭球部監督で大会の実行副委員長を務める坂井利彰さんは「スポンサーや観客からお金をいただいたり、ATPなど組織とやりとりしたりするなど、社会とつながって活動する中では上手くいかないからといって逃げることはできない。そういう体験から「責任を負うとはどういうことか」を学んでくれたと思います。苦しい状況やプレッシャーのかかる中でどう振る舞えるか打たれ強くいられるかという面はスポーツにも通じる部分。競技にも社会に出てからの人生にも生かされていくと思います」と話していました。
こうした体験を通じてスポーツビジネスの分野に就職したりスポーツビジネスの分野を大学院で学んだりしている学生もいるということです。
大会終了後に4年生は正式に引退。すでに来年に向けた引き継ぎの作業に入っているということです。物事を進めるためのビジョン、様々なメンバーが輝く場など社会に身を置いて20年近くになる筆者にとっても改めて向き合っていきたいテーマを学生の皆さんの実践から学びました。
この記事を書いた人

三輪 洋雄
2005年入局 富山局―鹿児島局―秋田局―大阪局―アナウンス室
大相撲を中心にスポーツ中継を担当。
テニス中継ではウィンブルドンや全豪オープン、ATPツアーで現地実況など。
細々とテニス歴22年。ピート・サンプラスが永遠のヒーロー