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特集 坂本花織 "昨季を0.01点でも上回りたい” 消えない闘争心で前を向く

フィギュアスケート 2022年12月7日(水) 午後0:00

フィギュアスケート女子シングルの坂本花織選手。ことしは北京オリンピックで銅メダル、世界選手権で優勝という偉業を成し遂げました。22歳で迎えた新たなシーズンは“勝ちたい”という闘争心でみずからを奮い立たせリンクに上がっています。間もなく始まるグランプリファイナルそして来年3月の自国開催となる世界選手権へと歩みを続ける世界女王。カメラマンの私(名古屋)は番組のためシーズン前から取材を行いました。

NHK杯は3年連続の優勝を逃す 新たな表現方法を模索する中で

11月18日から札幌市で行われたグランプリシリーズ第5戦のNHK杯。坂本選手は3年連続の優勝を目指しましたが結果は2位。それでも初戦のアメリカ大会の優勝とあわせた成績で12月8日(現地時間)からイタリアのトリノで行われるグランプリファイナルへの進出を決めました。

NHK杯フィギュアでの坂本選手の演技(2022年11月)

坂本選手は今シーズンさらなるステップアップにつなげようと、カナダ出身のマリー=フランス・デュブレイユ氏に初めて振り付けを依頼しました。北京オリンピックの金メダリスト、ネイサン・チェン選手のプログラムを手がけた女性振り付け師は、フリーの演技の中で曲線的で柔らかな体の動きを求めています。これまでダイナミックな動きを得意としてきた坂本選手にとっては新たな表現方法へのチャレンジ。全身の使い方はもちろん表情や指先の動きといった細かなところまでオンラインで技術指導を受けているといいます。

カナダから坂本選手を指導するデュブレイユ氏

坂本選手

柔らかい動きは自分にとって一番苦手な分野で今はすごく苦労しています。“優しく”と“力を抜く”というのはちょっと似ているようで違うのでそこをしっかり使い分けないといけないと思っています。自分が見えている手は気をつけながら動かせますが、視界から外れるところで動かしている手のことは無意識にダラーンとなることが多いです。そしてまだまだ腕を振り回しているだけというか、振り付け師に教えてもらった振りを今はやっているだけの感じです。そこから自分の感情を出すことやもっともっと見ている人がよくわからないけど感動しちゃうという気持ちになれるようなプログラムにしたいです。

昨シーズンは世界の頂点に! それでも4年後を目指す決意 なぜ?

坂本選手は昨シーズン(2021₋2022)大きな目標を達成しました。2月の北京オリンピックで銅メダルを獲得し3月の世界選手権では初優勝。トリプルアクセルや4回転ジャンプではなく、1つ1つのジャンプや演技のつなぎの動きに磨きをかけたことが功を奏しました。「ちょっとでも成長したい」という思いから4年後のミラノ・コルティナダンペッツォオリンピックを目指すことを決めました。

世界選手権の表彰式で涙をぬぐう坂本選手(2022年3月)

坂本選手

闘争心がまだ消えてないというかまだ闘いたいという気持ちが残っています。消えない限りは頑張ろうと思っています。ことし3月でいったん4年の区切りがつきました。また次の4年に向かっての第一歩になるシーズンになるので、前向きに自分らしくここからまたスタートするという気持ちで挑むことができたらと思っています。下手なものを見せられないし成績を残した分だけの演技はしないといけないのでちょっと大変ですが、今のところそこまで重圧だとは思っていません。いつもどおりにちゃんとやるという気持ちです。

所属するクラブチームで見た驚きのルール 強さの秘密か?

番組クルーはことし8月、盛岡市で行われた坂本選手が所属するクラブチームの合宿を取材しました。そこで驚いたのは世界女王の坂本選手が約40人の大人数でリンクを譲り合いながら練習していたことでした。

クラブチームの選手たちと一緒に練習する坂本選手(2022年8月)

ウォーミングアップが終わって本格的な演技練習がスタート。そして坂本選手の曲がかかります。「いよいよ目の前で世界トップの滑りが見られるぞ」と息を飲んで私はカメラを向けました。ところが演技中盤で坂本選手がジャンプをミスすると、いきなり曲が止まり別の曲が流れ始めました。ジャンプなど演技を失敗するとそこで曲が止まり順番が次の人に移るルールだったのです。メンバーが多くいるため次への待ち時間が生まれます。世界レベルの選手が自分のペースで練習できないことに改めて驚くとともに、ふだんの練習にプレッシャーをかけるこうしたルールがあることで、大会本番でのノーミスの演技につながるようにも思えました。練習に取り組む意識について坂本選手は次のように語っていました。


坂本選手も列に並んで練習の順番を待っていた

坂本選手

ノーミスだからこそ加点がもらえるし上を目指せることになります。どんな状態でもノーミスでできるように練習からノーミスというのは本当に大事だと毎年感じています。ことしもそれをやっていかなきゃなと思っています。試合に出続ける限りは勝っていきたい。練習以上のものは試合では出ないと思っているので、試合でいい結果を残すためには練習を頑張らないといけないのは自分が一番よくわかっています。ずっと頭の中では頑張らないといけないという気持ちなんですけど、それに対して体がついてこないとか考えていることと体の動きが伴っていない感じが今はずっとしています。

葛藤する先に見据えるものとは

4年に一度のオリンピックイヤーを終えた直後のシーズン。坂本選手はグランプリシリーズ初戦となったアメリカ大会で優勝し、第5戦のNHK杯でも2位になりました。順調にグランプリファイナル出場を決めた坂本選手ですが、NHK杯を終えた後のインタビューでは自身の葛藤する思いを率直に明かしました。“悪魔”と称するネガティブな存在と心の中で戦っていると言うのです。

坂本選手

オリンピックでメダルを取ることをずっと目標にしてきて、それが達成できたことと世界選手権で優勝できたことはこれ以上ない喜びでした。本当に4年に一度のチャンスを逃すわけにはいかないっていう気持ちがあったのでずっと気持ちは張りつめていました。これでもかっていうくらい自分が納得するまで練習して試合で完璧にやり遂げるというのが昨シーズンまででした。それを知っているからこそ今シーズンはそこまで頑張り切れていないなと。オリンピックが終わって、自分の頭の中で悪魔と天使が戦っています。「そこまで頑張らなくていいんじゃないの?」という気持ちがずっとではなく試合が終わるたびに出ます。また練習の時も「もうこれぐらいでいいんじゃないの」とか。そういうのがちょっとずつ出てくる感じです。

こう心境を語った坂本選手。「しんどい時はしんどいです。言っていることはマイナスなんですけど、そこから割とポジティブに変換できるので、何とか気持ちは保つことができています」とも話し、葛藤する思いを抱きながらも自分の気持ちをコントロールできているようです。

4歳から始めたフィギュアスケート コーチの存在に改めて感謝

坂本選手の昨シーズンの好成績は本人のたゆまぬ努力はもちろん、所属するクラブチームの中野園子コーチの存在なくして語ることはできません。地元の神戸市で4歳の時から指導を受ける中野コーチへの思いを聞くと…。

坂本選手は幼少期から中野コーチの指導を仰いできた(2022年11月)

坂本選手

中野先生の後押しがなかったら絶対ここまでやれていなかったです。自分に甘くどうしても人に頼ってしまう性格ですが、先生がいつもビシッと喝を入れてくれるのでこの18年間やってくることができました。やっとこの成績を残すことができたのでちょっとは恩返しできたかなと思っています。中野先生じゃなかったら、本当にここまで来てなかったです。「何回言わせんねん!」みたいな感じで怒られ何回も同じことで注意されています。中野先生だからこそ、そこまで本気になって教えてくれていると思うので、マジで神戸に生まれてよかったなと。

坂本選手が絶大な信頼を寄せる中野コーチ。昨シーズンから今シーズンにかけての心の動きをこう説明します。

中野コーチ

終わってからの方が重圧があると思います。やるまではもう必死でとにかく言われたとおり精一杯、本人も突っ走ってきたんですけど、ふと気がついたら自分が世界一に立ってしまったのでそれからの重圧の方が大きかったと思います。(2年連続の世界選手権優勝は)勢いで言っているんだと思います。それに対しても重圧が来ているのでどう達成していくか大変だと。「オリンピックと世界選手権のことは夢だと思おう」とこの間話をしたので、私も一から出直すつもりで頑張りたいです。

0.01点を積み上げるため さらなる成長を期す

坂本選手は昨シーズン、ダイナミックなジャンプや質の高いスケーティング技術で4回転ジャンパーと渡り合い国際大会で確かな足跡を残しました。1つ1つの要素の完成度を高めることが、大技に変わる武器となることを証明したのです。モチベーションの維持が難しいオリンピックのあった次のシーズン、坂本選手は小さな数字を例に出して着実なレベルアップを誓います。

 

坂本選手

試合で見つけた失敗とか修正ポイントを次の試合までにしっかり直して1個1個のクオリティを上げていくことで、これだけ点数が変わってくることを昨シーズンはすごく実感しました。ジャンプにしても振り付けにしても1つ1つ最上級にしたらここまで点数が出ると発見できたので、そこはすごく自信になりましたし今後にも生きると思いました。0.01点でも勝っていけたら勝ったになるのでミリ単位だと思うんですけどちょっとでも成長したいです。

(取材後記)

カメラマンにとって表情豊かな坂本選手は撮影していて楽しく、思わずカメラのレンズを向けたくなる存在です。またリンクの隅にいた整氷作業員に感謝の気持ちを伝えたり、取材クルーが競技会場で撮影準備をしていると駆け寄ってきて「こないだは取材ありがとうございます!」と丁寧に挨拶したりとその人柄も魅力的です。そんな坂本選手がひとたび演技を始めると0.01点にこだわるトップアスリートの姿が現れてそのギャップにドキッとします。

坂本花織選手を取材した「スポーツ×ヒューマン」

12月19日(月)BS1 午後9時~放送

この記事を書いた人

名古屋 純子

名古屋 純子

平成26年NHK入局。秋田局と熊本局を経て報道局映像センター。

去年の東京オリンピックではソフトボールを担当。

優勝の瞬間は涙ながらに撮影しました。

好きな言葉は「One for all All for one」です。

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