ストーリー卓球

福原愛「引退の心境語る(一問一答)」

2018-10-24 午前 0:00

オリンピックの卓球で2大会連続のメダルを獲得し、現役引退を表明した福原愛さんが都内で報道陣の取材に応じ、心境を語りました。その一問一答です。

「晴れやかな気持ち」

ーーブログで引退を発表して、今、どんな気持ちですか。

 

選手生活をひと区切りつけると発表してからは、いろいろな方から「お疲れさま」と言っていただき、すごく気持ちが軽くなりました。

やっと皆さまにお伝えできたので、今はとても晴れやかな気持ちです。

 

 

ーーリオデジャネイロオリンピックが終わってからの2年間で生活が大きく変わり、気持ちも揺れ動いたと思うが、どんな気持ちの揺れ動きがありましたか。

 

毎日のように気持ちが変わったり、やっと決まったと思っても1週間たったときに、"やっぱり違うな"と思ってしまったりとかして。

ずっと悩み続けてきたのですが、自分中心ではなく、1歩引いて卓球界のこととかいろいろなことを考えたときに、今回のような答えがストンと出てきました。

その答えが出てからは、一度もその考えが変わることはなかったので、やっと自分が考え抜いた決断ができたかなと思っています。

ーー今回の決断に至った決め手は何ですか。

 

1歩引いたときに、自分の役割とか立場というか、役回りを考えたときに、"どのような事をしたら、周りの方にもっと喜んでいただけるか"というのを考えたときに、こういった答えにたどりつきました。


ーー今回の決断をされるにあたり、ご家族に相談はされましたか。

 

母には、小さいころから「やるのも辞めるのも、あなたしだい」とずっと指導してもらってきたので。

母にはすべて自分で決めたあと、に報告という形でお話をしました。

主人には毎日のように、自宅で「練習しようかな、辞めようかな、どうしようかな」という独り言のような感じで聞いてはもらっていたんですが。

最終的に、こういった答えを出したと言ったときも「そうなんだ」という感じで受け止めてくれました。

 

母の千代さん

 

ーーお母様に引退という決断を報告したときに何か言葉はかけられましたか。

 

「お疲れさまでした」というのと、あとは「リラックス」っていう風に言われました。

印象に残る全日本選手権の優勝と五輪のメダル

全日本選手権 女子シングルス (2012年1月)

 

ーー3歳で卓球を始めて26年間でいちばん印象に残るできごとは何ですか。

 

初めて全日本選手権で優勝したときに表彰台から見えた景色と、ロンドンオリンピックと、リオデジャネイロオリンピックでメダルを獲得して、そのメダルをお見せしたときに喜んでいただいた皆さんの笑顔です。

 

ロンドンオリンピック メダリストパレード (2012年)

 

ーー卓球から学んだいちばん大きなことは何ですか。

 

私は、3歳9か月から卓球をしていて、きょうこの場にお越しいただいている方たちもそうですし、今つながっているすべての方が卓球を通じて知り合った方たちばかりなので。

本当にたくさんの方にお世話になって、支えていただいて、育てていただいたので、すべてですね。

 

 

ーー小さいころから注目を浴びて、大変だったことはありましたか。

 

私の周りにいる方たち、家族だったり親戚だったりそういった方たちが、私のせいで行動範囲が狭くなってしまったりとか、周りの方にたくさん迷惑をかけてしまった部分が大きかったと思うので。

そういうときは、すごくつらかったですけれど、それ以上に試合で勝ったときとか、すごく喜んでくれたので感謝の気持ちでいっぱいです。

やっぱり「泣き虫愛ちゃん」

リオデジャネイロオリンピック (2016年)

 

ーー選手の原点は「泣き虫愛ちゃん」と言われていた小さいころだと思います。今、振り返って、小さいころの自分に声をかけるとしたら何て声をかけますか。

 

あの時は「泣き虫愛ちゃん」と言われて、「泣き虫じゃないもん」と思ったことが何回も何回もあったんですけど。

今、振り返ってみると、最後のリオデジャネイロオリンピックの時もすごく泣いていましたし、やっぱり泣き虫だったんだなって。

なので、「泣き虫愛ちゃんだよ」と言いたいです。

後輩たちには"何も心配していない"

ーー選手としての志や思いは後輩に託すと思いますが、日の丸を背負う後輩に何を伝えたいですか。

 

選手として、ひと区切りつけようと思ったきっかけが、"私が選手として卓球界を盛り上げなくても大丈夫だ"と思えたことがすごく大きかったので。

後輩たちには何も心配していないですし、彼女たちの持ち前の明るさと元気で、これから卓球界を引っ張っていってもらいたいと思います。

 

 

ーーこれから、どう卓球界と関わっていきますか。

 

私は、生涯ずっと卓球に関わっていく"卓球人"だと思っているので。先輩たちから受け継いだことを、後輩たちにつなげていくことも一つですし。

あすから新しい卓球のTリーグが開催されるので。もし、私を必要としてくださる場所があれば、卓球界貢献のためにできることを何でもしていきたいと思っています。


ーー国民に向けてメッセージを。

 

本当に小さいころから皆さんに、日本中の皆さんに支えていただき、応援していただき「愛ちゃん愛ちゃん」と呼んでいただいて、たくさんのパワーを私がいただきました。

コートに立つことはないかもしれませんが、皆様からいただいたパワーを、今度は、別の形で卓球界やスポーツ界に貢献していきたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします。

周りから必要とされる指導者に

ーー具体的な今後の活動について教えてください。

 

普及活動とかももちろんしていきたいですし、1人でも多くの方にさらに卓球を知っていただき、大好きになってもらいたいなという気持ち。

あとは、まだ一度も指導者として誰かを指導することをしたことがないので。

まずは、しっかり勉強をしてからいろいろな道を考えて行きたいなと思っています。

 

 

ーー指導者として、いつ頃というめどはありますか。

 

まずは、周りから必要とされる指導者にならないといけないと思うので。

しっかりと勉強して、周りに必要とされることがあれば、考えたいなと思っています。

誰かに伝えるのに勇気が必要だった

 

ーーなぜ長い間、悩んでいたのですか。

 

ずっと自分主導の考えで、東京オリンピックに出場したい、それともしない、卓球を続ける、続けないというのをずっと考えていました。

自分が勝手に感じていた役割とかそういったものを考えた時に、1歩引いて自分を見ることができて、その時に初めてこういった答えを出すことができました。


ーー決めたのは、ここ1か月くらいですか。

 

5月ぐらいには、じわじわとそういった考えが出てきて、しっかりと自分の考えだけだったものから、言葉にして誰かに伝えることをするのに対してすごく勇気が必要で、そこにすごく時間がかかってしまいました。

卓球選手だったことは"ないしょに"

ーーお子さんがいつか『卓球をやりたい』と話したら、なんて声をかけますか。

 

もし、本人が選んだ道であれば、全力で応援したいなと思っていますが、本人にばれないうちは私が卓球選手だったということは、ないしょにしておきたいなと思います。

 

 

ーーそれはなぜですか。

 

小学生ぐらいになった時に温泉卓球に行って、いきなりスマッシュを打って、「なんでお母さんできるの?」みたいなことをちょっとやりたいなと思っているので。

それまではばれないように、卓球をやっているのはお父さんだけだよっていう風にしたいなと思っています。


ーー家族のこれからをどのように考えていますか。

 

今も娘は、台湾のお父さんとお母さんが面倒をみてくださっていて、その間にこうしてお仕事だったりとかをさせていただいているので。

感謝の気持ちを忘れずに、家族一丸となってまた頑張っていきたいなと思っています。

全日本選手権の優勝 "いちばんうれしかった"

全日本選手権 女子シングルス 決勝 (2012年)

 

ーーなぜ、全日本選手権の優勝が印象に残っているのですか。

 

ずっと、日本国内で勝つことができなくて、全日本で優勝することが私にとってとても難しいことで、毎年毎年ほかの方が優勝するたびに、家族がすごく残念がっていたので。

やっと優勝することができて、みなさんに堂々と日本代表だったり、オリンピック代表という風に自信をもって言えるようになったので、全日本の優勝が私にとってはいちばんうれしかったです。

被災地に"100%のプレーを"

ーー福原さんの活躍が、東日本大震災の被災地の人たちが前に進む力になっていました。宮城の皆さんに伝えたいことはありますか。

 

宮城県の方々には、私の出身地でもありますし、小さい頃から本当にお世話になりました。

毎回、地元に帰った時も本当は私がパワーを渡さないといけない立場なのに、皆さんからの励ましとか応援でたくさんパワーを私の方が、いただいて帰ってきてしまうくらい応援していただいたので、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

 

東日本大震災 避難所で卓球やサイン会で交流 (2011年)

 

ーーふるさとで東日本大震災が起きて、選手としての考えも変わったと思いますが、選手生活を終えて、こういうことができたと感じることはありますか。

 

いまだに自分に何ができたのかというのは、自信を持って言うことはできないのですが、自分のプレーだったり気持ちだったりそういったものが、少しでも被災地の皆さんに届くことができたらなという思いを持ちながらプレーをするようになったので。

もちろん勝ち負けは大事で、勝ってメダルを獲得して皆さんに見せるという大きな目標とともに、1試合1大会どの部分を切り取ってみても、『100%の思いで愛ちゃんはプレーしているんだ』という風に思っていただけるような試合を心がけました。

東京オリンピックは"すごく楽しみ"

 

ーー東京オリンピックを目指す選手たちに伝えたいことは何ですか。

 

卓球選手としてコートからは離れていたのですけれど、インターネットで結果を見てずっと応援していたので。

そういうのを見て、卓球界がどんどん盛り上がってきているので、私が選手として現場にいなくても大丈夫と思えるようになりました。

 

東京オリンピックは私自身もものすごく楽しみにしていますし、あと2年弱ですよね。

選手たちにとってはこれからがいちばん大変な時期かと思うんですけど、みんななら大丈夫だと思うので、ぜひ、東京の舞台で日本の皆様にいいプレーを見せていただけたらいいなと思っています。


ーー今後の活動は日本や台湾をベースに考えていますか。

 

私が小さい頃からずっと中国の方に教えていただいたりとか、合宿に行かせていただいたりとか、レベルアップの一環としてたくさん手助けをしていただいたので。

中国や今、お世話になっている台湾、いろいろな地域で自分ができることを全力でやっていきたいなと思っています。

卓球は"恩人"

 

ーー全日本選手権は何歳になっても出場している人がいますが、トップ選手を離れて、そういった活動は考えていますか?

 

私の1つの目標ではないですが、小さい頃から母に教えてもらって、一度も母とダブルスを組んだことがないので。

いつか母とダブルスを組んでみたいなというのと、あとは主人のお父さんも卓球をやっているので、ミックスダブルスを組みたいなというのがあります。

ーー福原さんにとって卓球はどのようなものですか。

 

26年間ずっとラケットを握ってきたことで、本当にたくさんのことを経験させていただきましたし。

たくさんのものを得ることができて、卓球を通して勉強することができたので、私にとって恩人です。

青森のお気に入りはホタテ

高校生時代 (2006年)

 

ーー高校卒業まで6年間暮らした青森の皆さんへのメッセージと青森での思い出はありますか。

 

青森山田中学校、高校と6年間お世話になったのですが、とてもきれいな空気の中、毎日一生懸命練習できたことをとてもうれしく思いますし、感謝しています。

今でも青森のおいしいものを食べるのが大好きなので、東京にお取り寄せとかしているので、時間ができたらまた直接青森にも仙台にもごあいさつに行けたらいいなと思っています。


ーー何をお取り寄せしていますか。

 

一番多いのはホタテです。良かったら皆さんもぜひ。

先ほど母から持って行きなさいとずんだ餅をもらって、ずんだ餅もお取り寄せできるので、ぜひ皆さん良ければ召し上がってみてください。

発表のきっかけは "Tリーグ開幕"

Tリーグ ユニフォーム発表会

 

ーー10月に発表したタイミングは何がきっかけでしたか。

 

Tリーグの開幕というのも私の中ではすごく大きくて、日本卓球界にとって新しい一歩となる新しいリーグの前に、理事としてお仕事をさせていただく中で、私1人まだ悩んでいたりとか。

自分の考えを口に出す勇気もなくいるのは、卓球界に対してとても失礼だなと思ったので。

私も気持ち新たに理事としての一歩を踏みだそうと思ったので、今回このようなタイミングでの発表とさせていただきました。

ーー台湾メディアです。結婚して台湾での暮らしは幸せですか。

 

 

はい。台湾の皆様には本当によくしていただいて、とても幸せに暮らしています。

30代は勉強したい

ーーまもなく30歳を迎える。30代はどういう時間を送りたいですか。

 

選手として一区切りつけようという風に考えて、次何しようって考えた時に、自分がいかに無知であるかというのをすごく思い知ったので、勉強がしたいです。

いろんなことを学んで、吸収していきたいなと思っています。

ーーブログで発表してから、誰からどのようなメッセージが来ましたか。

 

平野早矢香さん (写真 中央) 石川佳純選手 (写真 右)

 

メッセージの内容は、お相手に確認しないとなんとも言えないのですが、平野早矢香さんや石川佳純さん。

一緒に戦ったチームメイトから連絡をいただいたりとか、逆に私から連絡をしたりとか。

今までずっとお世話になってきた歴代の監督や恩師の方々、いろいろな方にお電話だったんですけど、ご報告させていただきました。

ーー最後にごあいさつを。

 

 

きょう、ここにいる皆様にひと言お話しさせてください。小さい頃から本当にお世話になりました。

 

小さい頃は、カメラさんって肩からカメラがはえているんだと思っていて。

音声さんって皆さんおしゃれでヘッドホンをつけていると思っていたんですよ。

 

 

そんな時代からカメラが回っていない時は、三脚で遊ばせてもらったりとか、実際に音声になりきらせていただいたりとか、縄跳びとか自転車とか、そういったものはすべてメディアの方が教えてくださりました。

 

思春期の多感な時期には、すごく冷たい態度を取ってしまったこともあったと思うので、お許しください。

 

これからも卓球界、そしてスポーツ界、よろしくお願い致します。本当にきょうはありがとうございました。

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