特集 北の富士勝昭が斬る 大相撲九州場所

九州場所も誰が優勝するかわからない…
御嶽海が関脇に落ちて大関は貴景勝と角番となる正代の2人。
1人横綱の照ノ富士の出場も今のところ不透明だ。
一年納めの九州場所もまたまた誰が優勝するかわからない場所になりそうだ。
10月には照ノ富士と正代がコロナ禍でなかなか開けなかった昇進の祝賀パーティーを行った。
御嶽海は開催する前に大関から陥落してしまった。
ここで発奮しなければ東洋大学で後輩の若隆景に追い越されることだろう。
横綱昇進祝賀会で師匠の伊勢ヶ濱親方夫妻と並ぶ照ノ富士(10月16日)
玉鷲 つぼにはまれば年に1回は優勝できる
秋場所の玉鷲の優勝は立派というよりほかないが、幕内最年長のじいさんに2度も優勝を許してしまう周りもだらしないということだ。
初優勝から3年以上もたってまた賜盃を奪われるということは、裏を返せば若手は何をやっているのかという話。
鉄人と言われる大ベテランにしてみれば、日ごろの鍛錬が実を結んだと言うまでだ。
2回目の優勝を果たした玉鷲は賜杯を手に笑顔を見せる(秋場所千秋楽)
稽古にしても若い衆に前と後ろから2人がかりで押させたり関取衆が自分以外にいない環境で工夫してやっていたりという点ではよろしいことだ。
ただ他の関取衆の稽古がいかに足りないかということも物語っている。
アラフォーなのだから毎場所毎場所、力は出ないかもしれないが、つぼにはまれば年に1回は優勝できるということ。
周りがいかにやってないか、そのひと言に尽きる。
昔から四つ相撲の長寿はいたが、突き押しタイプは普通なら年を取ったら押せないものだ。
それができてしまうのだから感心する。
体つきも張りがあって若々しいし40歳になっても幕内を務めていそうである。
照ノ富士 再起できなかったらスパッと決断するだろう
横綱の照ノ富士は見るからに状態が悪かった。
もともと昇進した時から先は長くないと本人も腹をくくって土俵に上がっていることだろう。
自分自身で限界はわかっているに違いない。
古傷を抱える膝の手術をしたという話が最近伝わってきたが、手術をしても劇的によくなることはないと思われる。
2、3場所休むかもしれないが、再起できなかったらスパッと決断するだろう。
照ノ富士は初日に不知火型の横綱土俵入りを披露したが10日目から途中休場となった(秋場所)
大関陣については貴景勝はよくやっていると思うが、他の2人については話す気にすらなれない。
稽古を自発的にやらないなら、親方がやかましく言わないといけないのだが言わないのだろう。
私もここ2、3年は稽古を見ていないから何とも言えないが、聞く話によれば2時間くらいで切り上げるらしいが楽なものだ。
オリンピックの選手なんかは聞けば1日に6時間も7時間も練習するというではないか。
昔は相撲がいちばん稽古が苦しかったものだ。
3年も力士をやっていれば立派なものだったが、今は幕下以下でもキャリアが20年以上はざらにいるというのはつまりそういうことだ。
秋巡業のぶつかり稽古で胸を出す貴景勝(10月22日)
大関から陥落することになった御嶽海はたかをくくっていたのだろう。
俺が本気を出せば「こんなものではない」と。
それが負け出したらいかにも本調子ではありませんというような相撲に終始する。
順調に出世してきた力士はそうなる。
そこが学生相撲出身の弱いところだ。
うるさく言う親方がいなくなったのも本人にとっては不幸なことだ。
秋巡業で稽古を行う御嶽海(10月15日)
正代もことしのここまでの成績で見ればトータルで負け越しているのではないか。
大関に昇進して2年で角番5回はいかがなものか。
秋場所後の横綱審議委員会でも話題に出たようだが、年間で何勝以上とか今の大関制度も考え直さなければいけないのかもしれない。
特に大きなけがを抱えているようには見えないが、関取衆ともなれば誰もがどこかしら痛いところはあるものだ。
豊昇龍(右)に首投げで敗れた正代(秋場所12日目)
私も三段目時代、巡業中に盲腸になって腹膜炎で1場所休場してしまったが、それ以外で休んだことは横綱の晩年を除いては1日もなかった。
横綱に昇進した時は負け越してもいいから休まない横綱になろうと思っていた。
ところが11勝4敗が4場所続いたものだから「イレブン横綱」などとボロクソに言われてしまった。
だったら辞めると親方(元横綱千代の山)に申し出たら「ちょっと待て」となって大騒ぎになった。
後援会の連中もやって来て「そんなこと言わないで、11勝したんだから大したものだ」なんて慰められた。
今を思えば当時はやはり厳しかったのだ。
力士をやっていたら休場するほどではないにしろ、どこかしら痛いところがあるのは当然。
それでもそれなりの結果を残さなくてはならないのが横綱と大関の務めだ。
そもそも四股や鉄砲、準備運動を稽古前にちゃんとやっていれば、そうそうけがはしないものだ。
ふだんから稽古をやってない者がやろうとするからけがをする。
けがなんて理由にならない。
ボキッと骨が折れたならやめておけとなるが、ちょっとくじいたりしただけなら、湿布なんかをピタッと貼っておしまいだ。
昔と比較するのもあれだが、今は全体的に甘やかされているのではないか。
若隆景 よく11勝できた
豊昇龍 精神的にしぶとい
関脇の若隆景はふた桁勝ったが初日からの3連敗は何だったのか。
先場所に限らず立ち上がりはいつもよくない。
大関になるためにはやはりそこを直さなくてはならない。
普通なら3連敗でスタートすれば気持ちもなえるものだがよく11勝できたものだ。
せめて2連敗くらいで止めておけば、優勝争いもわからなかっただろう。
序盤であれだけ崩れてもふた桁勝つのだから地力があるのは間違いない。
ちょっと意識し過ぎているのかもしれない。
若隆景は寄り切りで佐田の海に勝ち11勝目を挙げた(千秋楽)
豊昇龍は10番勝って大関とりの起点でも作るかと思っていたが、中盤でおかしくなってしまった。
連敗した時はどこかもろかった。
これという型がないのも原因の1つかもしれない。
立ち合いも頭で当たったり変わり気味に立ったりといろんなことをやるが、もっとバチッと踏み込んだしっかりとした立ち合いを身につければ、星数も1つ、2つ上積みできるだろう。
それと右か左どっちを取ったら強いのかというのがはっきりわかっていないといけない。
それでも関脇で勝ち越すのだから精神的にはしぶといものがあるのだろう。
霧馬山もだいぶ力をつけてきた。
若隆景や豊昇龍もそうだがやはり足腰がいい力士は魅力がある。
豊昇龍が押し倒しで遠藤を下す(秋場所千秋楽)
翔猿 小兵の活躍は痛快
若元春 今の相撲を磨いて兄弟三役で活躍を
新三役の翔猿、翠富士や錦富士といったそれほど体の大きくない力士が上で活躍するのはいいことだ。
大きな力士がだめというわけではないが、体重信仰に歯止めをかけるという意味でも小兵力士が幕内上位で活躍してくれることは痛快だ。
翔猿(右)が下手投げで宇良を破り勝ち越しを決める(秋場所11日目)
幕内で初めてふた桁の星を挙げた若元春は私と同じ左四つということもあってお気に入りの力士だ。
10勝したが惜しい相撲も確か何番かあったと思う。
あまり頭を下げることはないが左四つで胸を合わせて寄るあの形はなかなかいい格好をしている。
頭は無理に下げる必要もない。
今の相撲をさらに磨いて早く兄弟そろって三役で活躍してもらいたい。
若元春が栃ノ心を攻める(秋場所7日目)
7月の名古屋場所で優勝した逸ノ城はもっとやると思っていたが、まぁあんなものでしょう。
速く動かれて上手が取れなかったらなすすべがない。
当然相手も考えてくるわけだ。
早い話が左上手さえ取らせなければいいということ。
あの巨体でもっと立ち合いでバチーンと当たってくれば怖いのだがそこまででもない。
逸ノ城は照ノ富士に敗れるなど6勝に終わり負け越した(秋場所7日目)
逸ノ城にしてももう29歳だ。
20代前半の若くて生きのいい力士がもっと出てこないものか。
プロ野球で三冠王に輝いたヤクルトの村神様(村上宗隆)は22歳だ。
若いというのはそれだけで見ているほうは心が躍る。
大鵬さんが横綱になったのは21歳の時。
私もそんなに力はなかったんだろうが、何とかついていこうと思って必死だった。
大鵬さんだけはしかたないけど、清國さん(最高位は大関)には負けたくないと思って、気がつけば21歳で小結になった。
1年で幕下から三役に上がったことになるが、その時は成人式までには関取になりたいと思っていたので、実現できなかったときは本当に悔しかった。
21、22歳で三役に上がっても当時は若いとは言われなかった。
すでに富樫(のちの横綱柏戸)、若秩父、豊ノ海が10代で新入幕を果たし、ハイティーントリオとして注目されていたし、みんな中学を卒業する頃から入門していたからだ。
今は高校大学を卒業して角界入りするから、あっという間に30歳だ。
相撲界全体が盛り上がるためには、新鮮さも必要だろう。
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