ストーリー野球

"がん"から1軍へ ~広島カープ 赤松真人~

2018-05-16 午後 0:00

広島カープの赤松真人選手、35才。おととしのシーズンオフに胃がんが見つかり、胃の半分を切除。再び1軍で活躍することを目標に抗がん剤治療やリハビリを続け、今年、グラウンドに復帰しました。

がんを克服するだけでなく、体が資本のプロスポーツの世界で再起を目指す赤松選手の挑戦を追いました。

キャンプの目標は"1か月間やり遂げること"

 

ことし2月の宮崎県・日南市で、球場へ向かう赤松選手の姿がありました。2年ぶりのキャンプへの参加です。

 

 

赤松選手の復活を大勢のファンが待ちわびていました。

 

 

参加したのは若手主体の2軍キャンプで、35歳は野手では最年長。手術後、初めて臨む本格的な練習となります。

目標は「1か月のキャンプをやり抜く」ことです。コーチやスタッフも赤松選手のことを気にかけていました。

赤松選手

がんからの現役復帰はスポーツ界ではなかなか例のないことなので、本当に手探り状態っていうかその時、その日、次の日がどうなっているかっていう反応を見ながら「じゃあ、このままだったらやってもいいのかな」とか、「このままだったら、本人は大丈夫って言っているけど、下げた方がいいのかな」とかそういうことの繰り返しです。

抗がん剤の副作用に苦しむ

 

しかし、キャンプ初日に現実の厳しさを思い知らされます。

気温2度で、寒さが応える中、手足のしびれも収まりません。 抗がん剤の副作用だといいます。

 

 

チームメートがノックを続ける中、赤松選手は1人練習を外れました。

赤松選手

しびれるし、感覚もないし、鈍い。全然まだまだだなあって。練習についていくのでもう精一杯なので。

チームに欠かせない存在でリーグ優勝にも貢献

 

赤松選手は平成16年にドラフト6位で阪神に入団しました。しかし、1軍での出場は3年間で36試合で、長い2軍生活が続きました。

 

 

転機は平成20年、広島カープへの移籍でした。

赤松選手

塁に出てちょこちょこ動いて、本当にこいつ嫌やなって思われる選手になりたいと思うので、自分のカラーを出してチームに貢献したいと思います。

 

 

赤松選手は俊足を持ち味に、プロの世界を生き抜いてきました。

 

 

守備力の高さも見せ、いぶし銀の選手として、チームに欠かせない存在でした。

 

 

おととしには、チームのリーグ優勝にも貢献しました。

胃を半分切除した"がん"から復帰

 

そのわずか1か月後に赤松選手の体から、ステージスリーの重い「がん」が見つかりました。

 

 

胃の半分を切除する大手術。がんはリンパ節にまで転移していました。

 

 

しかし、半年後。赤松選手は本格的な自主トレーニングを再開しました。過酷な抗がん剤治療を終えた直後でした。

赤松選手

今は生きてることに感謝しているので、ラッキーですよね生きているのが。僕は野球が好きだから野球しかできないんでだから野球をしています。

妻の献身的な支え

 

赤松選手は広島で妻と2人の息子と暮らしています。妻の寛子さんは病と闘う夫を支えてきました。

胃が半分になった赤松選手に、少しでも消化のいい食事を出そうと、手間を惜しみません。

 

 

寛子さんは赤松選手の体重について、去年1月15日の退院した日からずっとつけ続けています。

抗がん剤治療で10キロ近く減った夫の体重を毎日欠かさず記録しています。

 

赤松選手

私厳しいこと言えないんでですよ。「もっと頑張れ!」とか言えるタイプじゃないんで。だから、私は私のやり方で支えます。

結果も大事ですけど、まずはその明確な結果は置いておいて、それまでの頑張る過程っていうのが大事なんじゃないかなって。

最も恐れているのは"がんの再発"

 

赤松選手が一番恐れているのは、「がんの再発」です。この日は術後1年の精密検査でした。ステージ3の胃がんは、5年後の生存率は50パーセント程度と言われています。

内視鏡で胃の内部を細かく調べていきます。がんの再発の7割は術後、3年以内に起こっています。決して安心出来ません。

 

 

1時間後、主治医から結果が告げられました。

赤松選手

つなぎ目のとこがちょこっとだけ荒れています。これどういうことかと言うとちょっと逆流が起きているみたいで、まあいわゆる逆流性食道炎という軽いのがあります。

そんなにひどくはないんですけど、このちょっと赤くなっているのが、ちょっとただれています。

 

 

がんの再発はありませんでした。

 

赤松選手

手術をするとやはり特に最初の半年から1年というのは体重も落ちやすい時期ですし、筋肉もガクって落ちる時期なんですね。

その中でいかに筋肉量などを維持しながら持久力、あるいは瞬発力そういったものにつなげられるだけの、体力が維持できるかっていうところは一番難しいとことなのかなというふうには思います。

結果を出さなければ戦力外も覚悟

 

宮崎キャンプ中盤。実戦に向けた練習が始まっていました。

去年1年を治療に費やした赤松選手。今年結果を出さなければ、戦力外通告も覚悟しています。

 

 

必死に全体練習についていこうとしていました。休憩中、糖分を補おうと頻繁にあめ玉を口にします。体調管理にも気を配ってました。

 

 

しかしまた、赤松選手にアクシデントが起きていました。筋力が戻らない中、練習を続けた結果、肩を痛めてしまいました。

 

 

「頑張れば頑張るほど体を痛めてしまう」。

がんが及ぼす、影響の大きさに打ちのめされました。

赤松選手

生きているだけで良いのにまだ求めるかっていう感じもあるんですよ自分で。

僕が手術する前に戻れるかどうか自問自答するんですけど、まあ無理なんじゃないかなって思うけど無理で終わらせたくないんで頑張っているんですけど。

ファンからの励ましの手紙が力に

 

赤松選手の元に、ファンからの手紙が送られてきます。その数、1000通。病と闘う人からも多いです。

 

赤松選手

一緒に闘っている最中なのでチームのような感じですね。ありがたいですよ。本当に感謝、感謝ですね応援してもらって。

 

「何もかも投げ出したくなるときがあるのですが、赤松さんの姿を見てものすごく勇気を頂きました」。


「がんになっても努力次第で道は開けると教えて頂いている気がします」。

 

「赤松さんが復帰を目指して頑張っておられる姿を見て私も勇気をもらいました。私も次の検査で問題なければ、もう一度走り始めようかと考えています」。

息子たちの思いに応えたい

 

赤松の自宅では2人の息子たちが手紙を書いていました。家族から離れ、復活のキャンプに挑む赤松選手にエールを送るためです。

 

パパへ。キャンプ楽しみにしてる?お腹大丈夫?しばらく会えなくなるけど、頑張ってね。寂しくなったときは電話するからね。厳しい練習を乗り越えて帰ってきてね。パパが試合に出るときは絶対に見に行くからね。

 

寂しいけど頑張ってほしい。頑張って試合に出てほしい。

 

純粋にまた野球やってる姿がみたいなって思っていると思うんですよ。子供たちは。今年野球をしているパパが見たいなっていう気持ちだと思います。

 

 

ファン、そして家族。赤松は応援してくれる人たちの思いを感じていました。

赤松選手

夢を与える職業だと僕は思っているので「あいつが頑張ったから俺も頑張れるんだ」っていうくらいの見本っていうか、になればいいかなって思うんで。やらないとけない立場だと思います。

キャンプをやり遂げたことで心境の変化も

 

キャンプ終盤。若手に混じって汗を流す赤松選手の姿がありました。ペース配分に気を配りながら練習に取り組んだ結果、少しずつ体力も戻っていました。

その表情は野球が出来る喜びにあふれていました。

赤松選手

お疲れ様でした。この1か月いろいろな人にお世話になったと思います。その恩返しも込めて、広島に帰ってここから多くの人が1軍に行って、優勝に貢献できるように頑張っていきましょう。

 

 

1日も休まずキャンプをやり遂げたことで、心境の変化も生まれていました。

赤松選手

とりあえず僕が練習についていけるような体が一番だと。だけど意外とキャンプやってみたら、疲れはたまりましたけど、なんとかこう1日1日クリアしていったのでなんとか出来るんじゃないかっていう「欲」が生まれているところですね。

野球選手で「欲」って言ったらヒットを打つとか、盗塁決めるとか、良いプレーをするとかっていうのが僕は「欲」だと思うので、だからそういう「欲」に変わってきているのが僕は良いことだと思いますね。

いつかまた1軍の舞台へ

 

3月中旬。1軍に先立ち、2軍のプロ野球が開幕しました。多くのファンが赤松選手の姿を見ようと駆けつけました。

 

この日、赤松選手はベンチからのスタートとなりました。

 

 

8回、1塁2塁のチャンス。赤松選手に声がかかりました。2塁ランナーの代走。実に1年4か月ぶりとなる公式戦への出場です。

後続が倒れ、見せ場は作れませんでしたが、それでも野球ができる喜びから赤松選手は笑顔でした。

 

 

代走した赤松選手がそのままレフトの守備に入ると、会場からファンから大きな拍手が起きました。

 

 

広島カープ、赤松真人選手35歳。

いつかまた1軍の舞台に戻るため、ひたむきに前を向き続けます。

赤松選手

病気が見つかって、それはプロ野球選手としてはすごいハンデを課されましたけど、やることに意味があると思うんで、やれる体がありますから。

苦しいってことは生きていることですから。死んだら苦しめないんですよね。第2の人生ですからもうちょっと頑張らないと。

坂梨宏和記者

広島放送局記者  平成21年入局 福岡県出身  広島カープを中心にスポーツ取材を行っている

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