NHK sports

特集 小林陵侑 “ビッグジャンプ” で北京オリンピックに挑む!

オリンピック スキー 2022年1月25日(火) 午後6:10

2022年北京オリンピックで金メダルの期待がかかるスキージャンプ小林陵侑選手。所属チームの監督でもあるレジェンド・葛西紀明選手のもとで急成長し、3年前、記録を塗り替えるビッグジャンプで日本選手で初めての世界王者に輝きました。長野オリンピック以来、24年ぶりの金メダルに挑む若き天才ジャンパーの復活をかけた挑戦を追いました。

天才肌の感覚派ジャンパー

スキージャンプ・ラージヒルの個人種目、団体種目で日本が世界を制し、日本中が歓喜の渦に包まれた1998年の長野オリンピック。あれから20年後の2018年、長野以降の5大会金メダル獲得なしと長く低迷期が続いていた日本スキージャンプ界に、彗星の如く現れたのが小林選手でした。圧倒的な飛距離を武器にワールドカップ第3戦を制し、世界のジャンパーの頂点に立ったのです。

 

2021-22 スキージャンプ 男子 W杯 エンゲルベルク大会 小林陵侑

 

快進撃は続き、この年のワールドカップ最終戦では、ヒルサイズを遙かに超える252mの大ジャンプを記録。ワールドカップ日本男子初の総合優勝に輝きました。

風に合わせて板を自在に操る天性の素質

小林選手最大の武器は、ヒルサイズ(安全に着地できる地点)越えのジャンプを連発する圧倒的な飛距離。なぜ、小林選手は遠くに飛んでいけるのでしょうか?所属チームの監督、葛西紀明選手は、空中でのスキー板の使い方に注目していました。

 


スキージャンプは、風を利用し、浮き上がる力、「揚力(ようりょく)」を得ることでより遠くに飛びます。葛西選手を含めた、今の多くのジャンパーたちは、空中でスキー板が外側に上がっています。これでは風が外側に逃げてしまい、十分な揚力を得ることはできません。

 


一方、小林選手の場合、スキー板は、ほぼ平ら。この体勢によって風をとらえ、より大きな揚力を得て飛ぶことができるのです。

 

スキージャンプの動作解析を研究する北翔大学の山本敬三教授によると、小林選手の強さは他にもあると言います。それが、飛び出した直後のスキー板の角度です。

 


踏み切りから0.2秒後のスキー板の角度を見ると、葛西選手は水平に対して13度上。一方小林選手はわずかに8度。実は、この角度の差が飛距離に大きく関係すると言います。

 

北翔大学 山本敬三教授

スキー板が立ち上がってしまうと、前からやってくる風が板によって曲げられるというか。
風によって体全体が後ろ側に減速させられてしまうわけですよね。

 

 

踏切から飛び出す時の速さは時速90km。すさまじい風の抵抗を受けます。スキー板の角度が小さければ小さいほど、抵抗も小さい。小林選手の動きは、科学的にも裏付けされた高い技術のジャンプなのです。

 


また、日本代表のヘッドコーチ・宮平秀治さんは、小林選手が持つある能力を指摘します。

日本代表 宮平秀治 ヘッドコーチ

(陵侑は)非常にバランス能力が高い。重心の掛け方というか、ふらふらしないで、安定感があるというか、ずば抜けていました。空中での風の微妙な強弱とかあったりして、体が揺れたりしやすいんですけれども。あまりふらつかず飛んでいけるので。そこが彼の強みなのかな。

 

 

小林選手には、類まれなるバランス感覚や、風に合わせて自在にスキーの板を操る、ジャンパーとして天性の素質が備わっていたのです。

レジェンド・葛西と共にジャンプを磨く

 

岩手県八幡平市で4兄弟の次男として生まれた小林選手。クロスカントリーの選手だった父の元、スキーの基礎を叩き込まれました。

 


6歳の時、興味本位で始めたのがジャンプでした。転んでも、転んでも、もっと遠くまで。夢中になって飛び続けた小林少年。

小林陵侑選手

小さいときってそんなに飛べないから一瞬なんですけど。それがハマったんでしょうね。楽しかったんでしょうね。

 

高校生になるとノルディック複合の全国大会で2連覇。その才能にいち早く目をつけたのが、“レジェンド”の葛西紀明選手でした。小林選手に、往年の名ジャンパーの片鱗を感じたといいます。

 

2019-20 スキージャンプ 男子 W杯 クリンゲンタール大会 シュリーレンツァウアー選手

 

ワールドカップ歴代最多勝を誇るオーストリアの英雄・シュリーレンツァウアー選手。そのダイナミックなジャンプに、小林選手の姿勢がよく似ていたのだそうです。

 

葛西紀明選手

この子は絶対、その、シュリーレンツァウアー選手に近いジャンプをして、将来行くんじゃないかな?と言うふうに、もうピンときたんですよね。それでもう、欲しいなと思って。

 

 

小林選手は、高校卒業後、葛西選手が所属している「土屋ホーム」に入社。ハードなトレーニングを積み重ねました。

 

2016-17 スキージャンプ 男子 W杯 開幕戦 ルカ大会 小林選手

 

しかし、社会人2年目の20歳で日本代表に選抜されワールドカップに本格参戦するも、最高は33位。全く歯が立たちませんでした。

 

葛西選手は、小林選手が抱えていたある弱点を見抜いていました。それは、踏み切ったと同時に、ジャンプ台の上で足元が滑る「スリップ」。
助走から踏切にいたる瞬間のほんのわずかな動きによって、助走の力をジャンプに生かし切れていなかったのです。

 

葛西紀明選手

飛ぼうとすると、このようにずるっと、パワーが伝わらないで、すっこ抜けてしまうというか。そういう感じになるので。スリップしないで飛んでいくのが理想なんですよね。

 

 

スリップを防ぐために、取り入れたのがインラインスケート。滑りながらジャンプをして障害物を乗り越え、地面に垂直に力を伝える感覚を磨きます。

 

小林陵侑選手

飛ぶ時、気持ち足をグッ!みたいな。そこでしっかり力を伝えることができなきゃうまく飛び出せないので、よくなってきていると思います。


葛西紀明選手

スリップしているだけだから、それを直せばすぐに飛べるよ、って教えちゃったんですよ。そしたら、(陵侑は)すぐにできちゃった。
あ〜、もうちょっと泳がしておけばよかったな、と。今は僕より強くなっちゃって。悔しい。悔しいけど、嬉しいです。


2018-19 スキージャンプ 男子 W杯 最終戦 プラニツァ大会 表彰式 小林選手が13勝目に輝く

 

葛西選手と共に築き上げたジャンプ。小林選手は22歳でシーズン13勝を挙げ、世界の頂点に立ったのです。

感覚がつかめない…北京オリンピック前年の大きなスランプ

2020年11月 NHK杯 ジャンプ男子で3位に入った小林陵侑

 

2020年11月、北京オリンピック1年前の大事なシーズンが始まりました。
史上初の3連覇がかかったNHK杯。ここで弾みをつけ、ワールドカップに繋げたいところ。

 

ところが結果はまさかの失敗。完璧かに思えた小林選手のジャンプ。その歯車がわずかに狂い始めていました。

 


不振は全日本選手権でも。踏切のタイミングがズレ、飛び出した瞬間に左右の板がぶつかってしまいます。結果、空中でのバランスは失われて失速。普段では考えられない初歩的なミスが出ました。

小林陵侑選手

わからなくなってきちゃって。なんか、こんがらがってきて。ジャンプが。うまく動けないんですよね。考えすぎると。

 

実はこのとき、小林選手は大きなスランプに陥っていました。

小林陵侑選手

ずっとアプローチが噛み合わなくて。感覚的な問題なんですけど、そこは。安定させなきゃなって思っています。

 

アプローチとは、スタートから踏切までの助走姿勢のこと。雪や風の天候、ジャンプ台の形状、それらに合わせてアプローチを微妙に変えていかなければなりません。
腰の高さや体を傾ける角度、重心の置き方によって、飛距離は大きく変わるといいます。

 

日本代表 宮平秀治 ヘッドコーチ

本当に微妙なところなんですけれども。例えばお尻の位置、1センチ2センチ。体の上半身の位置。本当にごくわずかな違いが飛距離として表れてくる競技なので。

 

しかもハードなトレーニングによって、小林選手の体格は変化していました。
体格が変わると、アプローチの姿勢も微妙に違ってくる。繊細なアプローチの感覚をうまく掴めなくなっていたのです。

 


取り組んだのは、体のバランスを整える地道な基礎トレーニング。はやる気落ちを押さえ、体の隅々まで入念に調整します。

 


腰を沈める高さもミリ単位で修正。窓ガラスに映ったアプローチフォームを繰り返し確認し、ビッグジャンプのイメージをひたすら体に覚えさせていきます。

 


そしてジャンプ台での練習。アプローチの感覚を掴もうと必死にもがき、途方もない試行錯誤の繰り返し。見えない壁との孤独な戦いが続きました。

苦しみ抜いてたどり着いた答え 世界王者の完全復活!

 

スキージャンプのワールドカップが開幕した2020年冬。北京オリンピックに向けて小林選手は、実戦を積むことで立ち直りのきっかけを掴みたいと考えていました。

 

しかし、ポーランドで行われた初戦は予想外の27位。課題のアプローチはうまくかみ合わず、踏み切るタイミングを合わせられません。その後の大会でも苦戦は続きました。

 

小林陵侑選手

イメージがわかなかったんですよね。周りのジャンプを見てみても。
わいたとしても、動けなかった。その思い通りに。
ビデオも何回も見たり、他の選手のいいところを見たりしているんですけど、身体とイメージが一致しない。


2020-21 スキージャンプ 男子 W杯 ガルミッシュパルテンキルヒェン大会 小林 選手

 

そんな中で迎えた2021年の元日、ドイツで行われた第9戦。ヒルサイズに迫るジャンプを見せ、シーズン初のひと桁順位につけました。
失敗を重ねる中で見えてきた、わずかな希望の光。その後、着実にひと桁順位は増えていきます。

 

2020-21 スキージャンプ 男子 W杯 ザコパネ大会 小林選手が今季初優勝

 

そして迎えたポーランドでの第20戦。これまでの鬱憤を晴らすかのような大ジャンプで、シーズン初優勝を飾ります。

 

2020-21 スキージャンプ 男子 W杯 プラニツァ大会 個人 小林選手

 

さらに、スロベニアで行われた第23戦ではヒルサイズを越える久々のビッグジャンプ!
世界王者が完全復活した瞬間でした。

なぜ蘇ることができたのか?小林選手の口から出たのは、“諦め”という言葉。

小林陵侑選手

んー、まぁ、飛べないことに関して、普段のテンションも落ち込んでもしょうがないので。諦めてました。まぁ、一旦、いっか、みたいな。
何度もビッグジャンプもしたいですし、表彰台に乗りたい…気持ちですけど、まあ、30位に入れなかったこととか、そういうときもあるよねっていう諦め。

 

―勝つことへこだわりを捨て、ただ風を切り、大空を舞う-

 

遠くまで飛びたいと夢見た、あの少年の頃のように。苦しみ抜いてたどりついた、小林選手の答えでした。

 

小林陵侑選手

多分力んでいたから、それは本当に力強く踏み切ろうとか。そういうイメージだったんで、そんなことしなくても、無駄さえなくせば飛んでいくっていう。

 

そして迎えた、北京オリンピックシーズン。2021年10月のNHK杯では、ヒルサイズ越えのビッグジャンプ!2位に大差をつけた圧巻の優勝に、ライバルたちも舌を巻きます。

 

2021-22 スキージャンプ 男子 W杯 ルカ大会 小林選手が初優勝

 

翌月11月のワールドカップでは、世界中から金メダル候補が集まるなか、ロシアでの初戦でヒルサイズに迫るジャンプで2位。続くフィンランドでの第3戦は、ヒルサイズ超えのビッグジャンプで優勝!北京オリンピックでの活躍を予感させる、大きな手ごたえを掴みました。

 

意気込みを語る言葉にも、力強さが溢れます。

 

小林陵侑選手

まぁ、率直に言って、金メダル取りたいですけど。とにかく自分のジャンプをするだけだと思うので、見つめ直していきたいですね。

 

 

2022年2月4日に開幕する北京オリンピックに挑む、日本ジャンプ界のエース・小林陵侑選手。どこまでも、高く、遠くへ。スランプを乗り越え、また一つ強くなった小林選手の活躍に期待です!

 

北京オリンピックの放送予定やライブストリーミングはこちら!

関連特集記事