ストーリーラグビー

ラグビー元日本代表 五郎丸歩が引退直後に語った知られざる思い 

2021-05-10 午後 0:35

4月24日、ラグビートップリーグのプレーオフトーナメントでヤマハ発動機が敗れ、日本代表としても活躍した、五郎丸歩選手の競技人生に幕が下りました。

 

その翌日、NHKの単独インタビューに応じてくれた五郎丸選手。2015年のワールドカップイングランド大会での苦悩やプレースキックの際のルーチンを変えた本当の理由など32年のラグビー人生における、知られざる思いを語ってくれました。

悔い無きラグビー人生

五郎丸 歩 選手

苦しいことも、もちろんありましたけど、本当に幸せな現役生活だったと思います。小さいときの夢である、ワールドカップ出場、現役を続ける中で目標となった海外挑戦など、そういったことをすべてやり尽くせたと思うので本当に後悔のひとつもないなと思っています。

 

晴れやかな表情で現役生活を振り返った五郎丸選手。その顔には32年間のラグビー人生を、まっすぐに駆け抜けた自負がにじんでいました。

ラストシーズン、貫きたかった思い

去年12月、五郎丸選手は会見を開き、今シーズン限りでの現役引退を表明。その最後のシーズンはケガに悩まされる厳しいものになりましたが五郎丸選手の思いが揺らぐことはありませんでした。

 

五郎丸 歩 選手

正直、1シーズンなら体はまだいけるだろうという感じではいましたけど、ふたを開けるとシーズン終盤に肉離れということで、高気圧酸素(カプセル)に通ったり、針治療したりしながらのプレーで、やっぱり体も限界だったのかなと思います。それでも一番現役生活で大事にしていたのは、とにかくグラウンドに立ち続けること。グラウンドに立つことで自分の価値というものが、しっかりチームに示せるんじゃないかという信念のもと、それを貫き通したかった。

家族、チーム。”誰かのために”を大切に

 

今シーズン初出場となった3月6日のNECとの第3節では、15得点をマーク。「マン・オブ・ザ・マッチ」=この試合の最優秀選手にも選ばれました。

 

五郎丸 歩 選手

NECとの試合は今シーズン初めてヤマハのジャージを着る試合で、チームとしても苦しい中で自分を使ってくれたので、しっかり結果で応えなきゃという思いがありました。あの日は、母親の誕生日ということもあって珍しく母親から「トライとってよ」って連絡が来て。ふだんそんなことを言う人ではなかったので驚きましたが、それに応えられたのは、今シーズン一番うれしかったですね。

 

 

 

しかし、シーズン最後の試合となった4月24日のプレーオフトーナメント2回戦。けがの影響でメンバーに入れなかったことには複雑な思いがあったようです。

 

五郎丸 歩 選手

勝てば次の試合は地元、静岡県のエコパスタジアムだった。勝って帰ってきて皆さんの前でプレーするチャンスがあったので、最後とは思っていませんでした。しかし、非常に大事な一戦で、自分の名前がないというのは、非常に悔しかったです。

 

それでも、この悔しさから、さまざまなことを学ぶことができたと今はあくまで前向きに受け止めています。

 

五郎丸 歩 選手

自分は高校、大学、社会人といつも早くから試合に使ってもらっていたので、試合に出られない人たちの気持ちを一番最後に知ることができたのは良かったと思っています。出られないとなったとき、自分の感情を押し殺してチームのために何ができるかを考えるのはチームスポーツには本当に大事なことだなと最後に思い知ることができて良かったと思います。その思いが、自分のセカンドステージの活力になると思っています。

 

そして、この最後のシーズンは、忘れかけていたラグビーへの大切な思いを思い出すきっかけにもなりました。

 

五郎丸 歩 選手

ラスト1年というのは、仲間と一緒にプレーしている時間が本当に楽しかった。こんなにラグビーって楽しいんだっていう感覚が戻ってきました。久々に感じる感覚でした。試合をしている時も、その過程の練習も、試合のメンバーに入れなくても、今シーズンに限っては、すべてが楽しかったですね。僕は生まれ変わっても、ラグビーをやると思います。シンプルにラグビーが大好きなので。

2015年W杯の苦悩

2015年ワールドカップ 南アフリカ戦で歴史的勝利

 

今回のインタビューでは実は輝かしい実績を築いた大会で人知れぬ苦悩を抱えていたこともわかりました。それが2015年のワールドカップイングランド大会です。

 

強豪・南アフリカからの歴史的な勝利に貢献し、大会のベストフィフティーンにも選ばれて日本中がわきました。

 

五郎丸 歩 選手

自分1人だけがフォーカスされていた状況に、ラグビーの良さって、そこじゃないんだよなという思いを感じていました。いま考えれば、自分にしか伝えられないメッセージがあったと思いますし、そういう機会をいただいたことは、時間がたつにつれて考えられるようになりましたけど、最初の方は実は、苦しかった。

 

自分のみに注目が集まりラグビー本来の良さが伝わっていないことに違和感を感じていたといいます。

 

五郎丸 歩 選手

僕はフルバックという一番うしろに位置するポジションなので、派手ではなくても、地味に体を張って仕事をし続けている選手の姿が、すごくよく見える。ラグビーの一番のおもしろさとも言える、それぞれの選手が自分に与えられた仕事を理解して、ひとりひとりが自分の仕事を全うすることが得点につながるという本質の部分が、あの大会では、まだまだ日本の方々には理解していただけなかったと思っていて、そのもどかしさに苦しんでいました。

「救われた」2019年のW杯日本大会

 

もどかしい気持ちが晴れたのが、2019年のワールドカップでした。

 

自分はメンバーには選ばれませんでしたが、史上初のベストエイト進出という結果とともにラグビーの大切な価値観が伝わったことに救われたといいます。

 

五郎丸 歩 選手

姫野和樹選手の”ジャッカル”とか、そんな専門用語が普通に飛び交っている世の中になって非常にうれしかったです。あとは、ラグビー特有の日本代表の中に外国人選手がいる。その多様性も含めて、多くの選手たちにスポットが当たったというのは、それは2019年の代表メンバーが変えてくれた大きな価値観といいますか。本当に素晴らしいメッセージを伝えてくれたと思っています。日本でのワールドカップの成功は本当に感無量の思いで、何か自分がやり残したことが、もうないなという感覚になったのが正直な気持ちです。

五郎丸ポーズ封印、本当のワケは

ここでもう1つ紹介したいのは五郎丸選手のプレースキックの際の「ルーチン」についてです。

 

 

2015年のワールドカップでも注目され、この年の「新語・流行語」にも選ばれて社会的な注目を集めました。しかし、2017年からは封印してシンプルなキックに変更。その本当の理由とはなんだったのでしょうか。

 

五郎丸 歩 選手

あのポーズというのは、本当に長年かけて、自分の中で築き上げてきました。そして2015年のワールドカップでキックの成功率85%という数字を出したかったんです。しかし、出なかった。その時に、答えは意外とシンプルなはずなのに、成功したいがために複雑化してしまっている部分って必ずあると思ったんです。ワールドカップの後にフランスでプレーしているときに向こうの選手たちを見ていたら、すごくシンプルに蹴っていた。よりシンプルな形を模索することが自分の大きな成長につながるんじゃないかなと感じました。

 

ただし、すべてを捨てたわけではなく、重要な部分は今のキックにも受け継がれています。

 

五郎丸 歩 選手

自分の大事にしている体重移動の部分だけはぶれないようにすれば、あとはポーズをとることには特に意味はなかったので、意味がないところを排除したという感じです。いやだから変えたのではなく、競技者として、85%という数字を追いかけたかった。新たな答えを模索したという感じです。

これからは恩返しのラグビー人生

 

第2の人生については、改めて明らかにしたいということでしたがラグビーへの思いは何一つ変わらないといいます。3歳から楕円球を追い続けた五郎丸選手。

 

グラウンドを離れたあともラグビーの発展のために力を注ぎ続けたいと考えています。

 

五郎丸 歩 選手

32年もラグビー界にお世話になりましたから、次は現役選手としてではなく引退した人間として、ラグビーに貢献できる形というのをしっかりと模索しながら、恩を返していきたいと思います。次はプレーではなく、いろんなことを求められると思いますし、いろんな壁があると思います。その壁を乗り越えたり、時にはぶち当たって、これまでどおり苦しみながらも前に進んでいきたいなと思います。

この記事を書いた人

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細井 拓 記者

平成24年 NHK入局 北見局、釧路局、札幌局を経て、スポーツニュース部。サッカー、ラグビー、冬季パラリンピック種目を担当。趣味は体を鍛えること。座った姿勢から倒立できます。

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