特集 プロ野球 ソフトバンク 周東佑京選手「いま、できることを」盗塁王の挫折と進化

おととし・2020年の盗塁王、ソフトバンク・周東佑京選手(26)。この年の13試合連続盗塁はプロ野球記録で、育成出身の盗塁王獲得は初めてのことだった。チームもリーグ優勝、日本一となり、その一員として、華々しい活躍をみせた。ところが去年・2021年は、開幕から先発メンバー入りを果たしてはいたが、打撃に精彩を欠き、先発を外れることが多くなった。そして8月、右肩のケガでチームを離れ、手術を経て、リハビリに入った。
苦しい時期を乗り越えて、ホークスのいだてんは、ことし5月、1軍の舞台に帰ってきた。5月29日の試合後、ヒーローインタビューを受けた周東選手のことばには、この間の偽らざる思いがあふれていた。
周東 選手
何回も気持ちは折れた。戻ってこられるか不安だった。
“足”が招いた“肩”のけが
2021年8月、周東選手は右肩に違和感を覚え精密検査を受けた。診断の結果、大けがであることが判明し、手術を受けることになった。
なぜ、右肩の状態がここまで悪くなったのか。専門家の診察を受けた周東選手の話を要約するとこうなる。自身は盗塁を狙って、ギリギリまで大きくリードをとる。当然相手投手は警戒し、たびたびけん制する。これを受けて帰塁する際、リードが大きいこともあって、足からではなく、手から戻る。相手選手が右肩にタッチする。このタッチが繰り返されたことによる負担が徐々にたまり、限界を超えたという。
リハビリに励む周東選手
手術後のリハビリでは最初、ボールを投げることができなかった。ノックも捕球だけで、送球はしないことが続いた。選手層の厚いチームにあって、自身の穴は、必ず誰かが埋めてしまう。自身の状態が一進一退となっている中、焦りだけが募った。
周東 選手
ある日、ふつうに投げられていたのに、次の日、急に投げられなくなったりした。リハビリがいいペースで進んで、春のキャンプも行けるかというときに、投げられなくなったこともあった。周りの選手はバリバリプレーできていて、自分だけ遅れてしまってシーズンの開幕にも間に合わない。すごく不安があった。
焦りの中で達した境地があった。
周東 選手
まだその距離で投げてはダメだと言われているのにやってしまって、肩の痛みがぶり返したことがあった。そのときに『いま、できることをしっかりやる』と自分に言い聞かせていた。
「いま、できること」は何か。体作りを根本から見直そうと、新たに栄養や食事の勉強を始めた。トレーニングでは下半身の強化を特に進めた。食事とトレーニングの効果で、リハビリの期間中、体重は最大で10キロほど増加したという。
実戦復帰は4月12日の3軍戦、2番・指名打者で先発出場した。
第1打席、いきなり肉体改造の成果が出た。力強いスイングが生んだ鋭いあたりは、右中間を破るツーベースヒット。記者はバックネット裏から映像を撮影していたが、あまりの打球のスピードに、球を追うことができなかった。手術した右肩は万全ではなく、守りにはつかなかったものの、周東選手が長いトンネルを抜けた瞬間を見た気持ちがした。
周東 選手
本当に戻れるかと思った時期もあったので、本当によかった。1軍復帰にはまだまだ時間がかかると思うが、一歩一歩前に進めている。いま、できることをしっかりやって、結果を残して、みなさんにもう1回いいところを見せられるよう頑張りたい。
1軍で進化した姿 苦境を乗り越えて
5月29日 広島戦で今シーズン初ホームラン
5月25日に1軍昇格を果たすと、いきなりDeNAとの交流戦に代打で出場し、ツーベースヒットを打った。29日の広島戦ではプロ通算ホームラン5本のプレーヤーが、今シーズン初のホームランを打った。交流戦をはさんで、リーグ戦が再開すると、6月18日の楽天戦で相手の先発がサウスポーということもあって、ベンチスタートとなったが、9回の守りから出場し、1対1の同点で迎えた延長10回、この日、初打席に臨んだ。
相手の抑え、松井裕樹投手は同学年。周東選手は群馬の東農大二高出身で甲子園出場経験なし。一方の松井投手は、神奈川の桐光学園高2年の夏に、大会記録となる1試合22奪三振をマークし、全国にその名をとどろかせた。
6月18日 楽天戦 延長10回に松井裕樹投手からサヨナラ2ランを放つ
周東選手は「高校時代から雲の上のような存在」という松井投手から打った瞬間にそれとわかるサヨナラホームランを打った。一塁の手前で周東選手が拳を突き上げた姿を見て、強く胸を打たれた。
周東 選手
サヨナラホームランは人生初。チャンスに弱くて、サヨナラヒットすらなかった。誰も予想していなかったと思うし、自分自身が一番予想していなかったのでびっくり。
周東選手は今回の取材で、リハビリ生活を振り返り、今後につながる自信を得たと話した。
周東 選手
ふつうにやっている人より、ケガを乗り越えた人は強くなるのではないかと思う。1個1個の積み重ねが人を強くする。そうやって自分が強くなった自信はある。
周りを見て、焦るという人間の弱さ。その弱さを克服し、地道に「いま、できること」をやり続けるのがアスリートの力なのだろう。心身ともに進化を遂げた周東選手の今後のプレーがどんな輝きを放っていくのか。担当記者として見続けていきたい。