ストーリー野球

野球日本代表 稲葉篤紀監督 金メダル獲得へのしたたかな戦略

2021-07-21 午後 03:20

大会期間中に49歳の誕生日を迎える野球日本代表の稲葉篤紀監督。悲願のオリンピック金メダルへの戦いに挑む。

 

野球は2008年北京大会以来、13年ぶりの開催。次のパリ大会では実施されないことが決まっている。自国開催によってもたらされたこのチャンスを逃すわけにはいかない。


直前合宿の前に稲葉監督に戦略を聞いた。重圧を背負う指揮官の表情は気合いに満ちていた。代表監督に就任してから4年。すべてはこの時のために。

『経験は大事』

稲葉監督ら代表首脳陣はことしのプロ野球開幕後、3回のスタッフ会議を開き、あわせて10時間以上議論を重ねてメンバー選考を進めた。その結果選ばれたのがこの24人だ。

 

 

 

野手13人のうち、おととしの国際大会「プレミア12」の経験者が9人。メンバー発表後は評論家から「プレミア12のメンバーにこだわりすぎている」と批判的な声も聞かれた。しかし、稲葉監督には確固たる狙いがあった。

野球日本代表 稲葉 監督

国際大会は一発勝負の難しさがある。だから経験は非常に大事。プレミア12では外国人ピッチャー特有の“強くて動く球”を経験したので、オリンピックでは対応していけると思う。

動くボール

稲葉監督が経験を重視した理由として挙げた“動くボール”への対応。アメリカや中南米のピッチャーが投げるボールは、きれいな回転のストレートや、大きく曲がるカーブなどと違い、バッターの手元で小さく変化するうえ、球速と球威もあるのが特徴だ。

 

シーズンでは結果を残す日本の強打者たちが、国際大会では微妙にバットの芯を外され打ち取られる。日本が世界と戦う上で「永遠の課題」とも言われてきた。

 

稲葉監督は選手時代からオリンピックやWBC=ワールド・ベースボール・クラシックで、この動くボールのやっかいさを打席で身をもって経験してきた。東京オリンピックでもこのボールにどう対応するかが鍵となると考えたのだ。

逆方向へのバッティング

稲葉監督は動くボールへの対応力を測る上で、バッターを見るポイントがあるという。

 

2019年 プレミア12に出場した浅村栄斗選手と鈴木誠也選手(左から)

野球日本代表 稲葉 監督

 

逆方向に打てるというのはひとつ大事なことではないか。浅村栄斗選手にしても鈴木誠也選手にしても、逆方向に強い打球が打てる。どうしても強くて動くボールは差し込まれ気味になる。差し込まれたボールをしっかり押し込めるのが大事ではないかと思う。

 

プレミア12で鈴木選手は打率4割4分4厘、ホームラン3本、13打点。浅村選手は打率3割6分、5打点。ほかのバッターたちが苦戦したピッチャーに対しても、しっかり結果を残した。今回のオリンピックでも中軸となることが期待される。

『横綱の野球はできない』

一方で、稲葉監督は名だたる強打者たちが顔を並べる打線でも、「なかなか点が入らない」展開を予想している。フォアボールをしっかりと選び、機動力を使って相手を揺さぶり、地道に1点ずつを取りにいく戦術だ。

 

野球日本代表 稲葉 監督

各国のメンバーを見るとピッチャーを12人入れているところもある。そういうところはどんどん1イニングずつで交代していく。やっと対応できたなというピッチャーが代えられてしまう。連打はそう簡単にできない。まずは先発ピッチャーをどう崩していくか。そのために打線をちゃんと線としてどうやって結びつけるかが大事。バントができる選手をどこに入れるか。セーフティーバントをしたり、盗塁やエンドランをしかけたり。横綱の野球はできない。

 

代表強化合宿でバント練習する村上宗隆選手

 

事前合宿では野手全員にバント練習を課している。そして積極的な走塁の意識を選手たちに植え付ける考えだ。

野球日本代表 稲葉 監督

日本のいやらしさは相手にスピードでプレッシャーをかけられること。走塁の技術の高さは日本の強みでもある。隙があったら常に次の塁を狙う意識は全員にしてもらう。走るのが速い遅い関係なく、誰にでもできること。そういう野球をやっていきたい。

『スピード&パワー』

WBCの第1回、第2回大会でも日本は足やバントを絡めた「スモールベースボール」で世界一になった。

 

2006年 WBCで優勝した日本代表

 

しかし稲葉監督は「スモールベースボール」という言葉では表現しない。

 

2009年 稲葉監督は選手としてWBCに出場

野球日本代表 稲葉 監督

僕の中ではそれは“スモールベースボール”じゃなくて“スピード&パワー”。盗塁やエンドランの“スピード”に加え、国際大会でここ最近はホームランで点をとってというのも出てきているので、“パワー”も必要。

 

初戦を除いて会場は横浜スタジアム。比較的ホームランが出やすいとされる球場だ。連打は難しくても、ひと振りで試合が動く可能性もある。

 

トリプルスリーを達成したことのある柳田悠岐選手と山田哲人選手をはじめ、長打力とスピードの両方を持った選手がそろっている。稲葉監督は「スピード&パワーを具現化してくれる選手たちだ」と胸を張った。

打順は『固定しない』

では実際にどのような打順を組むのか。悩みどころは打線に勢いをつける1番バッターだ。プレミア12では、8試合で3人を起用したが、1番の打率は1割台に低迷。1回に先頭で出塁できたのは1度しかなかった。

 

野球日本代表 稲葉 監督

1、2番が決まれば、ある程度中軸の3、4、5番は決まっていくと思う。1番を打てそうなバッターは今ぱっと思い浮かぶだけで、ギータ(柳田)、(山田)哲人、キク(菊池)、(坂本)勇人。

 

また近年は大リーグを中心に、2番にホームランの打てる強打者を置くスタイルも定着した。エンジェルスの大谷翔平選手も2番を打っている。では、稲葉監督が描く2番像とは。

野球日本代表 稲葉 監督

今2番にいい選手を入れているということは、打ってつないでたくさん点数がほしいのだと思う。いいバッターを1、2番に入れてたくさん打席をまわすということは、バントという発想は全くない。もちろん日本代表でも時にはそういう打線が機能するのであれば考えるが、バントで確実に送るという野球をしていこうというのであれば、2番は菊池選手だったり坂本選手だったり。1番が塁に出て盗塁できるなら、走らせてから打たせることもできる。相手の先発ピッチャーも見ながらどう攻略していくかも含めて打線は考えていく。

 

代表強化合宿で打撃練習する鈴木誠也選手

 

4番は、プレミア12では大会MVPに輝いた鈴木選手が全試合座った。東京オリンピックでも候補になるのは間違いないとしながらも、あくまで「固定はしない」という。

野球日本代表 稲葉 監督

(左右)ジグザグにしてみたらどうかなとか、いろんな可能性を考えている最中。最後の最後まで悩むと思う。選手の調子も含めて、だんだん打順は試合をやるごとに作り上げられていくもの。オリンピックも試合をしていきながら、ここが機能するなというところは固めていける。早くいい打順に巡りあえるように考えてやっていく。

投手起用は臨機応変に

先発候補の田中投手、大野投手、森下投手、山本投手(左上から時計回り)

 

一方の投手陣。先発と考えていた菅野智之投手、貴重な左のリリーフだったが中川皓太投手が辞退し、千賀滉大投手と伊藤大海投手を追加招集した。「投手編成はすごく変わった。先発をどうしようか今考えている」と、練り直しを余儀なくされた。これまでに先発では田中将大投手、山本由伸投手、大野雄大投手、森下暢仁投手などが候補として挙げられている。

野球日本代表 稲葉 監督

先発ピッチャーも最初はリリーフで待機してもらうことももちろん考えなければいけない。3試合目くらいまではある程度決めるが、そのあとは勝った負けたでがらっと変わってくる。当初4人でまわそうと思っていたが、勝っていけば3人でいけるという日程になる。

 

 

今回のオリンピックは敗者復活が組み込まれた複雑な決勝トーナメントで行われる。

 

 

全勝で順調に勝ち進めば中1日以上あけながらの5試合。決勝トーナメントはすべて午後7時開始のナイトゲームになる。ところが、敗者復活にまわると、最も多い場合は6連戦を含めて11日間で8試合を戦う過密日程だ。デーゲームの数も増える。

野球日本代表 稲葉 監督

ピッチャーには先発もリリーフもどっちもあると伝えている。今まで中継ぎに入っていた選手も急に先発ということも出てくる。先発ピッチャーもシーズン中のように中6日で自分のルーティンで調整できないことも伝えている。建山投手コーチが投手全員とグループLINEでつないで、いろいろ細かなやりとりをしてくれていて、ブルペンで何球投げたら作れるとか、何日前にブルペンに入ったら先発でいけるとか、事細かに情報を入れてくれる。選手は心も体も準備は難しいとは思うが、われわれは選手にしっかりと準備をさせてあげて、送り出すことが大事だと思う。

鍵になる山本由伸投手の起用法

 

投手陣の軸になるのが勝利数、防御率、奪三振数でパ・リーグトップの山本由伸投手。稲葉監督も「間違いなく球界でトップクラス」と最大限の評価をするピッチャーだ。山本投手は中継ぎの経験もあり、プレミア12では終盤のリリーフで結果を残した。オリンピックではどちらで起用するのか。

野球日本代表 稲葉 監督

山本投手をどこで投げてもらうかは非常にわれわれの中でも議論になっている。先発にまわった時、8回にいった時、どういうプランがあるか。やっぱり1、2戦目にいいピッチャーをつぎ込んでいくことは考えたい。

田中将大投手は

 

初戦が行われるのは福島市の県営あづま球場。東日本大震災からの復興をアピールするために被災地で開幕する。ここで、ことし日本球界に8年ぶりに復帰し、東北でプレーする田中投手を先発させる可能性は。

 

野球日本代表 稲葉 監督

もちろん、私もそういうふうに少しは考えたが、やっぱり金メダルを取るためにというふうに考えたい。1、2戦目は勝って、(予選リーグ)1位をとりたい。入りを誰にするかはすごく大事になってくる。28日から1週間前には、投げるピッチャーに伝えていこうと思う。

 

あくまで勝利に徹して先発ピッチャーを決める考えだ。稲葉監督は「抑えは固定しない」とも言った。リリーフも含めて稲葉監督がどのように11人のピッチャーを起用するのか、手腕が問われることになる。

思い切って挑戦してほしい

日本代表は19日から事前合宿が始まり、28日に予選リーグ初戦でドミニカ共和国と対戦。31日には第2戦でメキシコと対戦する。2チームとも元大リーガーがメンバー入りした強敵だ。最後に稲葉監督に選手に求めることを聞いた。

 

野球日本代表 稲葉 監督

私はこの4年間かけて選手を見てきたつもりだし、選手と接してきたつもり。選手の思いも含めて、私はこの選手たちと金メダルを目指したい。結束力を持って、より熱い戦いができるメンバーを選んだ。もちろん勝たなきゃいけないというプレッシャーはある。でも、勝った負けた、打つ打たれた、打てなかったは全部私の責任。選手全員が悔いを残さないよう挑戦してほしい。今まで以上のことをしようなんて思わなくていい。今まで通り、思い切ってプレーしてほしい。みんなで金メダルを取るという目標に向かって、われわれは後押しをして、しっかり準備させて送り出したい。

この記事を書いた人

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杉井 浩太 記者

平成20年NHK入局。富山県出身。
新潟、横浜局を経てスポーツニュース部。ヤクルト、日本代表、NPBを取材中。

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