ストーリー野球

プロ野球・石渡茂(元近鉄・巨人内野手)-前編-「あの人に会いにいく」 -シリーズ 第2回-

2018-12-27 午後 0:00

スポーツの歴史を紡いできた名選手・指導者の知られざる物語に迫る、新たなコーナー、「あの人に会いにいく」。

第2回は、昭和54年に行われたプロ野球日本シリーズの“江夏の21球”で悲劇の主役となった元近鉄、石渡茂選手(70)の野球人生に迫る。

"江夏の21球" 悲劇の主役 石渡茂

石渡茂は、もう70歳になっていた。

近鉄と巨人でいぶし銀のプレーをみせる内野手として活躍し、引退後、長くスカウトや2軍の指導者を務めた石渡。実に穏やかな人柄で、初めて会う人は、元プロ野球選手だと気がつかないこともあるだろう。

 

石渡がスクイズに失敗し、近鉄の日本一を逃した“江夏の21球”

 

現役時代は1176試合に出場し、通算800安打、53本塁打。派手な成績を残したわけではない石渡の名が、「悲劇の主役」として知られたのが、“江夏の21球”の、あのシーンだ。石渡がスクイズに失敗し、近鉄は日本一を逃す。

関連する当時の資料に目を通してみると、石渡の「夢にも出てくる」「墓場まで持って行く」という悲壮な言葉が並んでいる。だが、本人に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

石渡茂

そんなこと言ったかなあ・・・。もちろん、自分のミスで日本一を逃してしまって、苦しかったけど、夢には出てこないよ(笑)

プロ野球選手としては大した実績を残せなかった僕だけど、あの場面を経験したおかげで今でも“江夏の21球の石渡さん”って言ってくれる人もいる。

野球ファンの記憶に少しでも残ることができて良かったのかなあって思うこともあるんですよ。

 

江夏豊投手

 

昭和54年秋、ともに初の日本一をかけた広島と近鉄の日本シリーズは3勝3敗で最終第7戦を迎えた。9回ウラ、1点を追う近鉄は、広島のリリーフエース江夏豊を攻めてノーアウト満塁と、一打逆転サヨナラの大チャンスを作る。

江夏はこの絶体絶命の場面から、代打・佐々木恭介を三振、そして続くバッターのスクイズを、投球モーションを起こしたあと、ボールを離す寸前に見破った。江夏はカーブの握りのままウエストボールを投げてスクイズを許さず、見事チームを初の日本一に導いた。

この9回ウラの手に汗握る攻防は、「スポーツノンフィクションを確立した」とも評される、故・山際淳司の作品、「江夏の21球」で詳細に描かれ、野球ファンの記憶に深く刻まれた。このノンフィクションの冒頭にも出てくる選手、スクイズを空振りした悲劇の主役が、当時31歳の石渡なのだ。

"石渡の一風変わった野球人生" 文化系からの・・・

昭和23年8月、石渡は神奈川県川崎市で5人兄姉の末っ子として生まれた。

川崎球場は自宅から歩いて15分ほど、父親に連れられてのプロ野球観戦に興奮するかたわら、小学生の頃から草野球や相撲では誰にも負けない運動能力抜群の少年だった。

 

吉田義男選手

 

憧れていたプロ野球選手は、「牛若丸」の愛称で知られていた阪神の吉田義男だったという。

石渡茂

ボールを捕ったらもう投げている、みたいな素早い動きが好きだったんです。

友だちのほとんどは、巨人の川上哲治さんや、長嶋茂雄さんのファンだったんだけどね(笑)

親に吉田さんと同じ背番号23の入ったTシャツだったかユニフォームだったかを買ってもらってね。それを着てよく草野球をしていました。

 

その石渡に改めて経歴を尋ねると、びっくりするようなことがあった。

実は高校入学まで、チームに所属しての本格的な野球は、やったことがなかったというのだ。中学時代の部活動は、なんと文芸部。中学で野球部に入らなかったのには、理由があった。

石渡茂

坊主がどうしても嫌だったんですよ(笑)でもどこかの部に入らなきゃいけなかったので、文芸部で文集を出したりしていたんです。

でも“なぜ野球部に入らなかったのか”ってずっと後悔していて、中学時代は、もやもやした日々を送っていたなあ。

 

高校から本格的に野球を始めることを決意した石渡。中学の学年主任には「今から始めても無理だからやめておけ」と言われるが、それだけではなく、驚くことに、進学先には東京の強豪、早稲田実業を選ぶ。

 

早稲田実業時代の王貞治投手

 

早稲田実業は、エース王貞治を擁して昭和32年の春のセンバツで優勝、当時から中学時代に実績のある選手が集まる、東京の強豪中の強豪だった。

今なら草野球しかやったことのない少年が、いきなり日大三高や大阪桐蔭高校で野球を始めるようなものだろうか。

石渡茂

大学まで外野手としてプレーした兄に相談したんですけど、“本気でやりたいなら早実だ”って。

僕は、王さんのことも当時はよく知らなかったから、“そうか~”ってなりましてね(笑)

“入学試験に合格すれば野球やれるでしょ“くらいの気持ちだったんだよ。

 

こうして石渡は昭和39年春、早稲田実業に入学。頭髪を「一念発起して気合いの五厘刈り(石渡談)」にし、野球部の門をたたいた。

入学当時は1年生の部員だけで50人近く。1学年上には、のちにヤクルトの捕手で活躍する、大矢明彦もいた。

 

早稲田実業時代の石渡茂さん(本人提供)

 

腕に覚えのある先輩や同級生に囲まれ、硬式ボールでのプレーどころか、本格的に野球をやったことすらない石渡は、ピッチャーを希望したが、球拾いばかりで練習もさせてもらえない毎日が続いた。

永遠に続くように思えた球拾いに加え、今よりも厳しい上下関係に耐える日々。石渡はついていくだけで、精一杯だったという。

石渡茂

あの頃はグラウンドに照明がないし、練習が終わったら整備もできないくらい真っ暗になっちゃうこともあったんです。

でも翌日の練習が始まるまでに整備がきちんとできてないと怒られちゃう。

だから次の日、朝一番でグラウンドにいって、スパイクで掘れたマウンドの穴を埋めて、それから学校に移動したこともあったなあ。

 

この頃、世の中はアジアで初めてとなるスポーツの祭典、東京オリンピックの開催に沸いていた。

首都高速道路が開通、開幕直前には東海道新幹線も開業し、バレーボール女子の「東洋の魔女」や、マラソンの円谷幸吉の活躍に多くの人たちが熱狂していたが、野球を本格的に始めたばかりの石渡は、東京オリンピックの熱気の外にいたという。

石渡茂

あとで市川崑さんの記録映画はみたけど、リアルタイムで競技を見た記憶はないんです。

でも、開会式の日、自衛隊の飛行機がスモークで空に五輪の輪を描いたでしょ?あれは国立競技場から遠く離れていた野球部のグラウンドからもみえたんです。

確か先輩に怒られて走らされていた時だったと思うんだけど(笑)空にくっきりと五輪の輪が浮かんでいたのは、鮮明に覚えているなあ。

転機は"冬の公園で"

その年の冬、石渡に転機が訪れた。早稲田実業の監督に、社会人野球・明電舎の内野手として鳴らしていたOBの和田明が就任。

 

和田明監

 

その後、およそ30年に渡って早稲田実業を率い、チームを春夏あわせて11回甲子園に導いた名将は、体力トレーニングをしていたひとりの部員の姿に目をとめた。

軽快にジャンプを繰り返す運動能力の高い選手、それが普段は球拾いをしていた、1年生の石渡だった。

石渡茂

その日は、グラウンドまで移動しないで学校近くの公園でボールを使わない全員参加のトレーニングをしていたんです。

そうしたら和田さんが近づいて来て『お前いいバネしてるから、ピッチャーじゃなくて内野手をやれ』というんです。こっちもびっくりするよね。ほとんど話したことのない監督が、トレーニング見ただけでそんなこと言うなんて思わないから。

そこからかな、ぽつぽつ練習させてもらえるようになって試合にも出始めたのは。

 

実力が伯仲する部員が大勢集まる早稲田実業では、胸に“WASEDA”と入った試合用のユニフォームを一度も着ることができずに卒業する選手も多い。

 

早稲田実業時代の石渡茂さん(本人提供)

 

和田は目立たなくとも素質のある選手、努力を重ねている選手にチャンスを与えようと、1人1人の選手を観察していたが、そこで目についたのが、単調なメニューに黙々と取り組んでいた石渡だったのだ。

“野球部初経験の球拾い”から、チャンスをつかんだ石渡は、真綿が水を吸い込むように野球の技術を吸収し、めきめき力をつけていく。

3年になると主力選手に成長、3番セカンドを任されるようになった。

石渡茂

3年の夏は19打数11安打だったかな、すごく打ったんですよ。でも準決勝で修徳高校に負けてしまった。

結局3年間で甲子園には1度もいけなかったけど、それ以上に、野球部経験なしで飛び込んだ強豪校で頑張れたことで、自信がついた3年間でしたね。

 

中央大学時代の石渡選手 (写真中央) (本人提供)

 

卒業後は中央大学に進み1年春からショートのレギュラーを獲得、4年時は主将も務めた。

 

「戦国東都」の4年間でリーグ優勝2回、通算9本塁打をマークし、走攻守そろった内野手として、昭和45年のドラフト会議で近鉄から2位で指名された。

中学時代の文芸部から高校・大学で野球の才能を開花させ、晴れて石渡はプロ野球選手になったのである。(後編へ続く)

小澤正修

平成5年入局。広島局や大阪局で勤務し、現在はスポーツニュース部デスク、解説委員(スポーツ担当)兼務。野球、柔道などを担当し、3回の五輪やアジア大会などの取材にも当たった。自身も選手として野球に取り組み、春のセンバツ高校野球への出場経験がある。

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