ストーリー競馬

競馬騎手 福永祐一 馬を “その気にさせちゃう” 強さの秘密とは!?

2021-10-19 午後 10:03

2020年に名馬「コントレイル」と共に競馬界で大活躍し、勝利数・勝率が“キャリアハイ”となった福永祐一騎手。日本人初のアメリカGI制覇や史上8人目となる通算2000勝達成など、まさにジョッキーになるために生まれた男!

でも実は、これまで失敗続きで自信が持てず、弱気な発言をしてばかり…そんな弱気な騎手がなぜトップジョッキーに上り詰めることができたのか⁉

 

今回は、トップアスリートのクセを「キャラ・技・立志」の3視点から独自分析する新感覚スポーツバラエティ「千鳥のスポーツ立志伝」をもとに、福永祐一騎手の魅力に迫ります!

馬を“その気にさせちゃう”男

福永さんの強さの秘密、それは“動かない馬でも動かす技術”――そう語るのは、あのコントレイルの調教師、矢作芳人さん。

 

 

福永さんとこれまで何度もコンビを組んできた競馬界の名伯楽です。

 

福永さんがジョッキーとして常に意識しているのは、“馬をその気にさせる”ということ。

ジョッキーとは自分が走るわけではなく馬に速く走ってもらう仕事。だから馬の気持ちをのせるという部分は非常に重要なのだと言います。

 

若いころから牝馬(ひんば)の扱いが上手だったという福永さん。牡馬(ぼば)と牝馬でも性格的な違いがあるそうで、牝馬のほうが繊細、かつ一度へそを曲げるとなかなか気持ちが戻ってこない部分もあるのだとか!

 

 

まだ若いころ、師匠から「女性にモテないような騎手はいい騎手にならない」と言われたという福永さん。なぜなら“女性の気持ちをくんで立ち振る舞いができないような人間が、ものを話さない馬の気持ちが分かるはずがない”から。

とはいえ、「やっぱり人間のほうが難しいなぁと思いますけどね(笑)」と福永さん。

騎手を志したのはモテたかったから⁉

福永さんが騎手になりたいと思ったのは中学2年生の頃。きっかけは、当時オグリキャップ等の名馬で華々しい活躍をしていた当時20歳頃の武豊騎手だったと言います。実はこの2人、なんと実家が向かいだったのだとか!

 

 

たまに実家へ帰る武さんを見かけると、車は白いポルシェに乗っていて、のちに奥様となる当時アイドルだった佐野量子さんとおつきあいされてて…。自分ももし騎手になったら、そういうふうになれるんじゃないかな、とものすごい安易な気持ちで最初は志しました。

 

中学男子ならではの、“モテたい”という思いが強かったんですね…。

「自分は下手くそで才能がない」弱気なクセを逆に強さへ

 

福永さんの父は、実は9年連続年間最多勝を獲得するなど、天才の名をほしいままにした福永洋一騎手。しかし30歳のとき、落馬による事故で引退を余儀なくされました。

 

 

その天才の息子として注目を集め、1996年にデビューした福永さん。初騎乗で勝利するなど、ファンの期待に応える活躍を見せます。

 

しかし福永さんはデビュー当時から、「自分は下手くそで才能がない」と弱気な発言をするクセがあったのだとか。当時の様子を教えてくれたのは、2007年、2008年と「日本ダービー」を連覇したジョッキー、四位洋文さん。2020年に引退し、現在調教師として活躍する四位さんは、福永さんにとってデビュー前からお世話になった大先輩です。

 

 

四位さん曰く、どの騎手もたいてい“自分に技術がない”とは言いたくないもの。ところが福永さんの場合、自分が本当に劣っているから隠すのではなく、全部自分でさらけ出して、まわりの人を全員引っ張り込んで上げていくタイプだったのだとか。

弱気な発言を繰り返す新人・福永騎手に、当時周りの先輩たちはついついアドバイス。そうしてもらった助言を吸収し、力に変えていった福永さん。その後デビュー4年目にしてGⅠレースを初制覇、大きなレースでも勝利を重ねていきます。

 

デビュー4年目の桜花賞。レース勝利後、ガッツポーズを決める福永さん

馬に上手に乗る天賦の才はなかったんで、それ以外の方法で、例えばスタートだったりポジション取りだったり、仕掛けるタイミングやコースのクセとか、馬の特徴を把握するとか、それ以外のことで勝っていくしかない、ということで、そういう取り組みをずっとしてましたね。

 

 いなくなってくれれば…どうしても越えられない壁

しかし、どうしても越えられない壁がありました。それが、幼い頃から憧れの存在でもある武豊騎手。

 

 

史上最多、18回の年間最多勝や前人未踏の4000勝など、まさに競馬界のスーパースター!

 

 

「できればいなくなってくれたら一番いいんですけど…」と武さんに対して、ついつい弱気の発言が飛び出します。

同じことをやっていては勝てない

そんな福永さん、デビュー15年目の33歳のとき、思い切った行動に出ます。騎手にとって大切なこれまでの騎乗フォームを捨て、ガラリと変えてしまったのです。

 

それまでお手本にしていたのは武豊騎手。体を動かさず、馬の走りを邪魔しないフォームです。

 

武騎手の騎乗フォーム

 

でも、同じことをやっていては勝てない――。そこで体を上下動させ、馬に積極的に働きかけるフォームへと大転換。動作解析の専門家をコーチに招き、技術をゼロから作り直しました。

 

 

その後、福永さんは武さんを抑えて、2度の年間最多勝を獲得!

当時すでに日本トップ5に入る騎手ではあったものの、そこから一番になれるイメージがどうしても持てなかったという福永さん。今までとは違うやり方をしないと自分は変化できない…と動作解析を取り入れてみたところ、コーチングを受けてからわずか3年で日本一を達成したのです。

 

 

「祐一君より若い子たちには、努力したら祐一みたいに絶対なれるって言っているんですよ。祐一みたいに最初下手くそでもあそこまでいけるんだから、やれば、絶対チャンスあるぞって」と四位さんは言います。

自分の弱さを知っているから、変化を恐れない。それが、福永さんの強さなのです!

一番勝ちたいレース

そんな福永さんには、なんとしても勝ちたいレースがありました。それは3歳馬の頂点を決める、競馬界最高の舞台「日本ダービー」。

どんなに強い馬でも挑戦できるのは一生に一度だけ。選ばれた騎手だけが騎乗できるレースです。ダービー制覇はジョッキーの夢。そして福永さんにとっても、中学生の頃からの夢でした。天才と呼ばれた福永さんの父、洋一さんもダービーに7回挑戦。しかし、勝つことはできませんでした。落馬事故によって絶たれた父の夢は、息子の祐一さんへと引き継がれたのです。

デビュー3年目、ダービーへの初挑戦

そんな父と子の夢を支えたのが、福永さんの師匠である北橋修二さん。決して弟子を褒めない、厳しい師匠でした。

 

 

北橋さんのもとで、必死に結果を残し続けた福永さん。デビューから3年目の1998年、はじめてダービーに出場します。

騎乗するのは2番人気の「キングヘイロー」。スタンドのファンも、父と子の悲願達成を期待していました。

レース直前、頭が真っ白に

ところが…福永さんは、会場の空気にのまれ、頭が真っ白に。これまでレース終盤の追い上げで勝ってきたキングヘイローをコントロールすることができず、先行させてしまう展開に。最後の直線を前に集団に追い抜かれ、結果は14着と大失敗に終わりました。

 

レースを見ていた師匠の北橋さんは、「やり損なうんじゃないかなぁと半信半疑で見ていたら、案の定ビュッと行ってしもうたもんね。祐一も悲しかったやろうけど、僕も悲しくて恥ずかしくて」と振り返ります。

その後、福永さんは毎年のようにダービーに騎乗。しかし、勝利への道のりは長く険しいものでした。

もう勝てないのかもしれない

再びチャンスが巡ってきたのは2013年。レース終盤、前方の好位置につけて最後の直線。爆発的な走りで先頭に迫ります。

 

 

「勝った」と思ったその瞬間――大外から伸びてきたのは武豊騎手。ゴールを目前にかわされ2着と、またしても涙をのむ結果に終わりました。

 

ダービーはもう勝てないのかもしれない…そんな福永さんを支えたのは、ダービーに挑み続けた父、洋一さんの想いでした。

 

 

 

「父が一番勝ちたかったレースっていうのがダービーだったっていうのはずっと知っていましたし、福永家の夢としてなんとしても夢を果たしたい」と、福永さんは決意を新たにします。

父と子、26回目の正直

そして迎えた2018年。福永さんにとって19回目の挑戦は、平成最後のダービーでした。

 

 

騎乗するのは、5番人気の「ワグネリアン」。不利だとされる外側からのスタートでしたが、最高の飛び出しで好位置につけると、勝負どころの最終コーナーではライバルを外側からブロック。なりふり構わず必死で先頭を追いかけます。そしてついに…!

 

 

会心のレース!親子で夢見た瞬間をついにつかみ取りました!

父7回、息子19回、合わせて26回目の正直で成し遂げた、悲願のダービー制覇でした。

 

「ラストの直線は無心でした。ものすごく高い集中力を持てた瞬間でしたね」と振り返る福永さん。十何万人という観客がスタンドを埋め尽くす中、その歓声が一切聞こえないような初めての経験をしたと言います。

この勝利によって、自信と余裕が得られたという福永さん。騎手人生を大きく変えるレースとなったのです。

弱気だからこそ、馬の心の動きに寄り添える

そんな福永さんについて公認心理師の“クセ博士”、山名裕子さんが分析すると…

 

 

「福永さんは弱さや自分の特徴と向き合って受け入れるスピードが非常に早く、だからこそ、自分に何ができるか、やるべきことに集中できるタイプ。これが強さにつながっている」と言います。

弱い部分を口に出したり受け入れたりすることは、そもそもすごく難しいこと。ネガティブな要素を含めて受け入れる強さと柔軟性を持ち合わせる福永さんは、非常に人に好かれ、周りに人が寄ってくるからこそ情報も寄ってくる…そんなサポーティブな(支えてもらえる)環境を自ら作り出す天才と考えられるのだとか!

 

 2020年日本ダービー、ライバルを圧倒して勝利

 

ネガティブな部分があって、弱気になることがある人だからこそ、気づけることや気遣えることもある――。福永さんは繊細な馬の心の動きに寄り添えるからこそ、馬にモテ、そして馬をその気にさせることができるのですね。

 

自分の力で勝つのではなく、馬の力で勝つのでもなく、“馬と一緒に”勝ち続ける福永さんに注目です!

関連キーワード

関連トピックス

最新トピックス

RANKING人気のトピックス

アクセス数の多いコンテンツをランキング形式でお届け!