ストーリーパラスポーツ

車いすラグビー 池透暢 “悔しさばかり”の人生の先に

2021-09-17 午後 04:30

東京パラリンピックで、2大会連続の銅メダルを獲得した車いすラグビー日本代表。

 

前回のリオ大会に続いてキャプテンを務めた池透暢選手(41)は、悔しさをかみしめながら、メダルを天に掲げてつぶやいた。「また銅メダルやけど、とったよ」

 

 

池選手は19歳のとき、自動車事故で友人3人を亡くし、自らも左足を切断、左腕のひじから先の感覚を失った。亡き友のために、生き残った自分ができることは何か。たどり着いた答えが、パラリンピックの金メダルだった。

 

東京大会で悲願を達成するため、2年前には単身渡米。世界最高峰のアメリカリーグで研鑽を積んだ。並々ならぬ決意で挑んだ2回目のパラリンピックだったが、頂点には立てなかった。

 

 

大会を終えた翌週、池選手は地元・高知でNHKのインタビューに応じた。そこで語ったのは、悔しい結果だからこそ得ることのできた“幸せ”だった。

 

池 透暢 選手

もっと輝くメダルがあるのに、そこを目指してきたのに、そこに到達できなかった。でも、持って帰れるものがあるということの幸せというか、本当にそこをかみしめるメダルでしたね。

 

 

8月25日からの5日間で5試合を戦った日本代表。予選リーグではフランス、デンマーク、そして3連覇を狙うオーストラリアを相手に3戦全勝。盤石の強さを見せた。

 

その中で池選手は、ありったけの力を振り絞っていた。コロナ禍の影響で、世界のトップクラスが集う国際大会を戦うのは2019年10月以来。さらに、日本の司令塔を担う池選手にはマークが集中。「ラグ車」と呼ばれる競技用車いすが破損するほどのタックルを浴びながら、金メダルだけを目指し、チームをけん引していた。

 

池 透暢 選手

大会中、ラグ車が限界で、毎試合毎試合(フレームが)もう折れてしまって、それをまた溶接してを繰り返すっていうような乗り方をしていたんです。2年ぶりの国際ゲームで、かなり当たりも激しいし、いろんな戦略でやってくるので、やっぱり体と頭の疲労感っていうのは、今まで感じたことのないぐらい、呼吸ができてないっていうぐらいな感覚がすごくありましたね。

 

悲願まで、あと2勝。しかし、連戦の4日目に迎えた準決勝のイギリス戦で、夢は潰えた。日本は、相手の堅い守備に苦しみ、パスミスが相次ぐ。チームを引っ張ってきた池選手も、反則によって相手のリードが広がるきっかけを作るなど、立て直すことができず、49対55の惨敗を喫した。

 

試合後、選手たちは一様に肩を落とし、かつてない失望感がチームを覆った。

 

池 透暢 選手

ケビンヘッドコーチは試合会場で、ここにすべてを置いていけと言ったんですけど、なかなかそうはいかずに、選手村に帰ってから、選手同士で集まりました。そして、自分たちがメダルもとれずにこの悔しいところから、負けて4位で帰ることが本当に一番、ださい、格好悪いし、形になるものを獲って帰ろうと、みんなで話しました。

 

 

 

翌日の3位決定戦。日本はチーム全体が気持ちのこもったプレーを見せて、オーストラリアに快勝。銅メダル獲得を決めた。

 

池 透暢 選手

もう安堵の気持ちというか。金メダルにどうしても届かなかった、なんとも言えない気持ちというのは、帰りの、高知への帰りの飛行機でも一切消えることはなかったんですけど、自分たちがやってきたことには胸を張れる。

 

悔しさにまみれた中で、池選手が最後まで力を振り絞ることができたのは、大会前に出会った、ある子どもたちの存在があったからだ。

 

コロナ禍で行われた今大会。池選手は、開催に否定的な声が大きくなる中で、戦うことに意味があるのか、葛藤を続けてきた。

 

 

その中で力になったのが、地元・高知市の特別支援学校の子どもたちだ。去年秋、池選手が開いた車いすラグビーの体験会を機に始まった交流。大会前の7月には、子どもたちがリモートで壮行会を開き、池選手の挑戦に、心からのエールを送ってくれた。

 

その子どもたちに、胸を張って大会の報告をしたいという思いが、原動力となったのだ。

池 透暢 選手

子どもたちのまっすぐな感情を受けてパラリンピックに臨めたことを本当に感謝したいなと思っているし、メダルの色だけじゃない部分まで応援してくれていて。銅メダルは子どもたちの目にどう映るんだろうって思いながらも、何か形として持って帰れるものがあるというのは、ひとつの自分たちがやってきたことの証なのかなって。

 

 

 

望んだものではない銅メダルを“証”として認めること。それは、これまでの自分にはない考え方だった。21年前の事故から始まった壮絶な競技人生の中で、池選手は決して自分を認めようとせず、何かに追い立てられるかのように、高みを目指し続けてきた。

 

しかし、2回目のパラリンピックを終えたいま、自分が貫いてきたその生き方を見つめ直したいと考えている。

 

池 透暢 選手

いま振り返ると、自分の中で精一杯やってきたし、熱く生きてきたなというふうに思いますね。やっぱり、こうやって戦う人生って悔しいことの方が多くて、自分で幸せだと感じる機会が実はあまり無くて、自分のことも認められないっていう思いも結構強くて。でも、たくさんの支えの中で、自分の人生が進んでいるっていうことを振り返ってみると、本当に幸せな人生なんだなって思うんです。だから、すこし自分のことも認めながら、歩んでいける力が自分にはまだまだ、もっと必要なんだなということを感じています。

 

これまでの自分を認めて、もっと“幸せ”を感じられる人生を歩みたい。

 

車いすラグビー日本代表は来年、連覇がかかる世界選手権が、そして3年後には、パリパラリンピックというリベンジの舞台が待っている。だがしばらくは具体的な目標を立てず、自分と向きあい続けるつもりだという。

 

池 透暢 選手

今朝起きたときに、またパリまで走るかってしみじみ思った朝だったんですけれども。やっぱりエネルギーが足りないなと思うところもあるし、少し疲れたと思うんで、自分の中でまたエネルギーをためて、自分がどう歩むべきかということを、自分自身と対話を重ねながら進みたいなと思います。

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