ストーリー野球

広島 大瀬良大地投手の前半戦を言葉とともに振り返る

2021-07-31 午後 0:30

前半戦、広島のエース・大瀬良大地は苦しいシーズンを送った。勝ち星はここまで3勝。4月から3か月以上勝ち星に恵まれなかった。エースの苦しみと比例するかのようにチームの成績は振るわなかった。大瀬良の成績を言葉とともに振り返る。

開幕投手

去年の12月。チームの指揮官、佐々岡真司監督は開幕投手を「大瀬良」で考えている旨を本人に伝えた。伝えられた大瀬良は、3か月前の9月中旬に右ひじの関節の骨のとげなどを切除する手術を受け、リハビリの真っ最中だった。

 

大瀬良 投手

ボールを投げ始めて(キャッチボールの)距離を延ばしていく段階だったので、不安はたくさんあった。なんとか間に合うようにやっていく中で、最善のことはやろうと思って。

 

2月1日。
キャンプは2軍スタートだったが順調に調整を続け2月20日1軍に合流。

 

2月28日。
佐々岡監督から正式に開幕投手決定を伝えられた。

 

2月28日 日本ハムとの練習試合に登板し3回無失点

 

オープン戦は、3試合に先発し15イニングを投げて無失点。誰の目から見ても文句のつけようのない成績で3年連続の開幕投手の権利をつかんだ。

大瀬良 投手

本当に責任を持ってやっていきたい。責任を全うしたい。責任と自覚を持って毎日過ごしたい。

 

開幕投手への意気込み聞かれた大瀬良は、「責任」という言葉を何回も使った。今シーズンからはチームで投手のキャプテンも任されている。エース・キャプテンの重圧を受け止めていた。

大瀬良 投手

開幕は特別なマウンド。思いをすべて背負ってマウンドに立ちたい。

上々なスタート

3月26日。
鯛のお頭付きを食べて開幕試合の中日戦に臨んだ。

 

 

立ち上がりからストレートが切れていた。7回まで3安打無失点で完璧と言えるピッチングだった。8回に崩れるまでは…。結局この試合は、4失点で勝敗はつかなかった。

 

ここから2試合は7回と6回をそれぞれ無失点に抑えてチームに勝利を呼び込んだ。チームの勝ち越しも「2」。まずまずのスタートを切った。

 

中日との開幕戦 8回途中で降板

大瀬良 投手

開幕戦でイニングの途中でおりてしまってチームに勝ちを付けることができなくて責任を感じていた。1つ勝ててほっとしている。

トンネルの始まり

4月15日。思えば長いトンネルの始まりだった。次の登板に向けて練習をしていた時だった。ダッシュの際に右足に突然の痛みが襲った。

大瀬良 投手

前兆もなくいきなりきた。頭が真っ白になって何とか投げきれないかと思ったが無理だった。

 

診断名は、「右腓腹筋挫傷」。右ふくらはぎの肉離れ。この日から1軍から外れて復帰に向けてリハビリに専念することとなった。

 

責任からか、ケガをした2日後から肩を休ませたくないとイスに座ってキャッチボールを始めた。離脱前に勝ち越しがあったチームは5連敗などで失速。取材に応じた5月7日には負け越しは「5」になっていた。

 

5月7日 練習でランニングする大瀬良投手(写真中央)

大瀬良 投手

(チームに)帰りたいなという思いはすごく強い。本当に今からでも帰りたい。少しでも早く戻ることで、なんとかチームの空気が変わればいいなと思う。

 

大瀬良は、リハビリ中もチームの試合をテレビで見て常に気にかけていた。話しぶりからチームを離脱した責任を感じているようだった。

復帰とコロナ

5月18日。
復帰戦は、東京ドームでの巨人戦になった。

 

大瀬良 投手

順位、ゲーム差を見ても、大事な試合が続く。とにかく抑えていきたい。

 

 

試合は6回3失点で負け投手。数字だけみれば試合を作っているが先制した直後に逆転される悪い流れだった。

 

さらに、この試合の前日から、チームには大きな異変が起きていた。5月17日から23日にかけて主力選手やコーチ、それにスタッフ12人が集団で新型コロナウイルスに感染。予定していたペナントレースは5試合が中止。チームは、活動自粛を余儀なくされ、選手は時間をずらして全て自主練習に切り替えられた。

 

大瀬良 投手

毎日PCR検査の結果を待つ時はやっぱり大丈夫かなとすごく不安。とにかく最大限の準備をしてその(試合再開の)日に合わせたい。

遠い勝ち星

5月27日。
公式戦が再開した。しかし、大瀬良のトンネルはここからが長かった。

 

6月1日。日本ハム戦。
4回6失点。1回に3失点で流れを引き込めず負け投手。

 

大瀬良 投手

限られた条件でたくさん応援をしてくださったので何とかその期待に応えたいと思って投げたがやってはいけないことをやってしまった。

 

6月8日。ソフトバンク戦。
7回1失点。打線が振るわず勝敗つかず。

 

大瀬良 投手

復帰してからの登板は自分の中でもやもやがあった。何とかいいものが見えた。

 

6月15日。西武戦。
7回3失点。 
勝敗付かずもチームはかろうじて勝利。しかしチームは交流戦を終えて3勝12敗3引き分けと大きく沈んだ。

 

6月22日。ヤクルト戦。

6回6失点で負け投手。

 

大瀬良 投手

今日みたいな投球をしたら勝てるわけはない、自分に責任がある。立て直したい。

 

6月29日。巨人戦。
3回6失点。

 

 

勝敗こそ付かなかったが立て直せなかった。この日は指揮官からも厳しいコメントだった。

佐々岡 監督

前回と同じ感じでやられている。投げ切れてないところを打たれている。

 

7月6日。DeNA戦。
7回2失点。 

勝敗はつかなかったがこの日は変化球でかわすピッチングではなかった。序盤から開幕当初のストレートでぐいぐいと押す姿が見られた。明るい兆しの見えた試合だった。

 

大瀬良 投手

しっかりと攻める姿勢を持って投げていこうと思った。ストレートもしっかり使えて勝負できた。変化球に頼らずにいけた。

 

勝ち星のつかない苦しい日々。最後に勝ったのは4月9日。すでに3か月以上がたっていた。気付けばチームの負け越しは最大の「16」にまで膨れ上がっていた。

3か月ぶり

7月12日。中日戦。

7回2失点。

 


先制点を許すも試合中盤からストレートに本来のキレが戻った。7回の最後の打者をセンターフライに打ち取ると大きく息を吐いてベンチに引き上げた。長かった3か月ぶりの勝ち星となった。

 

大瀬良 投手

3か月も勝てないのは1番長かった。思うようにいかない、うまくいかないことも多くて、苦しかったが、なんとかみんなが良い方向に行くように支えてくれた。少しずつ自分のいい感覚とかそういったものが戻ってきている感じがあった。

 

大瀬良の3か月ぶりの勝ち星とともに広島は4連勝で前半戦を終えた。エースとして投手陣のキャプテンとしてケガや勝てない日々を乗り越えてきた。


大瀬良は、グラブが汗で濡れて左手が重くなり投球フォームが崩れるのを防ぐため交換出来るように2つのグラブをベンチで持っている。そんな微妙なところにまで気を使って責任を背負ってマウンドに立っている。

 

 

大瀬良の背番号は「14」。かつて広島で炎のストッパーと呼ばれ、1980年代後半に活躍しその後脳腫瘍のため32歳の若さで亡くなった津田恒実さんが背負った番号だ。この番号に敬意を示して節目節目で津田さんの墓前に出向いている。今シーズンも開幕前に「1年間頑張ります」と報告している。

大瀬良 投手

後半はバリバリとしっかり働いていけるように頑張りたい。

 

責任感の強い大瀬良のこの言葉に後半戦チームの浮上のきっかけが詰まっていると信じている。

この記事を書いた人

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松井 晋太郎 記者

平成17年 NHK入局

これまでプロ野球や陸上、フィギュアスケートを担当。ことし1月からカープ担当。

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