ストーリー野球

プロ野球・広島 栗林良吏 何度も諦めた舞台で

2021-06-15 午後 02:55

何度も夢を諦めたが野球をやめなかった少年は、謙虚な姿勢で野球と向き合ってきた。やがて少年は、プロの世界でチームの勝利を背負うピッチャーに成長する。

 

「今、僕は何をしていますか?」ー今あなたは、神様が見ている勝負のマウンドに向かおうとしているよ。

勝利へのルーティン

栗林良吏の緊張感が増してくると試合は終盤にさしかかる。6回、準備のためブルペンに入る。

徐々に気持ちが高まってきます。

 

腰回り、肩甲骨、背中を特に入念にほぐす。8回、ブルペンのマウンドで肩を温め始める。9回、名前が呼ばれるといよいよ出番だ。最大の緊張感が心を襲う。

 

「頑張ってこい」ピッチングコーチ、ブルペンキャッチャーから拍手で送られてブルペンを出る。

 

9回打ち切りの今シーズン、栗林はチームで最後にマウンドに向かうピッチャーだ。スタジアムのベンチ裏からベンチへ通じる階段を上る。まずは10段。目の前のベンチには送り出してくれるチームメートが待っている。

 

「抑えてこい」鼓舞する声が聞こえる。

 

そこから、さらにグラウンドへの階段を駆け上がる。7段。グラウンドには守ってくれるナインがいる。スタンドにはファンが待ちわびている。自身の姿がカクテル光線に照らされるとさっきまでの緊張感が集中力に変わる。

 

「よし、やるぞ。勝って帰ってくるんだ」自らを奮い立たせる。

 

立ち止まって帽子を取ってグラウンドに一礼。小走りでマウンドへ。ファンからひときわ大きな拍手が沸き起こる。積み重ねてきた信頼の証だ。一塁線上で立ち止まる。再び帽子を取って一礼。

野球の神様を信じているタイプです。神様にお願いしているんです。『きょうも0で抑えさせて下さい』と。

 

カープの抑えのエースはルーティンを経てマウンドに上がる。

今はタオルを掲げてくれる人やユニフォームを着てグランドに来て下さる方が増えてきているなと自分でも実感しています。カープに入団して良かったなと思っています。

 

しかし、この場所に立つまで何度も夢を諦めた。

少年の夢

 

栗林は愛知県出身。1つ歳上の兄の影響で小学2年生から地元の少年野球チームで野球を始めた。多くの野球少年の夢がそうであるように栗林も将来の夢はプロ野球選手だった。

 

小学6年生の時。将来、プロ野球選手になりたいことを記した手紙を“運命の人”に出している。しかし中学の時、1度その夢を諦めた。少年から青年に変わる頃、現実が見え隠れすると夢が思ったよりも遠い存在だと気付く。

実力が足りないのと目標が遠すぎたんだと思います。


少年栗林の事を父親の秀樹さんに聞いた。「野球が好きな子どもでしたが小学生も中学生もピッチャーではありませんでした。息子は2番手、3番手でエースは他の子でした。体も小さかったですし、プロ野球選手になれるなんて全く思ってなかったですよ。野球だけでなく将来を考えて文武両道でやって欲しいと思っていました。後は謙虚に育って欲しいな」と。

ドラフトの指名漏れ

高校は野球の強い私立に進学した。内野手だった栗林は2年生の秋にピッチャーに転向した。ただ、3年間、甲子園とは無縁だった。

 

脚光を浴び始めたのは、大学に入ってから。プロ野球、中日でピッチャーとして活躍した山内壮馬コーチに出会い眠っていた力が目覚め始めた。全国大会に出場したり、大学日本代表に選ばれたりする中で再びプロを目指す気持ちが高まってきた。

それなりに成績が出せるようになって来た時にプロが身近に感じるようになりました。もう一度目標にしたいと思うようになりました。

 

気付くとドラフトの上位指名候補に名前があがるピッチャーになっていた。

 

 

しかし、現実は栗林に重くのしかかる。2018年10月25日。3位以下なら社会人に進むと決めて臨んだドラフト会議。栗林を指名する球団はなかった。

届いた手紙

くしくもその日、10年前に“運命の人”へ出した手紙が実家に届く。差出人は「栗林良吏」。

 

“僕は野球が好きです。プロ野球選手を目指しています。いま僕は何をしていますか?”

 

父親の秀樹さんは「偶然ってあるんだなと息子と話したのを覚えています」

 

プロ野球選手になれなかった日、プロ野球選手を目指していた10年前の自分からの手紙。現実を直視し、再びプロ野球選手の夢を諦めた栗林。それでも好きな野球を続けるため、社会人野球のトヨタ自動車に進んだ。

座右の銘

 

栗林には、大切にしている言葉がある。「謙虚」。中学生の時に所属していたクラブチームの監督からもらった言葉だ。辞書をひくと「控えめで素直なこと」とある。大学生の頃から強く意識するようになった。

周りに感謝してっていうのは、自分の中で忘れずにやって来ました。初めて高いレベルで野球をやらせて貰った時に謙虚な姿勢が1番大事だと感じました。謙虚を座右の銘にしていると大学や社会人の頃に周りが応援してくれました。そういう姿勢で野球をやってきてよかったと思います。

 

 

プロになった現在も栗林の「謙虚」な姿勢が垣間見える。試合前ピッチャーは、外野でキャッチボールやノックそれにランニングを行う。栗林は、後輩の選手より早く率先して道具の片付けをしてノックやランニングであれた場所をトンボでならす。そんな姿をよく目にする。

最後の最後に

もう1つ社会人野球を通して大切なことに気付かされた。

働かせてもらって、お金を稼ぐ大変さだとか、野球が出来るありがたみをすごく学べました。社会人で野球をやらせてもらったのは自分が成長させてもらった部分ですし、本当によかったと思います。

 

そういう姿勢で野球に取り組んだ栗林を野球の神様は最後の最後で見放さなかった。

 

 

2020年10月26日のドラフト会議。社会人ナンバーワンのピッチャーとの前評判のもと広島東洋カープから単独1位で指名を受けた。

抑える理由と球種

 

持ち球は150キロを超えるストレート。140キロ台中盤のカットボール。140キロ台前半のフォークボール。120キロ台中盤のカーブの4種類。栗林が技術的に評価されているのはどの球種もストライクゾーンで勝負出来て空振りが取れることだ。

大学の頃はスライダーもありましたし、ツーシームやチェンジアップにも挑戦しました。

 

しかし、社会人で4つの球種に絞った。

色んな球種を中途半端に上げるのではなくて球種が少ない分、その球種に集中して練習できるというのが強みだと思います。全て同じ練習、同じ意識の高さを持っています。

 

4月のはじめ、外野でライトとレフトポールの間を黙々とランニングする栗林の姿があった。右手にボールを握りしめていた。よくみるとフォークボールの握りでボールをつかんで走ったり、カットボールの握りで走ったりしていた。球種について、付け加えてこう答えてくれた。

 

4球種全てに自信をもって投げるようにしていますし、平等に愛着をもって投げています。

 

まるで我が子に接するかのように自らの球種を「愛着」と表現した。今や絶対的な抑えのエースとして開幕からの連続無失点記録も22試合(6/10現在)まで伸ばした。

信頼される選手

プロ初登板でセーブを挙げた栗林投手と佐々岡監督

 

栗林は、理想のプロ野球選手像を明確にもっている。

グラウンドへの階段をあがる時にファンに1番の拍手を貰えるのは、すごく嬉しい気持ちになります。沢山の人に支えてもらって声をかけてもらって応援してもらってマウンドに立てています。引退するまで選手として、信頼される選手になりたいと思ってやっています。愛される選手になりたいと思っています。


そして、自身が少年の頃、10年後の自分に届けたように子どもたちに夢を届けたいと思っている。

ファンの中には沢山の子どももいます。野球を始める子どもが1人でも増えるように、カープファンが1人でも増えるようにやっていきたいです。

野球の神様はきっと

 

栗林は何度もプロ野球選手になる夢を諦めたが好きだった野球を続けた。謙虚に少しずつ夢に近づいていった若者は、きょうも夢のど真ん中で躍動している。その姿を、野球の神様は、きっとみている。

この記事を書いた人

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松井 晋太郎 記者

平成17年 NHK入局

これまでプロ野球や陸上、フィギュアスケートを担当。

ことし1月からカープ担当。

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