ストーリー野球

祝!甲子園初出場 でも、どう準備したらいいの?野球部部長の忘れられない夏

2018-08-03 午前 0:00

8月6日に開幕する全国高校野球。今年は全49の代表校が甲子園で戦います。初出場は3校です。嬉しい甲子園出場ですが、出場が決まったらいったいどんな準備が必要なんでしょうか?

出場決定から開会式まで1週間もない!?

地方大会をくぐり抜け、ついにつかんだ甲子園の切符!しかし、甲子園出場が決まってから開会式まで期間が短い高校だと1週間もありません。

 

準備期間が短すぎる!きっといろいろと準備することが必要なはずなのに…!

 

 

そんな疑問を抱えた編集部は突撃取材を敢行。

 

2016年の第98回全国高校野球選手権に西東京代表として春夏通じて初の甲子園出場。「八学」(はちがく)の愛称で地元の人々に親しまれている、八王子学園八王子高校の椎名先生に当時を振り返っていただきました。

椎名祥次先生(57)

野球部をはじめ、応援団や学校関係者らのスケジュール管理や観戦チケットの手配、メディア対応など〝裏方〟として準備に奔走。社会科教員で野球部部長でもある。

初の悲願達成に八王子市民が盛り上がった

準々決勝で清宮幸太郎(現日本ハム)を擁する早稲田実業、準決勝で創価、決勝で東海大菅生と強豪校を倒しての悲願達成に、人口約57万人の八王子市民も大いに盛り上がりました。

椎名さん

試合が終わって、学校に帰ってきたらもう大変。正門のところからワァーッとご近所の皆さんがいらっしゃって。バスを裏側に止めてパレードみたいに線路沿いを歩きましたよ。西八王子駅にも横断幕が掲げられ、それはそれは大変な盛り上がりでした。

 

準優勝だった2007年以降、9年越しの夢をかなえた八学ですが、その達成感と祝福ムードあふれる中、椎名部長と学校関係者を待っていたのは「甲子園出場校」ならではの慌ただしい手続き。7月27日の決勝戦から全国選手権開幕までの10日間あまりで、すべての準備を整えなければなりませんでした。

閉会式からすでに準備は始まっていた!

椎名さん

優勝の瞬間は本当にうれしかったですが、喜びにひたってはいられませんでした。閉会式の最中に、あらかじめ西東京代表校が宿泊することになっているホテルの方がベンチ前に来られて、部屋割りだとか東京を出発する予定などを確認されました。

 

閉会式後にはすぐ、東京都の高野連(高校野球連盟)から神宮球場の大会本部に呼ばれて、40分間ほど手続きなどについて説明を受けました。予定表など束になった書類が20冊ほど渡されました。でもそれもどういった内容のものかまったく頭に入らない。何しろ初めてのことですし、説明を受けていても全然イメージが沸かなかったんです。

 

当時の書類の束。これ以外にも最終的にはバッグ2つ分になったそう。

優勝翌日からスケジュールはびっしり!

おびただしい資料の中から椎名先生が保管していたスケジュール表をもとに、当時の主な日程を書き出してみると…。

 

7月27日(水)西東京大会決勝
  28日(木)対策会議、八王子市表敬訪問
  29日(金)対策会議、取り扱い旅行業者決定・業務委託
  30日(土)臨時職員会議、対策会議
8月01日(月)東京都知事表敬訪問、朝日新聞社表敬訪問、生徒会主催壮行会
  02日(火)応援ツアー案内書、甲子園出場寄付金に関する趣意書郵送
        野球部出発
  03日(水)現地での練習
  04日(木)組み合わせ抽選、甲子園応援団責任者会議、対策会議
  05日(金)甲子園引率者会議
  07日(日)開会式
  10日(水)応援団出発
  11日(木)全国選手権1回戦、応援団帰京(車中泊で12日着)

椎名さん

市役所や都庁、新聞社への訪問日程はあらかじめ決められていました。現地でのチームの宿泊ホテルも主催者側で割り振られて決まっていましたが、旅行会社は学校側で決めなくてはならないんです。表敬訪問などを行っている間に、野球部の出発日を8月2日に決めて、教頭と校長が複数の候補の中から旅行会社を決めました。

 

じつは、すでに準々決勝あたりから、各旅行会社の担当の方も球場に来られて「がんばってください!甲子園出場の際はぜひお任せください!」という感じでした。

 

野球部だけではなく、学校としても応援団の移動や宿泊、バスの手配、応援のスケジュールを立てて、旅行業者と短期間でやり取りをしなければなりませんでした。

 

八学は当時、在校生だけでもおよそ1,800人。選手の保護者や一般の申込者を含めて、総勢5,000人ほどが応援ツアーを組んで〝甲子園行き〟を目指しました。新幹線を利用した一般応援の100人以外は、試合前日10日夜にバス35台に分乗して出発。八学の1回戦を観戦したその日の夜に再びバスに乗り、車中泊で翌朝帰京する文字どおりの弾丸ツアーでした。それ以外にも、野球部の現地入り日程から逆算して、普段チームが使用している学校所有のバスを陸送。トラックも1台手配して、打撃マシンなどの練習用具を搬送しました。

提出書類はすべて手書き

膨大な書類の一部

椎名さん

私自身は、提出書類を作らなければならないので、もう応援の手配どころじゃなかったんです。それは学校側にお任せして。

 

甲子園出場の手続き書類はフォーマットが決まったものを手渡されるので、〝手書き〟で記入しなければなりません。書き間違えをしてしまうと訂正するのに校長印が必要なものもありますから、大変でした。

 

出場校の提出物は、およそ20種類。選手資格証明書やチーム名簿、開会式後の行動予定、応援団の行動予定表やバスの運行計画表、練習場の割り当て希望用紙、登録選手の過去の病気やケガの調査、レントゲンフィルムなどなど。提出先も主催者や日本高野連、大会本部など複数に及びます。そのほかに、全国選手権で勝ったときに球場で流す校歌の楽譜や各局の番組で使用する選手プロフィールやチームロゴなど、依頼があったものに随時対応し、用意しました。

事前準備もわからないことだらけ!

椎名さん

東京を出発する前に投手の関節のレントゲン撮影をしなければなりませんでした。総監督から「レントゲンを撮りに行ったの?」と聞かれて、えーっ!と。てっきり、高野連の方で手配してくれるものだと思い込んでいたんです。書類をよく読んでいればわかることなのですが、自分たちで病院に行って撮影し、甲子園練習のメディカルチェックで提出しなければならなかったのです。急きょ、養護の先生に連絡してもらって近くの病院に選手を連れて行ったことがありました。

 

 

他にも甲子園出場には多額の費用の工面という大事な仕事が。選手や応援団の旅費、用具の運搬費、観戦チケット代、応援グッズ代など学校側の金銭的な負担はとても大きいものです。野球部は部員約80人のうち、ベンチ登録メンバーと練習サポート要員の約半数が現地入りし、残りの半数は八王子に残って学校関係者や保護者会とともに寄付金集めに奔走。OBやPTA、取引業者など1万4,000人に手作業で宛名書きをしました。

バッティングセンターからおみやげの手配まで

甲子園入りしてからも、やらなければならないことはたくさんあります。主催者側から各校に割り当てられる練習会場には限りがあり、1日たったの2時間。それ以外の練習は、各自で手配しなければならないのです。

椎名さん

練習会場と連絡を取り合ったり、バスの手配をしたりと。旅行会社の方が打ち合わせで不在のときは、私が代役を務めることもありました。練習も割り当ての時間では足りませんから、バッティングセンターを予約して。尼崎の宿舎から宝塚まで往復2時間ほどかけて、選手を行かせました。

 

それから、おみやげの購入ですね。学校に残っている先生方や、日ごろお世話になっている近所の方々、準備を手伝ってくれたOBなどに渡す分ですが、最初はだれに買うべきかもわかりませんでした。でも、試合や大会が終わってからでは間に合いませんので、業者さんと協議しながら早めに現地で手配しました。

 

出場記念のネクタイピンやクリアファイル、Tシャツや帽子、うちわなどが入った応援グッズなども寄付金をいただいた方々へのお礼の品として渡すために準備をしていました。

 

実際に配られた応援グッズ一式

 

記念のクリアファイル

 

記念のネクタイピン 98回大会の「98」の文字が刻まれています。

 

ぎっしりと関係書類を詰め込んだ大型カバンを2つ抱えながら、チームとともに練習会場を往復し、大会本部に何度も足を運びました。こうして準備や手配に忙殺されながら、迎えた1回戦。試合は1−7で日南学園(宮崎)に敗れ、校歌を歌うことなく甲子園を後にしました。

 

八王子を発った応援バスのうち10台ほどが事故渋滞に巻き込まれ、車内で試合終了を迎えるアクシデントも。何もかもが、初めての経験でした。

忙しすぎて体重がマイナス8キロ!

椎名さん

自分の家族も甲子園に来てもらえればと思っていましたが、もうそれどころじゃなかったですね。試合翌日にチームと一緒に帰ってきましたが、体重計に乗ったら8kgほどやせていました。テレビに映った私の姿を見ていた娘が「あ、お父さんやせてる」って言ったらしいです。毎日、いろんな汗をかいていましたからね(笑)。マネジャーも広報もやる、本当の意味での裏方でしたね。大会後もしばらくは時々、あのころの夢を見ることがありましたよ。

 

帰京してからも、通常の授業を行いながら関係各所へのお礼や報告書の提出などが続きます。ようやく落ち着いたのは、新チームが秋季大会に臨む10月になってからだったそうです。一昨年の夏はベスト4、去年の夏はベスト8止まりに終わったが、2度目の甲子園出場へ向けてグラウンド内外で〝備え〟はできています。

 

椎名さん

一昨年も去年も、もしかしたら甲子園にというイメージを持って準備していました。5年連続のベスト8以上ですし、女子マネジャーと一緒にあらかじめ選手の特徴をまとめ、プロフィール集を用意していました。3年前は、本当にいい経験させてもらったので、次は失敗するものかと。完璧にやってさらに校歌を歌って帰ってくるぞ、という気持ちですね。

 

学校としても全員で応援するぞ!という雰囲気になっています。私はもう定年が近いですから、後任に引き継げるよう、また甲子園に初出場する他校の担当者に資料としてお渡しできるよう、書類をまとめておこうと思っています。何かお役に立てればと。初めてだと、大変ですから。

 

でも、ぜひ、また同じ経験をしたい。そのときは周りにいろいろ手伝ってもらいながら(笑)。

関連キーワード

関連トピックス

最新トピックス

RANKING人気のトピックス

アクセス数の多いコンテンツをランキング形式でお届け!