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特集 サッカーワールドカップ出場へ ウクライナ代表「悲しみのなか 誇りをかけて」(前編)

サッカー 2022年8月8日(月) 午後2:35

ワールドカッププレーオフで敗退した、サッカー・ウクライナ代表。ロシアによる軍事侵攻で国を出ることを余儀なくされ、国外で試合に向けた準備を進めることになった。しかし、選手たちはある迷いを抱えていた。知られざる闘いの日々を追った。

 

<スポーツ×ヒューマン「悲しみのなか 誇りをかけて〜サッカー・ウクライナ代表〜」(初回放送日: 2022年7月18日)を再構成して、前後編に分けてお伝えします>

『サッカーをしていていいのか』知られざる苦悩

ワールドカップ予選 プレーオフ進出を決め喜ぶウクライナ代表(2021年11月)

 

スポーツには、戦争を止める力はないかもしれない。それでも、平和を願う人たちの生きる力にはなれる。この夏、そんなことを感じさせてくれるチームがあった。

ウクライナ代表だ。世界ランキング27位(※2022年7月18日時点)に位置するヨーロッパの中堅チームで、“ウクライナの矢” シェフチェンコの国と言えば、思い出す人も多いだろう。シェフチェンコが引退してから絶対的なエースは不在。それでも丁寧にパスをつなぐチームプレーを武器に闘ってきた。

 

去年行われたワールドカップ予選ではグループ2位となり、プレーオフへと進出。6月に延期されたトーナメントでスコットランドとウェールズに勝てば、16年ぶり2回目の本戦出場が決まることになっていた。

 

私たちが取材を始めたのは、軍事侵攻から2か月がたった5月上旬。国外で代表合宿が始まっていた。安全を確保するため、国が合宿地に指定したのはウクライナの南西、中央ヨーロッパにあるスロベニア。

 

スロベニアで5月に行われた代表合宿

招集されたのは、25人のウクライナ国内クラブに所属している選手たちだった(この時点では、まだ欧州のクラブで活躍する選手たち、たとえばマイコレンコ、マリノフスキー、オレクサンドル・ジンチェンコはチームに合流していなかった)。

 

練習は、ランニングや筋力トレーニングなど、基礎的なメニューからのスタート。避難のため2か月近くサッカーから離れていた選手もいたからだ。オレクサンデル・ショフコフスキィ アシスタントコーチは「戦時中という特殊な状況にありますが、私たちは練習を続けなければなりません。基礎練習から実戦までやるべきことが山積みです。時間が足りません」と焦りを口にしていた。

 

残された時間は、あと1か月。急ピッチで進む調整。しかし、代表チームは大きな課題に直面していた。ウクライナ国内で続くロシアの軍事侵攻に、選手たちの多くが練習に集中できずにいたのだ。

 

ワールドカップ予選でプレーするタラス・ステパネンコ選手(2021年10月)

代表チームで10年以上活躍する、タラス・ステパネンコ選手(32)もその1人だった。ウクライナ国内の強豪クラブ・FCシャフタールに所属。身体を張った守備が持ち味のミッドフィルダーだ。

 

2月23日、国内リーグ開幕に備えキーウで練習を積んでいたステパネンコ。だがその翌日、突如ロシアの軍事侵攻が始まり、ステパネンコは国外へ避難することに

なった。ウクライナでは総動員令で、成人男性の出国が制限されている。代表選手にはワールドカップ出場という目標のために、国外で活動することが “特例” で認められたのだ。

 

避難したとき、どんな気持ちだったのか。私たちはステパネンコに尋ねると、彼は表情を曇らせながら語った。

 

 

「正直に言って国を出る判断はとても難しかったです。ウクライナでは戦争が起きていて、私は何かの役に立てたかもしれません。銃は使えないが他にできることはあったでしょう」

 

代表選手たちがスロベニアで練習を続ける間にも、国内の被害は増える一方だった。被害者も日に日に増えていった。そんな国内の状況を、ステパネンコはキーウに残した母親からも聞いていた。

 

ステパネンコは私たちに苦しい心情を吐露した。自分たちだけが、安全な地でサッカーをしていていいのか。

 

 

「正直言って、気持ち的には厳しいです。国内で何が起こっているか毎日見ているし、毎日家族や友達と話しています。いちばん危険な場所で戦っている兵士の友人もいます。自分たちがサッカーをしている間にも亡くなっている人がいる。その事実を思うと、暗い気持ちになり、前を向くことは出来ません」

 

母国が戦火に見舞われる中、自分たちがサッカーをする意味は何なのか。ワールドカップを目指す彼らの中に、大きな迷いが生まれていた。

後編の記事はこちらから!

 

この記事を書いた人

齋藤 章

平成25年入局 大分局→東京スポーツ情報番組部→社会番組部
これまで夏冬のパラリンピック競技や競歩などを取材。

北京パラでウクライナ選手を取材したことから、今回の番組を企画。
好きなサッカー選手はタラス・ステパネンコ(FCシャフタール)

廣瀬 隼人

平成27年入局 高松局→東京スポーツ情報番組部→ラジオセンター
プロ野球や東京五輪・パラリンピックなどを取材。
好きなサッカー選手はオレクサンドル・ジンチェンコ(アーセナル)

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