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特集 私が見てきた小平奈緒

その他のスポーツ 2018年2月19日(月) 午後0:00

~担当記者の取材秘話~

 

スピードスケート、女子短距離のエース、小平奈緒選手が女子500メートルで金メダルを獲得しました。

スピードスケートで日本女子として史上初めての快挙の裏に何があったのか。スポーツニュース部の田中清高記者が解説します。

日本のスポーツ科学を 証明したい

去年7月、長野県松本市で行われた小平選手の公開取材で、私は意外な言葉を聞きました。会見の場で、小平選手が「スケートを通じて日本のスポーツ科学を証明したい」と話したのです。

スケート大国、オランダへの留学から日本に帰国し、その後、ワールドカップ、女子500メートルで負けなしの小平選手について、大方は「オランダで強くなった」と考えていました。

私もです。しかし、小平選手の「日本のスポーツ科学を証明したい」という言葉には、こうした考えを強く否定する強いメッセージがありました。本格的な取材が、そうして始まりました。

きっかけはオランダ

まず、私は小平選手が2014年のソチオリンピックで、負けたあとに単身で渡ったオランダに向かいコーチを務めた、マリアンヌ・ティメル氏のもとをたずねました。

 

 

長野とトリノで3つの金メダルを獲得したティメルコーチはまず、オランダ語で“ボーズカット”という言葉をかけたと言います。“怒った猫”という意味のこの言葉。

それまで空気抵抗を抑えるために前傾になっていた小平選手のフォームについて、ティメルコーチは前に屈みすぎで足を大きく動かすことができないと課題を指摘。“怒った猫”のように上体を起こすことで足を動かしやすいフォームを求めたのです。

 

 

もうひとつの意味は、「勝つぞ」という強い気持ちを持つことでした。オランダの練習でもいつもほかの選手の後ろにつくなど控えめな小平選手を見て、“怒った猫”のように強い気持ちを持たないとレースには勝てないと訴えたのです。

技術、メンタルの両面から本場の指導を受けた小平選手ですが、オランダへ渡ってから自己ベストの更新はなく思うような結果が出ませんでした。

後に小平選手は「感覚的にいいものが得られなくて苦しんでぼろぼろだった」とオランダ時代のことを振り返りました。そして、「オランダ人と同じことをしても勝てない」としておととし、帰国したのです。

唯一無二の結城コーチ

日本に戻って小平選手の指導にあたったのが結城匡啓(まさひろ)コーチでした。結城コーチは信州大学でスポーツ科学を専門とする大学教授です。

長野県出身の小平選手は小学5年のときに、テレビを通じて長野オリンピックで金メダルを獲得した清水宏保さんのコーチだと知り、結城コーチがいる信州大学にあえて受験して入学した経緯があります。

 

 

結城コーチは小平選手が18歳のときから指導を続け、オランダ留学中にもメールで連絡を取り合ってトレーニングの進ちょくを共有するなど、まさに、小平選手を最も知り得る存在です。

しかし、オリンピックシーズンになって小平選手の取材は原則、公開取材のみに限られていました。オランダから帰国後に何があったのか。

「日本のスポーツ科学を証明したい」という小平選手の言葉の意味は何なのか。これを解き明かすには公開取材だけではどうしても足りないため小平選手と結城コーチに直接、話を伺わせてほしいと訴え、オリンピック直前の先月(1月)、特別に取材を許されました。

尽きない スケートへの探究心

小平選手と結城コーチの取材は信州大学の結城コーチの研究室で行いました。そこで、私がまずリクエストしたのは、ふだんの2人の会話のやりとりを撮影させて欲しいということでした。

テレビ取材では、カメラの前でなかなか自然な会話を撮影するというのは難しいことでもあります。しかし、小平選手は違いました。

 

 

カメラが回っていることを一切、気にすることなく運動生理学の本を開いて、骨盤の図が記されたところを結城コーチに見せながら「いいページを見つけてしまった」とうれしそうに話したのです。

これに結城コーチも呼応して、スポーツ科学を専門とする大学教授という立場から、具体的な筋肉の名前を伝えながらどう動かせば、滑りに結びつくかを丁寧に答えていきます。

小平選手は氷の上だけではなく、専門書を通じてどういう体の動きがスケートにつながるかを常に考えていて、そのひらめきを結城コーチと意見交換しながらスケーティングにつなげているのです。

日本のスポーツ科学を結集した新フォーム

取材の中で、結城コーチは小平選手のレース中の重心の軌跡を記したデータを明らかにし、小平選手の滑る軌跡とスピードの推移の変化を説明してくれました。

説明によると、トップスピードに入る位置が3年前と比べおよそ100メートルほど手前になっていて、その後も速いスピードを維持することができていると言うのです。

また、3年前、カーブでは最短距離を通ることを意識して、コースの内側を滑っていた小平選手ですが、去年のレースを見ると、カーブではあえて外側に膨らんで滑りやすいコース取りをし、加速を増すような滑りになっていました。

結城コーチなどが行った過去の実験では、あえて、外側に膨らんで加速を増すような軌跡をたどっているのは世界のトップ選手ひと握りで、ほとんどが、カーブでは減速しているということです。こうした規格外の滑りができるようになった背景には新フォームの習得があると言います。

 

ソチオリンピック以前より、小平選手の滑りを動作解析していた結城コーチはカーブで、小平選手は骨盤が斜めに傾くため、片方の足が氷を力強く押せないことを課題として捉えていました。

 

結城コーチは、オランダでの上体を起こすというヒントをきっかけに、どうすれば、欧米選手と比べて小柄な小平選手が足を大きく動かすことができるか考えました。

 

そして、結城コーチは最新の運動生理学の理論“ヒップロック”という考えにたどりつきます。“ヒップロック”とは、骨盤を1枚ではなく左右別々に考えて、それぞれ、別の動きをして力を発揮するというものです。

結城コーチは、骨盤周辺の筋肉を片方ずつ意識して鍛えて左右別々に骨盤をコントロールすることで、カーブでも骨盤が傾かないよう片方の足を安定させて、もう片方の足を大きく回し、その結果、氷を力強く押すことができると考えたのです。

 

 骨盤強化のトレーニング

 

 

結城コーチからアドバイスを受けた小平選手は、夏場に筑波大学を訪れて“ヒップロック”の専門トレーニングを行いました。

また、新フォームの習得のために必要な体幹や骨盤周辺の筋肉を強化するために一本げたや古武術など、日本古来のものにも注目し、オリジナルのフォームに磨きをかけ続けた結果、今シーズン、500メートル、ワールドカップで15連勝、1000メートルで世界記録を打ち立てるということができたのです。

大舞台で金メダル

そして、臨んだオリンピック。きのう(18日)、得意の500メートルでは、最初の100メートルは全体の2番目のタイムで通過するも、ここから小平選手は真骨頂を発揮します。

 

第1カーブでぐんぐん加速するとそのまま速いスピードを維持して第2カーブへ。小平選手が築き上げたフォームで両足でしっかり氷に力を伝え圧倒的なスピードでフィニッシュ。スピードスケートで日本女子として史上初の金メダル獲得となりました。

 

 

レースのあと、私は小平選手に聞いてみました。「オリンピックの場で日本のスポーツ科学を証明することができましたか」。

これに対し、小平選手は「結城コーチの指導のもと学びを続けた結果、今回、日本のスポーツ科学をより進化したものとして体で表現することができた。まだまだ日本のスポーツは伸びていくと思う」と笑顔で話していました。

私は、このとき、結城コーチとの歩みの成果を大舞台で表現できた充実感と積み上げてきたものへの揺るぎない自信を感じました。

田中清高記者

ピョンチャン五輪現地取材班 
スピードスケート担当

 

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