ストーリー野球

プロ野球・石渡茂(元近鉄・巨人内野手)-後編-「あの人に会いにいく」 -シリーズ 第2回-

2018-12-28 午後 0:00

スポーツの歴史を紡いできた名選手・指導者の知られざる物語に迫る、新たなコーナー、「あの人に会いにいく」。

今回は、昭和54年に行われたプロ野球日本シリーズの“江夏の21球”で悲劇の主役となった元近鉄、石渡茂選手(70)の野球人生、後編です。

驚きのプロの世界

昭和46年2月、宮崎県で行われた近鉄のキャンプに参加した石渡。

しかしドラフト2位ルーキーの自信は、プロの想像を超えたレベルの高さに、あっという間に粉々にされてしまう。

 

土井正博

 

当時の近鉄には、4番の土井正博を始め、永淵洋三や伊勢孝夫ら、まさに“猛牛”のような豪快な選手が揃っていた。

石渡茂

打球がね、全然違うんですよ。僕も大学でもそれなりに打ってたのに、こりゃとんでもない世界にきちゃったなって。

 

驚いたのはグラウンドだけではなかった。新人は旅館ではなく、球場に隣接する陸上競技場のスタンド下にベットを運び込んで寝泊まりした。

そんな環境の中で、プロの一流選手の技術やパワーに圧倒され、石渡は「技術不足」を理由にキャンプ途中で、2軍に”強制送還“。その後も1軍からは、なかなかお呼びがかからなかった。

1年目の出場は、わずか5試合、2年目は出場機会なし、3年目は21試合。1軍でまったく結果を残せないまま、昭和49年、危機感を持ってプロ4年目を迎えた。

西本監督との出会い

ここで石渡の人生は、またしても新たな出会いで大きく変わる。

 

西本幸雄監督

 

阪急(現オリックス)をパ・リーグの強豪に育て上げた名将、西本幸雄が近鉄の監督に就任。西本はぬるま湯体質からの脱却を目指して世代交代に着手し、積極的に若手を起用した。

抜擢されたひとりが、若くして玄人好みのプレーをする、26歳の石渡だった。4年目を迎えた石渡は、1軍での実績はまだないものの、この頃、すでに職人としてのこだわりは持っていたと振り返る。

石渡茂

コーチからは、“前に出てゴロを捕れ”と言われていたんだけど、やみくもに前に出たらバウンドがあわなくてエラーしちゃうことがあるじゃないですか。コーチは“攻めたプレーだからオッケー”と言うけど、納得いかなくてね。

だってアウトにするのが目的でしょ?だから、コーチがなんと言おうと、やみくもに前に出るんじゃなくて、ショートバウンドの上がり際とか、スローイングに移りやすいところにバウンドをあわせて捕球することをずっと意識していました。

それと三遊間の深いところからワンバウンドで1塁に投げるプレーが嫌いでね。プロのショートの一番の見せどころなんだから、踏ん張ってノーバウンドで投げてアウトにして、というプレーにこだわっていました。

 

 

この年、出場は一気に95試合に増え、翌年にはレギュラーの座をがっちりつかんで、背番号も「32」から、ひと桁の「6」へ。

昭和52年にはオールスターゲームにも出場し、打率も2割8分5厘をマーク、ベストナインに輝いた。バッティングも向上したが、光ったのはやはり、堅実な守備だった。

石渡茂

アメリカでは強肩のことをストロングアームって表現するんですが、内野手は崩れた体制からでも、スナップスローでぴゅって投げちゃうでしょ?

僕も、二塁ベースよりのゴロとか、ボテボテの緩い打球とかをひじから先を使ったスローイングでアウトにするのが得意でした。

軽めのバーベルを使って手首と前腕を鍛えるトレーニングをよくやりましたよ。そうしたら、ある日、たまたま球場にきた憧れの吉田義男さんから、“君はどんな体制からでも投げられるなあ”ってほめられて、うれしかったなあ。

あの日あの時 もう一度「江夏の21球」

そして昭和54年、まさに脂に乗っていた31歳の石渡は、3年連続で100安打以上を記録。

 

近鉄初のリーグ優勝 (1979年)

 

チームも初のリーグ優勝を果たす。その勢いのまま、臨んだ日本シリーズ。もつれにもつれた、日本一をかけた戦いは、第7戦「江夏の21球」の場面へと向かっていく。

1点を追う9回ウラ、ワンアウト満塁で打席に向かおうとした石渡を西本監督が呼び止め、こう耳打ちした。

「スクイズもあるからサインをようみとけ」。

初球は甘いカーブがきた。見逃してワンストライク。江夏はこの1球で石渡に打ち気がない、と確信し、この打席でスクイズがあることを感じ取ったという。しかし当の石渡は、スクイズのため“待て”の指示が出ていたわけではなく、打ってもよかったが、速球狙いだったため、手が出なかったのだと振り返る。

石渡茂

一般的には初球はヒットになる確率が高いので、今から考えると積極的に振ればよかったかもしれないですね。ヒットを打てたかはわからないけど。

僕は速球を狙っている時に、変化球がきたら、例えそれが甘くきても、対応できる器用さがなかったんですよ。だから、シーズン中から“なんで初球を振らんのか!”って、よく怒られていました。

それと実は9回の攻撃が始まる直前、守備からベンチに戻る途中で、一瞬ですけど“きょうは負けたかな”ってことが頭をよぎってしまったんです。それで打順は回ってこないだろうなという消極的な気持ちがどこかにあって、ピッチャーに見透かされてしまったのかもしれません・・・。

 

そして2球目、西本監督が動いた。サインは本当にスクイズだ。石渡は・・・。

石渡茂

僕はイメージでいうとバントが上手そうに見えるかも知れませんけど正直、あまり得意ではありませんでした。

このシーズンも送りバントは10個くらいしかしていないですから。当時の近鉄のチームカラーもあったんでしょうけど、ランナーを進めるならバントではなく、右打ちで、という感じでした。

だからスクイズのサインが出て、打席では“前のほうに立ったらいいのか、とか、どのタイミングでスクイズの構えをすればいいのか、とか、いろんなことを考え過ぎてしまったのかなと思います。

 

マウンドの江夏が足を上げた。ボールをリリースする寸前にスクイズに気づいた江夏は、カーブの握りのまま、ボールをウエストする。スクイズの構えをした石渡。

 

 

なんとか当てようとバットを出すがむなしく空を切り、3塁ランナーがタッチアウトになるところを目の前で見ることとなった。

石渡茂

構えた時、外されたのがわかったので、ジャンプして飛びつこうとしたんです。変化球で外してくるなんて考えてもないから、まっすぐアウトコース高めに外れていくウエストボールだと思うじゃないですか。そしたら、ボールが途中から、僕の体に近づくように曲がってきた。“あ!”っと思ってバットのヘッドを下げたんですけど、さらにその下をくぐるように曲がっていった。

あとでカーブの握りのまま外す高等テクニックがあると知って、脱帽したけれど、その時は信じられないことが起きたと思いました。ただ、後からなんど映像をみてもバットに当てられないボールじゃなかったんですよね。

あのスクイズが成功していれば、近鉄が、そして僕を抜擢してくれた西本監督が初の日本一になれたかもしれないのに、自分のミスで決定的なチャンスをつぶしてしまいましたから、本当に申し訳ない気持ちで、ショックは大きかったですね。

 

ツーアウト2塁3塁と、石渡が打てば一打逆転というチャンスは続いたが、相手に傾いた流れを呼び戻すことはできなかった。

ファウルをはさんで4球目、インコース低めに食い込むカーブに空振り三振。

 

 

歓喜に沸く広島ナインの姿をみつめながら、石渡は日本一を逃した全責任を負った気持ちになったという。

そこからの野球人生

近鉄は翌年もパ・リーグ優勝を果たしながら広島との日本シリーズに敗退。石渡も徐々に出場機会が減少し、昭和58年から巨人で3年間プレーしたのちに現役を引退した。

 

 

その後はスカウトや2軍の指導者として若手の指導にあたり、特にソフトバンクでは高校の先輩、王貞治監督・会長の右腕としてチームを12球団屈指の強豪に育て上げた。

2017年で40年以上向き合ってきたプロ野球界を離れ、来年(2019年)からは中学生らの指導にあたる予定だ。最後に石渡は、自分の野球人生をこう振り返った。

石渡茂

僕は自分の与えられた役割をきちんとまっとうする、自分が成績を伸ばすよりもチームメートに迷惑をかけない、ということを一番にやってきました。それがスクイズを失敗して日本一を逃して・・・苦しいこともあったけど、ずっと絶望的な気持ちでいたわけじゃなくて、その後も前を向いてやれた野球人生だったと思います。

少し鈍感なところがあったのかな(笑)でも、野球を続ける以上は、失敗したとしても、毎日毎日新たな試合が待っている。失敗を引きずっても過去は変わらないし、気持ちを切り替えて目の前のことに一生懸命やるしかない。あの失敗で僕のことを覚えてくれた人も多いだろうし、失敗にはプラスの部分もあるんだと段々気づくようになった。

指導者になってからも若手選手には常に“ミスしても消極的になるな!”と繰り返し言ってきたつもりです。僕が言うと説得力があるじゃないですか(笑)だから、これからも若い世代に、反省はしても引きずらない、前を向いて積極的に取り組もうってことを伝えていきたいですね。

小澤正修

平成5年入局。広島局や大阪局で勤務し、現在はスポーツニュース部デスク、解説委員(スポーツ担当)兼務。野球、柔道などを担当し、3回の五輪やアジア大会などの取材にも当たった。自身も選手として野球に取り組み、春のセンバツ高校野球への出場経験がある。

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