ストーリー野球

新井貴浩インタビュー "ありがとう新井さん"~カープファンの少年時代から20年間のプロ生活まで~

2019-01-18 午後 0:00

去年12月、現役を終えた新井貴浩さんにインタビュー取材を行いました。大の広島のファンだった子ども時代から、20年間のプロ生活まで大いに語ってくれました。(NHK広島放送局)

新井貴浩さん

(プロ生活は)苦しかったですね。苦しいことの連続でした。

でも今こうしてユニフォームを脱いで思うことは、苦しんで、すごく苦しんで苦しんで今の自分があると思うので、すごく良かったと思います。

自分の野球人生20年間も悔いはないですね。

"不思議な気持ち"で年末過ごす

20年間の現役生活を終えた新井貴浩さん。ふしぎな気持ちで年末を過ごしていたと言います。

 

新井貴浩さん

今は引退した実感はないですが、トレーニングをしなくてもいいので筋肉痛もないですし、ゆっくりすごしています。

(実感するのは)キャンプ始まってからじゃないですかね。

これまでは年末になってくると『あと1か月ちょっとで始まる』『トレーニングもっと追い込まないといけない』とか、そういった考えになったんですけど、それが一切無いので精神的にはリラックスしていますね。

根っからのカープファン

広島市出身の新井選手。子どもの頃から根っからのカープファンでした。

新井貴浩さん

広島で生まれ育ってますんで、ずっとカープファンですよ。『将来はプロ野球選手』ではなく『カープの選手になりたい』っていうのが小さい頃からの夢でした。気づいたらそうでした。

カープの選手になりたいと思いながら、小学校の頃から野球の練習をしていましたね。

 

山本浩二選手

新井貴浩さん

あこがれの選手はもちろん“ミスター赤ヘル”の山本浩二さんです。

勝負強いですし、ホームランもいっぱい打っていましたし、カープの象徴って言う感じでしたね。

新井少年 三塁側からこだわりの観戦方法

新井貴浩さん

(自宅が広島市民球場に)近かったので、よく父親と走って市民球場に見に行ったりしていました。本当に楽しみで『よし、カープの試合が見れる』と思って走って球場に行っていましたね。

カープのホームは一塁側ですが、僕は三塁側の内野席から見ていたんですよ。三塁側からカープのベンチが見えるじゃないですか。

 

山崎隆造選手

新井貴浩さん

だからベンチを見て『あー!あれ、いるいる山崎隆造』とか。

プレーというよりカープの選手を見に行っていた感じでした。

あこがれの"カープの選手"に

新井さん 後列左から5番目

 

カープの選手になりたかった少年は、がむしゃらに練習を重ねました。

そして、平成10年のドラフト会議で6位で指名され、その夢を叶えたのです。

 

金本知憲選手 (左)  江藤智選手 (右)

新井貴浩さん

初めて金本知憲さんとか江藤智さんとかのバッティングを見たときに『プロってすごいなあ』って『自分が来るところじゃなかったな』と感じましたね。

スピード感も違いますし、音が違いました。ボールがバットに当たる音が全然違ったんです。パーンと飛距離も違いました。

これはもう自分無理だなって。でも、辞めるまで、クビになるまでに1回は1軍に上がりたいな。1本はヒットを打ちたいなって思いましたね。

きつい練習に耐え "カープの4番に"

本塁打王を獲得した新井さん (右) 左はセ・リーグ最多勝の黒田博樹投手

 

きつい練習に耐えて広島の4番に成長した新井さん。平成17年にはホームラン43本を打ち、初めてタイトルを獲得しました。

 

新井貴浩さん

練習が全部きついんですよね。午前中『アップするぞ』ってなって、アップじゃないんですよね。アップが3時間とかですからね(笑)。

途中離脱して横で吐いている人とかもいましたし(笑)。僕はもともと上手なタイプではなかったし、センスもなかったので、カープの猛練習のおかげでここまでできたと思いますね。

(4番は)そんなに甘くなかったですね。他の打順と違ってチームの「勝ち」も「負け」も責任を背負うポジションですから。技術的にもまだまだ未熟だっていうのもあったんですけれども、その時はもう苦しかったですね。

でも最終的には自分自身しかないんですよね。自分自身で自分の気持ちを奮い立たせて、前に進んでいくしかないので、苦しかったけど負けたくないっていう気持ちの方がありましたね。『負けるなよお前、こんなんでくじけるなよ』ってうふうに自分で言っていましたね。

涙のFA宣言

 

夢をかなえた新井さんでしたが、平成19年のオフにある決断をします。

「涙のFA宣言」。

当時の広島はFA残留を認めていなかったため、FA宣言は大好きだった広島の退団を意味していました。

新井貴浩さん

小さい頃からカープファンですし、カープのことが大好きですし、自分がカープに育ててもらったんだから、出ちゃいけないって気持ちもありました。

(広島を)出る、出ない、出る、出ない。ずっと悩んでました。最終的には『出ると決めた』のではなく『退路を断った』という形ですかね。会見では絶対に泣かないと思ってたんですよ。ですからハンカチも持ってなかったです。

それなのに会見場に入って座った瞬間、たくさん報道陣がおられるじゃないですか。座った瞬間『あ、もう戻ることができない』『もう自分はカープに戻ることができないんだ』『これでもう終わった』っていうふうにパーンって頭の中によぎったら、涙が止まらなくなってきて、そうですね。

移籍したタイガースでも活躍 しかし再びカープに

阪神時代の新井さん (2010年)

 

尊敬する金本さんと一緒にプレーしたいと移籍した阪神では7年間プレー。平成23年には、打点王に輝くなど活躍しました。

しかし、先発での出場が減った平成26年のオフ。出場機会を求めて自由契約に。37歳でした。

そこで声をかけてくれたのは「もう戻れない」と思っていた古巣の広島でした。

 

 

ブーイングを覚悟して臨んだ復帰初打席。地元のファンは大きな歓声で温かく迎え入れてくれました。

新井貴浩さん

もちろん覚えていますね。あの打席と言うのは、生涯忘れることのできない打席ですね。僕は(FAで)出てますからね。

応援してもらえなくてもしょうがないと思って戻ってきたので、それが復帰初打席であのような大声援で迎えていただいて凄く感動したんですね。

じゃあこのもらった感動をファンの方に返していきたいと思った。あの打席があったからそれからの4年間があったと思います。間違いなく、それが僕の心に火をつけてくれましたね。

チームのために

優勝を目指し若い選手に繰り返し話したことがありました。

 

新井貴浩さん

(復帰1年目の)シーズン終わって、秋の湯布院リハビリキャンプで、いろんな選手と毎晩お酒飲みながら毎日野球の話をしました。

基本的な事は、『とにかく自分さえよければいいって言うのはだめだぞ。みんなが同じ方向を向かないといけない、みんなが同じ絵を見ないといけない。自分があってチームがあるんじゃなしにチームがあって自分があるんだから、俺たちはしっかり一丸となってピッチャーも野手も関係なしに1つになってやっていこうな』って話はみんなにしていました。

25年ぶりのリーグ優勝

そして、復帰2年目の平成28年同じく大リーグから広島に復帰した黒田博樹さんとともにチームを引っ張り、チームを25年ぶりのリーグ優勝に導きました。

 

 

優勝を決めた東京ドームでの巨人戦。新井さんと黒田さんが涙を流しながら抱き合った姿は、今もファンの胸に焼き付いています。

新井貴浩さん

忘れることができないですね。黒田さんと東京ドームで抱き合って涙した瞬間と言うのは、今思い返しても自分も目頭が熱くなります。それぐらい感動した瞬間でした。

(優勝が決まって)はっとなったときに、黒田さんを探したんですね。黒田さんがいたので抱き合った時に黒田さんが号泣していたので、それまで自分は泣くのを我慢していたんですけれど、一気に涙が止まらなくなりました。

いろんなことがあったんですけれども、あの瞬間いろんな苦しかったことが報われたというか、そういう気持ちでしたね。

引退を決意

 

チームの精神的な柱でもあった新井さん。去年の9月5日にシーズン終了後の引退を発表しました。

若手が成長したことがその理由でした。ところが優勝争いの最中、この引退発表からチームは6連敗を喫してしまったのです。

新井貴浩さん

僕は発表のタイミングとかそういうのは、すべて球団にお任せしてたんですよね。今言ってもいいですし、いつ言ってもいいですし、全部お任せしますと言うふうにしてたんです。

それを9月に公表した後チームが連敗しちゃったので、『おいおい』みたいな(笑)。『おいまじかよ』みたいな。勝手に思ってました自分で。

(連敗がストップしたときは)ほっとしましたね。『早く止まってくれ』と思っていたので。ちょっとじゃないです、かなり『おい頼むぞ』みたいになっていましたね。

日本一の目標は後輩に託す

広島は球団史上初のリーグ3連覇を達成。しかし、日本一はなりませんでした。

 

 

最後の打席は日本シリーズの第6戦。ショートゴロでしたが、150キロを超える速球にくらいつき、一塁へ全力疾走する。最後まで新井さんらしいプレーを貫きました。

新井貴浩さん

振り返ると、あれが最後の打席だったなっていうくらいですね。その時やっているときは『追いつくぞ』『負けんぞ』と言うつもりで、まだまだ全然諦めてなかったですし、最後の打席になるなんて全く考えていなかったですからね。

とにかく追いつくぞという感じだったので。終わってみたらあれが最後だった。自分のことで感傷的になるって言う事は全くなかったですね。とにかく勝ちたい、最後まであきらめない、つもりでやっていたので。

後輩に感謝

新井貴浩さん

僕は今シーズン大して試合に出ていないですし、後輩たちの頑張りのおかげでユニフォームを脱ぐ年も優勝させてもらって、ありがとうという感謝の気持ちでいっぱいですね。

『新井さんと長くやりたい』と言ってくれて嬉しかったですし、日本一になれなかった悔しさっていうのももちろんありますけれども、それ以上にみんなありがとうと言う気持ちの方が強いですね。

来季はファンと一緒に応援!

新井貴浩さん

(チームは)今のままでいいんじゃないですか今のままでいけば。(後輩達は)素直で良い子です。どういう雰囲気でどういうプレーをして、考えてプレーすれば優勝できるのかそれを経験しましたから3回。そういう強みはあると思うんですよね。

そのままやってくれればいいですね。自分は(来シーズンからは)ファンの方々と一緒に応援しますよ。スタンドから応援できればいいんですけどね(笑)。

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