特集 22歳豊昇龍 元横綱からのエール 大相撲九州場所

角界ホープの1人、豊昇龍。前頭5枚目の22歳の一番を会場で熱く見つめる人がいた。
元横綱・朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジさん。豊昇龍にとっては、おじさんにあたる元横綱。
その視線の先で白星をあげたいところだったが、前頭筆頭、大栄翔の力強い突き押しに屈して、7敗目を喫した。
取組を見終えた元横綱を取材しようと、報道陣が会場の外で囲んだ。実は私にとって、ダグワドルジさんとは、およそ11年ぶりの再会だった。
出会いは前職の夕刊スポーツ紙記者時代にさかのぼる。当時、横綱の迫力からしどろもどろになりっぱなしだった私だが、厳しい勝負の世界を取材する者として、距離感のつかみ方など“鍛えられた”部分があったのは確かだ。
ある巡業でのこと。当時は横綱だった朝青龍が、支度部屋での囲み取材を突然打ち切って、私を呼んだ。「おまえ、ちょっと来い!」私の書いた記事に気にさわる部分があったのだろうか。
あまりの剣幕に、他の記者たちも驚いていたが、誰もいない場所に連れて行かれると「元気か?」となぜか満面の笑み。そして、こちらの取材に穏やかにこたえてくれた。
真意は分からずじまいだったが、穏やかな表情を見ると、あえて怖い人を“演じた”のではないかと感じた。それまでは威圧感を漂わせるイメージがつきまとっていたが、その根っこには記者の立場を思いやる優しさがあるのではないか、とも感じた。
それから10年を超える歳月がたった。久しぶりに相撲を見た感想や、照ノ富士の話題などを静かに話していた元横綱だったが、豊昇龍の話に及んだ時、表情が一変した。
「“花咲かしてくれよ、この野郎”という感じだ。せっかく来てるんだから」「この世界は勝ってナンボだ。プライドを本場所の土俵に出してほしい」
7月の名古屋場所で技能賞を獲得した豊昇龍
豊昇龍は7月の名古屋場所では10勝をあげて技能賞を受賞、先場所は負け越したものの鮮やかな一本背負いを決めるなど存在感を発揮した。
しかし、今場所は相手に先に攻められて、守りに回る場面が目立ち、2日目以降、4連敗を喫するなど白星を先行できない。
ダグワドルジさんは再度、語った。
「努力で気迫を感じさせるような、お客さんが喜ぶような相撲を取ったほうがいい。もうちょっとガッツを入れてほしい。1人の、1匹のオオカミぐらいになってほしい」
ことばの1つ1つは厳しいものだったが、当時のことを思い出せば、これも元横綱なりの優しさの裏返しだと感じる。
偉大なおじさんからのエールは、22歳のホープにとって、大きな力になるはずーー。終盤戦の土俵にもう1つ、楽しみが加わった。
この記事を書いた人

小野 慎吾 記者
平成28年NHK入局。岐阜局を経て、2019年8月からスポーツニュース部で格闘技(大相撲、ボクシングなど)を担当。前職はスポーツ紙記者。