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スケートボードはなぜ見る人の心を打ったのか 選手たちの言葉

2021-08-08 午後 08:50

東京オリンピックで採用された新競技スケートボード。国籍も年齢も、採点の結果も関係なく、お互いに声を掛け合い、笑顔を交えて仲間をたたえる選手たちが印象的だった。選手たちが見せた姿に「これこそスポーツ」「これこそオリンピック」だと感じた声が、競技直後からSNS上にあふれていた。

 

スケートボードは「伝統的」なスポーツとは何かが違う。どこか閉塞感が漂うオリンピックと現代社会に吹いた新風。決していいイメージだけではなかったスケートボードの何が心を打ったのか。選手たちがミックスゾーンで答えたインタビューから、そのヒントを探ってみた。

とにかく自然体で楽しそう!

東京オリンピックで輝いたのは10代の若いスケーターたちだった。実施された4種目のうち、22歳の堀米雄斗が金メダルを獲得した男子ストリート以外の3種目で10代の選手が金メダル。特に女子はストリート、パーク共に金・銀・銅のメダリスト全員が10代だった。彼女たちが大会後に語った言葉は、どこまでも「自然体」だった。

 

女子パークでメダルを獲得した、ブラウン、開、四十住

四十住さくら(19歳・女子パーク金メダル)

「自分が決めたルーティン(演技)を成功できてよかった」

 

開心那(12歳・女子パーク銀メダル)

「オリンピックだから、という緊張は全然感じなかった」

 

スカイ・ブラウン(13歳・女子パーク銅メダル)

「友だちと表彰台に上がれて、うれしい!」

 

思えば滑走の前から、選手たちの顔には不思議と悲壮感がなかった。着地に失敗すれば終わりの採点競技。しかも初めてのオリンピック。緊張する要素は数え上げればきりがないが、スケーターたちは、どこか余裕があり、いい意味で「ユルかった」ように見えた。

 

 

大切なのは、自分の理想のトリック(技)を決め、自分らしいスケートを披露すること。国の期待を背負って、というような意識は表に出ておらず、とにかく楽しそうだった。これまで、オリンピックの舞台では「チームのため」「支えてくれた人たちのため」「国のため」という言葉が使われがちだったが、スケートボードの選手たちが発する言葉は、これとは何かが違い、彼らが共通して持っている哲学や価値観のようなものが感じられた。なぜ、そう感じられたのか。今回のメダリストたちより少しキャリアが長い、中堅やベテランの選手の言葉にヒントがあった。

スケートボードはライフスタイル

ナイジャ・ヒューストン

ナイジャ・ヒューストン

やっている技術の高さから言えば、何年も前からスケートボードはスポーツだったと思いますよ。僕たちは大会で高い技術が必要なトリックを披露して、真剣勝負で競い合い、報酬を得てプロとして生計を立ててきたからね。でも僕自身は、スケートボードがスポーツだとは考えてはいませんよ。

 

アメリカのナイジャ・ヒューストン、26歳。12歳でプロになり、X GamesやDew Tourなど大きな賞金がかかる大会で何度も優勝を重ねた世界トップに君臨するスケーターだ。今回のオリンピックでは男子ストリートに出場。難易度の高いトリックに挑戦したが転倒し、7位に終わったものの、金メダルを取った堀米雄斗も「憧れの存在」だと公言する存在だ。

 

X Gamesで大観衆を前に滑るヒューストン

ヒューストン

僕は、スケートボードはライフスタイルだと思っています。オリンピックのような大きな大会に出場して勝つことは素晴らしいことですが、僕にとっては、地元の友達と狭いストリートでスケートボードをしているときが、人生で最高の時間ですからね。その気持ちはいつも変わりません。

 

 どれだけ億単位の報酬を得ようとも、スケートボードは仲間たちの遊びの延長。自分が自分らしくいられる、好きなこと。それを仕事にして生きていけるのだと身をもって体現しているからこそ、彼はアメリカだけでなく世界中のスケーターの憧れなのだろう。金メダル候補筆頭と言われながら表彰台を逃しても、彼に後悔はない。

46歳のレジェンドも同じ舞台に

スケートボードはライフスタイル。現代のトップスケーター、ヒューストンが語った言葉を、まさに地で行くような人生を送っている男もオリンピックに参加した。

 

ルーン・グリフバーグ

 

デンマークのルーン・グリフバーグ、46歳。今回の東京大会のスケートボードの選手では、最年長だったが10代、20代の選手たちに囲まれながらも「年齢なんて関係ない」と言わんばかりに、男子パーク予選でトップバッターとして登場。結果は予選敗退だったが「生ける伝説」のトリックに会場は万雷の拍手に包まれた。

ルーン・グリフバーグ

自分がこの大会で最年長のスケーターだったことを非常に誇りに思います。スケートボード界はもっと多様ですよ。10代でトップレベルのスケーターもいれば、僕よりも年上でまだまだ現役の人もいますからね。年齢も性別も、性的指向も、それぞれの個性も、あらゆる点で多様なのがスケートボード。オリンピックでそれを示せたことは大事なことですね。

 

グリフバーグは、1995年に初めてX Gamesに出場。自分の技を集めたVHSや、自らも登場するテレビゲームが世界中で人気となり、スケボーブームの立役者のひとりとなった。当時、彼に熱中した世代が親となり、子供にスケートボードをすすめたことが、現在の若いスケーターたちの活躍につながっている。

 

オリンピックで技を披露するグリフバーグ

 

30年近いキャリアを持つレジェンドは、初めて参加したオリンピックを、次のように振り返った。

グリフバーグ

僕たちは、スケートボードが美しいものだと世界に示すために、オリンピックにやってきました。大事なのはメダルや記録ではなく、誰が最高にクールなスケートボードを見せられるか。スケートボードには、正しいスケートも間違ったスケートもありません。あなたの印象に残ったもの、感じたこと。観客のあなたは、あなたが好きなように感じればいい。僕らは東京で素晴らしいショーを見せられたと思います。

互いを認め合う仲間として

もう1人、46歳でオリンピックに出場したのが、南アフリカのダラス・オバーホルザーだ。

 

ダラス・オバーホルザー

ダラス・オバーホルザー

オリンピックと言っても、僕は全く緊張しませんよ。ただの“年寄り”の代表のひとりですからね。採点されると言っても、誰が最高のスケーターかなんて決められませんしね。それぞれスタイルが違い、新しい技がどんどん生まれて進化し続けている。ただ、『その日のベスト』のスケートをした人が決まるだけです。

 

彼が強調するのは、スケートボードは個性を重視しながらも、互いに認め合うことで仲間たちが連帯していけるということだ。それは東京オリンピックのビジョン「多様性と調和」にも重なる。

オバーホルザー

人生においてどんな選択をしたとしても、他の人を受け入れる。ただスケボーを持って遊びに来て、自分の個性を見せる。ひとりひとり違うスケートを認める。それがスケートボードです。多様性を認めながら、仲間たちはみんな同じ考えを持っているんです。

スケートボードがアフリカに与える夢

オバーホルザーは、ライフワークとして向き合ってきた社会貢献活動によって、尊敬を集めるスケーターだ。

 

彼は2002年、南アフリカのダーバンにスケートボードを通じて恵まれない子供たちを支援するNGO「Indigo Youth Movement」を設立した。当初、周りの目は冷ややかだったと言う。

 

オバーホルザー

南アフリカでは、当時はスケートボードに誰も目を向けていませんでしたからね。僕は経済学の学位を持っているので、周りは“まっとうな仕事に就け”と言ってきましたけど、自分の信念に従って、NGOの活動にこだわってきました。見返りはないですけど、スケートボードの楽しさを広めることが人生の目的だと感じたんです。この混とんとした世界で、この活動は必要とされていると感じています。

 

時には、ギャングがはびこるような地域にスケートボードを持ち込んで、若者にすすめた。時には、黒人が暮らす地方の村に白人の子供たちを連れて行って、一緒にスケートボードを楽しんだ。少しずつ活動の幅を広げ、今では20のスクールを運営。各地の慈善団体や学校と提携し、青少年育成の大きな助けとなっている。

 

オバーホルザー

スケートボードは、互いの違いを認め合うもので、他人と競うものではない。だから人々を結び付ける一種の接着剤なんです。スケートボードで子どもたちの心身の健康を助け、ギャングたちから遠ざける。社会の利益のためになるツールだと、僕は信じています。

 

スケーターとして大会に出ると同時に、NGOで普及活動に勤しんだ20年。彼自身、裕福な暮らしができているわけではない。しかし、スケートボードの力を常に信じて歩んできた人生のひとつの到達点として、東京オリンピックへの出場という機会を得ることができたことは、大きな喜びだった。

 

オバーホルザー

オリンピックでスケートボード競技が採用されたことは、僕がやってきたことが“まともな活動”だと認めてもらうためにはよかったですよ。なかなか活動を理解してもらえなかったからね。かつて僕を笑った人たちに、僕がオリンピックに出ていることを見せるのは、まあ気分がいいよね(笑)。

スケボーの未来 これからのスポーツ

 

「若者を取り込みたい」というIOCの目的によってオリンピックに新しく採用されたスケートボード。自分の個性を表現するためにレールを走り、宙を舞い、時にコンクリートにたたきつけられても、笑顔で立ち上がったスケーターたち。彼らの姿は、IOCの狙いの枠を大きくはみ出して、過去にオリンピックが見せてきたものとは一味違う印象を与えてくれた。新競技でありながら「多様性と調和」だけでなく、多くの人が知らなかった「価値観」も世界に示してくれた。だからこそ、今回の大会で、多くの人を魅了したのではないだろうか。

 

それでは、この先、スケートボードの未来はどうなっていくのか。そして、オリンピックに何をもたらしていくのか。

グリフバーグ 

僕は、スケートボードが他の採点競技のようにならないことが大事だと思うんだ。選手の年齢層の幅が狭いとか、勝つために、みんなが同じ演技をしなければならなくなるとか、オリンピックだからと言って、そんなことはないようにしたいよね。

 

東京でメダルを取った若者たちは、すでに3年後のパリ大会に目を向けている。年上の選手たちも、もちろんそのつもりだろう。きっとその舞台で、東京大会で見せたものとは、また違う、新しいスケートボード、新しい生き方のヒントをスケーターたちは見せてくれるはずだ。

 

 

NHK2020 スケートボードの動画はこちら

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