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特集 後姿も美しい!カメラマンが見たフィギュア

フィギュアスケート 2018年2月5日(月) 午後0:00

フィギュアスケートを撮影するプロのフォトグラファー和田八束(わだやずか)さんにインタビューを敢行。

ファインダー越しだからこそ見えてくるフィギュアの魅力に迫ります。

フィギュアスケートの撮影は難しい

<フォトグラファー 和田八束さん>

 

ーーまずはフィギュアスケートの撮影を始めたきっかけを教えてください。

 

1997年からツール・ド・フランスなど自転車競技を撮ってきました。

縁があって、フィギュアスケート撮影の第一人者である菅原正治から声がかかり、菅原が社長を務める会社に今年4月から所属して、この世界に入りました。

 

ーー自転車競技の撮影は、どのようなものだったのですか。

 

ツール・ド・フランスは当時から、空撮など凝った撮影をしていました。その中で、私はチームに帯同しての撮影を始めたんです。

当時、1日だけテレビカメラが潜入するような企画はありましたが、レース期間のまるまる3週間、チームを内部から撮影することにチャレンジする人はいませんでした。

 

“逃げる選手 追う大集団 夕まずめの空と相まって スリリングなシーンをレリーズ”

 

ーー同じ撮影でも、フィギュアスケートはまったく別物でしょうか。

20年間撮り続けてきた自転車なら目をつむっていても撮れますが、始めたばかりのフィギュアは目を開いていても撮れません(笑)。

撮影する時には、必ず頭の中に撮りたい写真、ゴールがあるものです。なのに、フィギュアの場合は、まだそれがないというのが一番難しいところです。

まるでトップモデルのようなネイサン・チェン

“天に向かうようなジャンプ 指先 足先まで神経の行き届いた演技は圧巻だ”

 

ーー撮っていて魅力的なのは、どのような選手ですか。

この間のグランプリシリーズで面白いなと思ったのは、アメリカのネイサン・チェン選手です。昔、有名なモデルを撮る機会がありました。

優秀なモデルの撮影では、ほとんどカメラマンは指示を出さない、というか、出せないんです。ポーズを取った瞬間、『はい、ここで撮ってね』というオーラがモデルから出ているからです。

チェン選手には、そういうものを感じるんです。アイスショーも撮影するのですが、町田樹さんからも同じ感じを受けますね。


ーー自ら選手の良さを引き出したい、という思いもあるのではありませんか。

 

関わる人たちの思いをくみ取った写真を撮りたいですね。選手の演技はコーチや振付師といった周囲の人たちの支えによって成り立っていると思います。

自転車でもそういうものを知りたかったから、チームの中に入っていきました。

フィギュアでも、きっと1つのスピンにすら、意味やこれまで支えてきた人たちの思いが込められていると思うんです。

 

“寝食を共にし演技を作り上げた選手とコーチ陣 分かち合う喜びは倍増だ”

 

ーーそう感じたきっかけは何ですか。

 

先日、東日本選手権を取材していて、『選手はコーチや振付師といった方々の思いを代弁している』と確信したのがきっかけですね。

この大会では、審判員席とリンクを挟んで向かいにあるロングサイドというところから撮影しました。

ボードのようなものがあって写真は撮りづらいのですが、コーチを隣で観察することができる場所です。冷静な顔をしたコーチの足元が、実は選手と同じように動いていることに気付きました。

選手が跳ぶ瞬間に『はいっ!』、あるいは着氷の瞬間に『よしっ!』と声が出るコーチもいます。

選手も1つ1つの演技が決まると、『できたよ!』とでも言うかのように、着氷の瞬間に目をコーチの方へ向けているように感じられることがあります。

そういう瞬間をとらえた写真は “生きた写真”だと思います。

「立ち姿」がすごい羽生選手&メドベージェワ選手

ーー選手の素顔が見える瞬間は、他にもありますか。

 

羽生結弦選手の撮影で、そういうことがありました。練習拠点としているカナダで行われた去年8月の公開練習で、練習前に『今日は何を滑ればいいですか?』と取材陣に聞くんです。

 

“翌日の滑走順抽選で読み上げられるライバルの名前に敬意をこめて拍手する羽生選手”

 

自分の練習だから好きなようにしてくれればいいのにと思うのですが、わざわざ日本から来た報道陣に気を遣ってくれるんです。

 

常に言葉を選んで、すごく気を使ったコメントをしてくれますし、取材陣の前に出る際にも、まずは一礼をするほどです。そんなアスリートには会ったことがありません。

ーー被写体としての羽生選手は、いかがですか。

 

もちろん絵になりますし、その理由は立ち姿にあると私は解釈しています。競技レベルが高い選手は真っ直ぐ立てるし、腕をしっかり水平に伸ばせます。それが羽生選手です。

アスリートとしてバランスの良い立ち方をしているのでしょう。グランプリシリーズで表彰台に上るような選手は、たたずまいだけで絵になります。一般的には、それをオーラと呼ぶのかもしれませんね。

ーー特に立ち姿が美しいと思う選手は誰ですか。

 

エフゲニア・メドベージェワ選手は、すごいと思いましたね。グランプリシリーズで優勝を決めた翌朝、エキシビションの練習でのことです。

 

前日に遅くまで試合があった彼女は、すごく眠そうでした。壁に寄りかかって半分寝ているようでしたが、その姿すら絵になってしまうんです。

リンクの上だけではなく、24時間365日、無意識にアスリートなんですね。ただ者ではないな、と思いました。

 

“身体の柔らかさは演技の華麗さに繋がる 全身全霊ささげ 氷上で舞う”

 

ーーカメラマンならではの気付きがあるのですね。

 

こんな話もあります。先日、ジャパンオープンの会場で八木沼純子さんとお話する機会があったので、うまいスケーティングとは何かと伺ってみると、即答で『音がしないこと』と返ってきました。

バターを塗るように音がしないのが究極だ、というんですね。では具体的に誰ならできるか尋ねると、目の前にいる織田信成さんを指して、『日本で一番スケーティングが上手だと思う』とおっしゃっていました。

実際に耳をそばだてると、確かに音がしないんです。目から鱗が落ちる思いでした。

 

ーーそれが可能な理由は何なのでしょうか。

 

解説のためにロシアに来ていた織田さんと、その話をする機会がありました。秘訣を聞くと、ももの裏の筋肉を使うようになってから、スケーティングが安定して、音が出なくなったそうです。

最近は体幹の重要性がよく語られますが、そうしたアスリートとしての基本が、立ち姿の美しさにもつながるのかもしれません。

フィギュアの写真にはまだ開拓されていない分野がある!

ーーこれから狙っていきたい写真は、思い描けそうですか。

フィギュアの世界では、目をつむっている写真や、バックショット(背後から撮影した写真)は、あまり使われない傾向があります。ただ私としては、自転車競技では体を後ろから撮ることが非常に多かったので、バックショットこそ1番美しいと思っています。

笑われるかもしれませんが、織田さんの「ももの裏の筋肉を使う」という発言を考えると、フィギュアでも実はバックショットは“あり”じゃないかと思っています。

演技とはいえ、アスリートとしてうまく筋肉を使うことが重要だからです。体の背面の筋肉を使うのならば、そこを撮らないなんておかしな話です。

説得力あるバックショットを撮れたなら、それが『理想の一枚』になる可能性を秘めていますよね。

 

“トップアスリート引き締まった背中は躍動感あふれ 表現力の源となる”

 

ーー撮りたいものが見えてきたような…。

 

もしもバックショットだけの写真集を作れたら、すごく面白いかもしれませんね。まだ誰もやっていませんから。

ツール・ド・フランスでの3週間密着も、当時は誰もやっていませんでした。

 

私が撮る写真がいつかスタンダートになったら、それが最高だと思います。

真似をされるのが、カメラマンとしては一番うれしいことですから。

だから、誰もやっていないことを、またやってみたいですね。

和田 八束 Photo Collection

“衣装の色と氷上の色 そのマッチングをいかしつつ 天を見上げる一瞬を撮影”

 

“エキシビションで見せる表情は 競技の時と違って険しさが消える”

“スケーティングの軌跡と共に 柔らかい表情を写す”

“ジャンプの後の着氷成功 安堵の瞬間でも集中力を切らさない表情を撮りたかった”

 

“トップアスリートとして カラダの強さと柔らかさが表現できた”

 

“フィギュア女王 メドベージェワ選手が見せる笑顔 等身大のかわいらしい表情をとらえる”

 

“内面から輝く演技を表現したく スポットライトが作った陰と一緒に絵作りを試みた”

 

和田 八束 (わだやずか)
1997年よりフリーランスのフォトグラファーとしてツール・ド・フランスを長年追い続ける。その後、大相撲や陸上、サッカーなど活動の幅を広げたのち、2017年より株式会社ジャパンスポーツにてフィギュアの撮影を始める。

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