特集 プロ野球 楽天 西川遥輝選手「苦しんでまた強くなる」

「野球ができないんじゃないか」
パ・リーグ首位を争う楽天の開幕ダッシュをけん引した西川遥輝選手の2022年は、このことばから始まっていた。盗塁王4回を誇る30歳はいま、自分の役割をひたむきに全うし、新天地で躍動している。
チームの原動力
4月30日 ソフトバンク戦 9回に同点3ランを放つ西川遥輝選手
日本ハムから楽天に移籍して迎えた今シーズンは、誰もが目を見張る滑り出しだった。西川選手は開幕から走攻守で結果を残し、3月・4月にはプロ12年目で初めて月間MVPに選ばれた。5月以降は調子を落としているが、チームが上位に位置し続ける要因を語るうえで西川選手の存在は欠かせない。
どん底
半年前はどん底だった。年明け直前の去年12月下旬、西川選手は楽天への入団が決まり、オンラインで会見を開いた。
西川 選手
また野球ができることに非常に喜びを感じている。本当に不安だったし、もしかしたら野球ができないんじゃないかとネガティブな考えになっていた。
苦しいシーズンオフを過ごしたのは2年連続だ。日本ハム時代の2020年オフ、アメリカ大リーグへの挑戦を目指すも契約に至らなかった。失意から臨んだ昨シーズンは、打率がキャリア最低の2割3分3厘に終わる。そして去年、11年間在籍した日本ハムを自由契約となり、楽天が獲得に名乗りを挙げた。年俸は大幅に減り、ポジションも確約されていない。いわば拾ってもらった形の移籍だ。
チーム改革で存在感
2月の沖縄キャンプで「楽天・西川」としての本格スタートを切った。一時は「野球ができないんじゃないか」とまで追い込まれた西川選手には、かつてないハングリー精神が宿っていた。キャンプイン直後、シーズンの目標を問う機会があった。「チーム盗塁数1位」という少し予想外の答えが返ってきた。代名詞である盗塁は盗塁でも、個人ではなくチームとしての数を増やしたいとはっきり言ったのだ。
西川選手の"盗塁塾"
西川選手は早速、実行に移した。コーチと相談したうえでキャンプ地に“盗塁塾”を開講した。全体練習後、一塁ベース付近に西川選手を囲むように辰己涼介選手や小深田大翔選手など若手たちが集まる。体重移動の仕方、スタートを切るタイミング、お尻の使い方など、“西川先生”は培ってきた盗塁の極意を惜しみなく伝えた。“塾生”の若手たちは、目を輝かせながら真剣に耳を傾け、さらに質問をぶつけていた。
楽天の今シーズンのチーム盗塁数は、ここまで46(6月12日時点)。昨シーズン1年間の45をすでに上回った。自身の持ち味を存分に生かした献身的なチーム改革は、新たな強みを楽天にもたらし、西川選手の存在感をより高めている。
努力の価値を知っている
新風を吹き込むリードオフマンについて、移籍に尽力したゼネラルマネージャーを務める石井一久監督は、その野球に対する姿勢も高く評価する。
4月30日 同点3ランを放った西川選手を迎える石井監督
石井 監督
野球に対して真摯に向き合い、練習はそつがない。日本ハム時代も試合が終わったらすぐ練習している姿を毎回見ていた。試合で結果が出なくてもしょんぼりして終わらず、そこからまたアクションを起こし、成功してもさらに練習する。努力の価値を知っている選手だ。
野球への真摯な姿勢は、西川選手の準備へのこだわりにも現れている。キャンプではほかの選手よりも早くグラウンドに現れ、1人静かにマットを広げて黙々とストレッチを行った。ほかの選手が合流し周りで談笑を始めても、西川選手だけはひとり黙々と自分のからだに向き合っていた。
シーズンに入っても毎日、練習前におよそ40分、試合直前にも10分、ストレッチは欠かさないという。華やかで明るいイメージの裏側には、地道なルーティーンをおろそかにしない影の努力がある。
西川 選手
準備には一番、重きを置いている。毎日同じようなストレッチをして、ちょっと硬いなと思ったらそこを多めにやる。高校の時からずっとやっていて、基本的な内容は変わらないが、年を重ねてだんだん増えていっている。しょうもないけがで離脱をしたくない。
苦しんでまた強くなる
開幕直後から一転、5月以降の西川選手は苦しんでいる。3月と4月で3割3分3厘だった打率は、5月が1割6分2厘、6月が1割7分1厘(6月12日時点)。40打席ノーヒットが続き、定位置だった1番の打順が変わり、先発メンバーを外れることもあった。ジェットコースターのようなシーズン序盤を本人はどう受け止めているのか。西川選手が取材に応じた。
西川 選手
シーズン当初は、塁に出ることも多くて走ることも増えて、今まで感じたことのないくらいの疲れが一気にきた。40打席ヒットが出ないことよりも、自分が打てない、塁に出ていないことで、チームが勝てないことが一番ひきずった。ずっとそんなに順調にいくはずはないと思ってはいたが、ここまで落ち込むのもあまり想像していなかった。
いまは再び光が差し込みつつある。6月7日の広島戦で41打席ぶりにヒットが生まれ、9日の広島戦では5月6日以来、約1か月ぶりのタイムリーヒットを打った。西川選手の成績に呼応するように5月に失速した楽天は、交流戦終盤に2カード連続で勝ち越し再びリーグ首位に浮上した。
西川 選手
良いときに比べたらまだまだ。少しでも自分の納得いく打席を増やすことを心がけている。交流戦後の空いた期間にしっかり体も整え、いい形でオールスターまでいきたい。何とか一歩ずつでも階段を上っていけたら。
以前「楽天でどんな存在になりたいか」と尋ねると、西川選手は「いなくなったら困るよねって言われるようになりたい」とさらっと答えた。この春にどん底からはい上がったように、好不調の波に襲われて苦しんでも、それをたゆまぬ努力で乗り越え、またさらに強くなる姿を期待したい。