ストーリー水泳

日本代表からの手紙 アーティスティックスイミング “祭り”に込めた思い

2021-06-28 午後 02:30

夏になれば聞こえてくる祭りのお囃子や鐘の音が失われた中、まもなく開幕を迎える東京オリンピック。そこで“祭り”を演じる選手と、それを支える人たちがいる。家族や友人と祭りを喜び合える日を願って、きょうも選手は踊り続ける。

差出人は“日本代表”

2019年8月、徳島市の男性のもとに1枚の手紙が届いた。差出人は「アーティスティックスイミング日本代表」

 

 

封筒に書かれた住所が示す場所はオリンピックを目指すトップ選手たちの拠点、ナショナルトレーニングセンターだ。

 

 

日本代表の井村雅代ヘッドコーチと選手たちは祭りをテーマにした演技をいかすため実際に阿波おどりに参加し東京に戻って手紙を記した。

 

 

「熱気のある最高の演技でメダルを獲得する」「このエネルギーを演技に活かす」

 

選手に阿波おどりを指南した関係者への手紙には、オリンピックでメダル獲得を目指す決意がつづられていた。

この熱気を再現できれば・・・

祭りの体験がなぜ演技に生きるのか。厳しい練習で知られる井村コーチのもとで選手たちは朝7時半から夜中の12時過ぎまでをプールで過ごす。そんな選手たちにも、1日の人出が30万人を超えるという阿波おどりの巨大なエネルギーは未知のものだった。

 

2019年8月 阿波おどりに参加した井村雅代ヘッドコーチ(中央)と選手たち

 

慣れない踊りにぎこちなかった選手たちもリズムを刻む鐘の音やお囃子の中で次第に周囲と熱気を共有するようになった。張り詰めた練習とは違うはじける笑顔で夜10時ごろまで踊り明かしたという。

 

 

このとき選手たちが阿波おどりに参加する橋渡しをしたのが元ラグビー日本代表の林敏之さん(61)。地元の徳島市出身で例年、ラグビー仲間と阿波おどりに参加している。

 

ラグビー元日本代表 林敏之さん(左)と井村雅代ヘッドコーチ(右)

 

以前から親交がある井村コーチから「選手の演技が淡々としているから祭りを体験させたい」と依頼され、自らが所属する踊り手グループに招待した。祭りの熱気を感じ取った選手たちを目にした林さんは、オリンピックでの演技に期待を寄せる。

林 敏之 さん

選手たちは音と動きを合わせるプロで、2,3分練習すれば動きを決めていたのはさすがでした。祭りには湧き上がるような感動があり、スポーツにも通じるものがあります。オリンピックでは競技のパワーやスピードが先行してしまいがちですが、祭りならではの喜びや感動も表現して欲しい。

苦境の日本の活路は“祭り”

実は井村コーチが祭りをテーマに採用したのは今回が初めてではない。2004年アテネオリンピックでは、前年の世界選手権でロシアに敗れ打開策を探る井村コーチが阿波おどりを現地で視察しチームテクニカルルーティンのテーマに採用した。

 

アテネオリンピック日本代表のサイン

 

本番ではロシアに及ばなかったものの2大会連続となる2つの銀メダルを獲得。徳島市の観光施設には大会後に井村コーチや現在代表コーチを務める宮川美哉さん(旧姓立花)たち選手が感謝を込めて書いたサインと水着のレプリカが展示されている。

 

アテネオリンピック日本代表の水着のレプリカ

 

そして井村コーチにとって10大会目となる東京オリンピックで、アテネの再現を狙い祭りのテーマを託したのが競技最終日に行われるチームフリールーティンだ。規定された動きを演じるテクニカルルーティンに比べ、演技の自由度が高く芸術性や表現力が得点に占める割合が大きい。

 

そこで井村コーチは使用する楽曲にもこだわり、会場を埋め尽くすであろう日本の観客を味方につけるため、阿波おどりや青森ねぶた祭など日本人になじみのある祭りのかけ声やお囃子を楽曲に取り込んだ。阿波おどりを体験した選手の演技をベースに会場の一体感を演出できれば採点する審査員の好印象を引き出せる、はずだった。

コロナ禍で変化した演じることの意味

井村コーチが思い描いた戦略は新型コロナによって大きく狂わされた。今後の感染の広がり次第で会場にどれだけ観客が入れるのか不透明なうえ、飛まつ防止のため観客が声援を送ることは制限されている。

 

 

しかし、地元開催のメリットが減ったとしても、各地で祭りやイベントが中止を余儀なくされる今、祭りを演じることには大きな意味があると井村コーチは言う。

井村 雅代 ヘッドコーチ

東京オリンピックで祭りをテーマにしようと思ったときには『日本にこんな楽しい素敵な祭りがあるんだよ』『人々がエネルギーを出して祭りに酔いしれるんだよ』というのを表現したかったんですけど、今は祭りというテーマにするにも私自身の中の意味合いは変わってきました。コロナ禍でたくさんの祭りが中止されている中でこんな祭りがもう一度できる日が必ず来るから今、頑張ろうというメッセージを送りたいと思っています。

選手に託す“祭り”への思い

阿波おどりは井村コーチと選手が参加した翌年、新型コロナに見舞われ中止された。ことし8月の開催も6月時点で中止や規模の縮小が取り沙汰されている。

 

厳しい状況に直面する阿波おどりの関係者にとって、オリンピックに臨む選手たちは一筋の光明。そう話すのは踊り手グループ代表の清水理さん(73)。2019年に選手たちが書いた手紙を受け取ったその人だ。

 

踊り手グループ「本家大名連」連長 清水 理 さん

 

清水さんはグループのメンバーの感染予防のため、ことしは阿波おどりへの参加を見送る苦渋の決断を下した。井村コーチにとって祭りの意味が変わったように、メダル獲得の手助けができればと考えていた清水さんもまた、以前と違う思いを抱いている。単にメダルを目指すだけでなく、前を向く力をくれる祭りの楽しさを表現してほしい。何より選手自身が“祭り”を楽しんで欲しい。清水さんはそう願っている。

 

2019年8月 選手に踊りを指導した 清水 理 さん(中央)

清水 理 さん

阿波おどりを取り入れた演技を発信して元気を与えてくれるのは感謝のひと言につきます。日本中、世界中の人が喜んでくれたらいい。僕たちの阿波おどりをする全ての人の気持ちが選手の演技に反映されたらうれしい。

 

”祭り”がつないだ人たちの思いを乗せて演技するその日まで、選手たちの練習はきょうも続く。

この記事を書いた人

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橋本 剛 記者

2005年 NHK入局 

社会部で東日本大震災からの復興や環境問題を取材。スポーツニュース部では水泳を担当。

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