ストーリー野球

「今が人生の分岐点」菊池雄星が語る夢【後編】

2018-12-14 午後 04:48

今年10年ぶりのリーグ優勝を果たした埼玉西武ライオンズのエース、菊池雄星投手。

ポスティングシステムを利用した大リーグ移籍を目指しています。今月3日には西武がNPB=日本野球機構にポスティングを申請。一歩ずつ、「夢」と語っていた大リーグ移籍に進んでいます。高校時代から抱き続けた「大リーグ挑戦」という夢。故障や不振でその夢をあきらめかけながらも、9年の時を経てそのスタートラインに立とうとする菊池投手に、サンデースポーツ2020の副島萌生キャスターが、今の思いを聞きました。(サンデースポーツ2020 11月25日放送から)

フォーム改造で飛躍

エース候補としての期待を背負って入団しながら、5年目まで相次ぐケガで低迷し自信を失っていた菊池投手。そこから再びはい上がってくる転機となったのは、プロ6年目の2015年シーズンでした。その支えとなったのは、この年から1軍投手コーチに就任した土肥義弘コーチ。土肥コーチから菊池投手にかけられた言葉は、ピッチャーにとって厳しいものでした。

 

「今のままのフォームだと、お前は『ここまでの選手』にしかなれないよ。」

 

この言葉をきっかけに、菊池投手と土肥コーチの二人三脚での投球フォーム改造が始まったのです。

 

菊池投手の投球を見つめる土肥コーチ(写真左から2番目)

 

「それまではケガもあって、どうしても肩をかばうような投げ方をしていたんです。そこで土肥さんからフォームチェンジの話をされました。“お前は絶対に150キロを超えるようなストレートがもう一回投げられるはずだ。だから俺を信じてフォームを変えないか”って。不安もあったんですけど結果も出てなかったので、もう何でもやってやろうという思いでした。それが本当に生きた。今いいピッチングができているのは本当に土肥さんのおかげだと思っています。」

 

大リーグ挑戦への自信は6年目以降急上昇

 

投球フォームを改造するといういわば選手生命をかけた挑戦に成功したことで、菊池投手は徐々にかつての持ち味だった150キロを超えるストレートの力を取り戻していきました。このシーズン9勝10敗と負け越したものの、防御率や四球数が大きく改善。肩のケガに伴うプロ入り後の低迷で「0%」に落ちていた大リーグ挑戦という「夢」への自信も、再び上向き始めました。

 

「球速が一気に上がったのが大きかったです。この年に157キロまで出せました。結果としては勝ったり負けたりを繰り返していたんですけど、その時のベストを尽くしていた。一球一球のボールだけを見たら、良いときの状態に戻ってきている自信が出てきたんです。」

アメリカで思い出した夢

そして2015年のオフ。菊池投手の「夢」への思いを決定づける出来事がありました。大リーグの試合を初めて見に行ったのです。大リーグで世界一をかけたポストシーズンの真っ最中。大リーガーたちの真剣勝負。本場の“ベースボール”がそこにありました。 
 
「まず鳥肌が立ちました。ちょうどポストシーズンの時期でスタジアムは満員。『ここが僕の目指してた場所なんだよな』って、高校3年生のときに戻ったような感じがしました。別にメジャーに行きたいから、とか明確な目標があってアメリカに行ったわけじゃなくて、単純に時間があったんでちょっと野球を見に行ってみたいな、ぐらいの気持ちだったんですけどね。でも試合を見ながら『ここで野球をしなかったら、多分死ぬとき後悔するんだろうな』と思いました。メジャーの舞台に立てるか立てないかは別として、もう一回本気になってメジャーを目指さないと野球をやめるとき、引退するときに後悔するだろうと。」

 

菊池投手の中で、消えかけていた大リーグへの思いに火が付いた瞬間でした。

 

 

「一回自分の気持ちに『ふた』をして、忘れかけてたような場所だったんですよね。でも、自分は意味があってこの球場に来たんだ、この場所に呼ばれているんだって感覚がしたんです。だからこのまま「メジャーに行けたらいいな」みたいな気持ちでは絶対に行けない。行くって決めなきゃ行けないと思ったんです。行くと決めたら、自然と野球への取り組み方も変わっていったように思います。」

ゆるぎない信念

菊池投手は肉体改造に乗り出し、持ち味のストレートに磨きをかけていきました。左ピッチャーとしてプロ野球史上最速となる158キロを記録。3年連続で2桁勝利をあげ、球界を代表するピッチャーへと上り詰めていったのです。

 

 

高校時代、「周囲を気にして」あきらめた大リーグ挑戦の「夢」。あれから9年、菊池投手は野球に向き合う思いをノートに書き続けていました。そこに今年の夏、新たにつづった言葉がありました。数々の挫折や困難を乗り越えてたどり着いた、ゆるぎない信念です。

 

“始めから賛成されるものにろくなものはない”

 

「メジャーに行きたいとか『夢』を語ると、絶対周囲からリアクションがあります。ポジティブなことだけじゃなくて、当然ネガティブな反応もある。でも夢に挑戦するということは、いろんな反応も含めて覚悟しなきゃいけないんだなと思うんです。その中でも純粋に周りを気にせずに、自分が本当にやりたい、行きたい場所に行くことが大事なんじゃないかなって。この言葉を書いたのは成績が出ていない時期で、周囲から大リーグ行きについて色んな声があったんです。そこで100人に聞いて100人に賛成されるのを待ってたら、いつまでも挑戦できないなと。やっぱり自分自身が行きたいかどうかだし、そこを大事にしようと思ったんです。やっぱり9年前、いろんなことを考え過ぎた部分もあったので、純粋に行きたいんだったら今しかないと。今年の7月ぐらいに覚悟がつきました。」

 

最後に、涙の会見から9年の時を経て大リーグ挑戦という夢へのスタートラインに立とうとする今思うことは何か、菊池投手にたずねました。

 

 

 

「僕の今までの選択、今までの道のりに悔いは全くないです。ライオンズに入って苦しい時期、結果が出ない時期も長かったですけど、でもこうやってアメリカに挑戦できる立場にいるということは、本当に幸せなことだなと思っています。今は自分の人生の中で一番の分岐点だと思うので、ワクワクした気持ちのほうが強いです。」

 

自分の道を信じて進む。夢への覚悟を決めた27歳の言葉がそこにありました。

9年前の夢をかなえて

高校時代に打ち立てた大きな夢をかなえようとしている菊池投手へのインタビュー。その目の輝き、生き生きとした言葉に触れて、私・副島萌生も同い年の27歳として、心から応援したい気持ちになった時間でした。高校時代に持った純粋な夢は、進学や就職などを経て現実を見ていく中で、もしかしたら見失ってしまいやすいものなのかもしれません。でも菊池投手の姿を見ると、どんな壮大な夢でも、たとえ自信を失っても、その夢を持ち続けることの大切さを教えてもらえる気がしました。

そしてこの取材で、実は私も高校時代からの9年越しの夢をかなえることができました。9年前の選抜高校野球、開会式と閉会式の司会を務めさせていただいた後、私は地元の青森に戻って日記を書きました。

 

副島キャスター 18歳の日記

 

“アナウンサーとして菊池投手に取材をしたい”

 

夢を持ち続けることは素晴らしい。そしてこれからも、夢を持ち続けていたい。そう感じた取材でした。

大リーグ移籍に向けて、12月3日にポスティングの申請がされた菊池投手。大リーグ球団との交渉が、いよいよ始まります。

 

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副島 萌生 キャスター

NHKサンデースポーツキャスター
放送部だった高校時代に春のセンバツの開会式閉会式の司会を担当

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