NHK sports

特集 ストレスをコントロール!車いすバスケ銀メダルの日本代表も実践した方法とは

パラスポーツ パラリンピック 2021年12月27日(月) 午後1:45

東京パラリンピックで強敵を次々に撃破し、史上初の銀メダルを獲得した車いすバスケットボール日本代表。その選手たちはフィジカルなトレーニングだけでなく、試合で最高のパフォーマンスを発揮できるよう、8年にわたってメンタルトレーニングにも取り組んできました。指導したのは、シンクロナイズドスイミングの五輪メダリストにしてメンタルトレーニング指導士、田中ウルヴェ京さん。今回はメンタルトレーニングの一部でもあるストレスとの付き合い方について、コロナ禍でストレスを抱えがちな私たちもすぐに実践できる方法をウルヴェさんにお聞きしました。

イライラしてもいい 「しなやかなメンタル」が大事

ーー開催すら危ぶまれた東京パラリンピックですが、ウルヴェさんがメンタルトレーナーを務める車いすバスケットボール日本代表チームは見事、銀メダルを獲得しました。厳しい状況の下、選手たちはストレスを抱えていたのではないでしょうか。

 

東京パラリンピック 車いすバスケットボール日本代表チーム

 

ウルヴェさん:確かに不安やストレスを感じた選手も少なくありませんでした。でも不安は不安として受け入れたうえで、じゃあ、自分たちにはいま何ができるのかを考え、行動する。選手たちは、コロナとは無関係に、そういうトレーニングを8年間やってきました。だからコロナ禍でも、それまでのメンタルの整え方と特に変わるところはなかったですね。

 

東京パラリンピックが開催されるかわからない、不安だからといって、その日のシュート練習をやめるのか?というとそういうわけではないですから。誤解されることが多いのですが、メンタルトレーニングというのは、「弱い心を強くする」とか「よくない感情を持たないようにする」ということとは違うのです。

 

ーー「強いメンタルでストレスに打ち勝った」というわけではないのですか?

 

車いすバスケットボール日本代表の合宿にて(2017年11月撮影)

 

ウルヴェさん:違います。そもそも私たちは誰でもメンタルが強いと感じる日もあれば弱いと感じる日もあるでしょう。アスリートが大事な本番で力を発揮するために目指すメンタルは「しなやかなメンタル」です。日々、常に変化する目の前の状況に合わせた最適な行動を見極めることができるメンタル(感情と思考)ということです。だからこそ、日々の自分の感情の機微に気づけることこそがメンタルトレーニングの第一歩です。ですから、不安を感じる自分、イライラする自分、焦る自分、落ち込む自分、、、などの自然な感情に気づくことが大事です。そもそも感情自体をコントロールなどできないのですから、不安やイライラを無理に抑えようとするのはむしろ間違っています。大切なのは、そういった自分の自然な感情に気づくこと。感情にさえ気づけば、「感情に任せた行動」といった間違いを減らすことが可能です。コントロールすべきは、感情自体ではなく、感情に気づかずに感情に任せた間違った行動をすること自体です。例えば、怒鳴り散らしたり、暴力をふるったりするという行動は結果的に誰にとっても得なことがありません。

 

「怒りの感情は持ってもいいんですか?」と聞かれることがよくありますが、逆に「持ってはいけません」と言われたら、怒らなくなるものでしょうか?人間の喜怒哀楽といった感情は、全て意味のある「正しい感情」です。でも、怒りの感情の「使い方」には確かに工夫が必要になる。だからこそ、メンタルトレーニングでは「感情の言語化」という地道な基礎練習があります。私はよく「感情のおなら」と言っていますが、感情を無理に我慢していたら、「便秘」になってしまいます(笑)。怒りを抑制することは身体の健康にも良くありません。私もしょっちゅう怒ってますし(笑)。


ーー「不安や怒りを抑えるのは間違っている」というのは意外です。それは、ストレスのたまりやすいコロナ禍でも言えることなのでしょうか。

 

ウルヴェさん:コロナ禍であってもなくても同じです。ただ、コロナ禍だからストレスを感じやすいということは言えます。コロナ禍のような状況は我々にとって「不確実なストレス」です。コロナ禍では、何が正しくて何が間違っているなどということが明確ではなく、またいつになったらどうなるのかといった時間的予測も困難だからです。この人が悪い、こう解決すればいい、とわかれば対処法も決まるので、悶々としたストレスを感じることはないのですが、コロナ禍という不確実なストレスに、人間はとても弱いものです。

 

 

ーーでは、不安や怒りを抑えることなくストレスに気づき、適切な行動を取るためにはどうしたらよいのでしょうか。

 

ウルヴェさん:メンタルトレーニングのひとつに、「ストレス・コーピング」という、ストレス対処法のトレーニングがあります。「自分には今、どのようなストレスがあるか」を具体的に見極め、それぞれに対して適切な行動を考え、選ぶということです。

 

2018年 車いすバスケットボール 世界選手権 右は及川晋平ヘッドコーチ(当時)

ストレス・コーピング 4つの方法

ーー具体的な方法を教えてください。

 

ウルヴェさん:まず大前提として、何にストレスを感じるかや、その原因は人それぞれです。例えば「コロナ禍は不確実なストレスだ」と表現しましたが、「不確実なストレス」を「良いことだ」と捉える人もいれば、「悪いストレスだ」と捉える人もいるわけです。ですから、人によって、目の前のストレスに対して自分はどうしたいのかが違うので、必要なコーピングも違います。つまり、実際には方法は千差万別ではあるのですが、基本的な流れをお話すると次のようになります。

 

1. ストレスを感じている感情の状況を言葉にする
2. 深呼吸などで副交感神経を優位にしてリラックスする
3. イライラや落ち込みなどの感情になる本当の原因を考える
4. ストレス原因に対する対応策を考える

 

1.ストレスを感じている感情の状況を言葉にする

順を追って説明しましょう。例えば、スーパーで買い物をしてレジに並んでいるとき、なかなか精算が進まなくてストレスだといった場面を想像してください。

 

まず1では、その状況にいる自分の感情を言葉で表現します。そのときに「遅い、何をしてるんだ!」という、他者や環境への評価の言葉ではなく、「なんかモタモタしてるレジの人、イライラするなあ。あっちのレジはスムーズに進んでいるからよけいに腹立たしく感じるわ」と、まるで自分がイライラしている状態を説明するように表現をして、ストレスを感じている自分を言葉にします。これを「感情の言語化」といいます。

 

 

ーー感情を言語化することは大切なんですか?

 

ウルヴェさん:言語化ができるようになることは重要です。そもそも練習しないとできない人も多くいます。感情を言語化することには自己客観をする役目があり、ロジカルに状況を捉えることで最適な行動を選べるようになります。

2.深呼吸などで副交感神経を優位にしてリラックス

そして感情の言語化ができたら、次に体を動かします。心と体はつながっているものです。ストレスを感じてイライラしていると、体が硬直した状態になります。そこで、副交感神経を優位にして体全体をリラックスさせることで、心を落ち着かせます

 

深呼吸であればどのような場面でもやりやすいので、いざというときに実践できるように、まずは深呼吸の方法を練習しておくといいと思います。

 

 

【深呼吸の基礎トレーニング】

①  リラックスした状態で椅子に浅く座る
②  背筋を伸ばす。頭が何かで吊り下げられているようなイメージで
③  4つ数えながら、鼻で息を吸う
④  息を吸ったら、8つ数えながら、細く長く鼻から息を吐く
⑤  ③と④を集中して3回繰り返す

3.イライラや落ち込みなどの感情になる本当の原因を考える

ーー落ち着いたところで、次にストレスの原因を考えるんですね。

 

ウルヴェさん:そうです。レジの例で言えば、自分がイライラするのは「前の人の支払いが遅くて、なかなか自分の番が回ってこないから」「レジの人がミスを繰り返していてなかなか終わらないから」「自分のカゴが重くて、持っているのが疲れてきたから」など、いろいろ原因はあると思うので、それをまず言葉にします。頭の中で思うだけで構いません。このようになぜ自分は目の前の状況にストレスを感じるのか、なぜイラつくのか、落ち込むのか、など感情に焦点を当ててから、一つ一つの感情の理由をひもといていくと、究極の本当の理由が見えてきます。 究極の本当のストレスの原因は「自分自身」です。ここに腹落ちするまで感情の言語化の練習であったり、原因を具体化する練習をします。

4.対応策を考える

 

ーー「究極は全て自分自身」ということを認識するのが大事ということですね。

 

ウルヴェさん:腹落ちと言いましたが、メンタルのトレーニングをしていくことで気づいていくわけですから、その人それぞれの腹落ちのプロセスがあります。どんなストレスに対しても自分の感情やその感情の理由に気づくことで、自分ができる対応策は多様に出てきます。よくストレスを溜めてしまうと八方塞がりのように感じたり、何も解決策が見えないように感じたりますが、そういった時に重要なのがストレス・コーピングの理解です。当然こういったストレス・コーピングは心理の専門家と一緒に作っていくことが大事です。

 

ストレス・コーピングの理解が深まれば、どこまでは自分自身でできることで、どこからは自分自身ではコントロールできないことかといった枠組みも作れるようになります。当然、不要なストレスと自分にとって大事なストレスといった、ストレスに種類があるのだと気づけるようにもなるでしょう。

コロナ禍だからこそ自分の心に向き合ってほしい

ーーコロナ禍のストレスが、もしかしたら自分を変えるきっかけになるかもしれないと思えてきました。

 

ウルヴェさん:コロナ禍になってから、アスリート以外にも、経営者、研究者、企業役員など様々な方々との心理コンサルティングをしてきました。コロナ禍といったストレス状況でこそ、「社会に対する、人生に対する自分の考え方そのもの」を見つめる機会です

 

コロナが怖い、国は何をしているんだ、電車でせきをする人が迷惑だ、といった不安や不満は、表層的なストレスであり、深掘りしていけば、本来のストレスはもっと本質的なことであることにも気づいていく方々は多いです。心の健康のためには、ぜひ「そもそも心の健康とは何か」「自分はどのようなストレスを感じる人間なのか」といった「心」という見えないものを言語化し、整える手法に興味を持っていただければと思います。

 

田中ウルヴェ 京 オリンピックメダリスト/メンタルトレーニング指導士

1967年東京生まれ。88年ソウルオリンピックで、シンクロ・デュエットの銅メダルを獲得。10年に渡り、日・米・仏でシンクロ代表チームのコーチを歴任。91年に渡米し、カリフォルニア州セントメリーズ大学大学院にてスポーツ心理を専攻。修士号を取得。

現在、日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士として、トップアスリートから経営者、医師、研究者などの心理コンサルティングを行い、心理学をベースにした企業研修や講演を行う。公職として、国際オリンピック委員会マーケティング委員、スポーツ庁スポーツ審議会委員など多数。

関連特集記事