ストーリー水泳

競泳 塩浦慎理 “歴史を変える” 夢を後輩たちに託して

2021-04-10 午後 08:37

競泳男子短距離の第一人者としての役割をみずからに課してきた塩浦慎理選手。今大会、着実に力をつけてきた後輩たちと戦い、東京オリンピックの切符を手にすることはできませんでした。

“最速種目”へのこだわり

 

「単純に速い人が1番かっこいい。オリンピックで歴史を変えたい」

競泳で最も速く決着がつく“最速種目”、男子50メートル自由形へのこだわりをそう語っていた塩浦選手。5年前のリオデジャネイロオリンピック代表選考会では、100メートル自由形で2位となり、男子400メートルリレーのメンバーとして代表入りを果たしました。

 

 

しかし、今大会はその100メートルで代表を逃し、代表の座を勝ち取るためには50メートルで個人種目の派遣標準記録21秒77を出す必要がありました。このタイムはおととし、塩浦選手が日本選手として18年ぶりに立った世界選手権の決勝進出タイムに相当します。

自身の日本記録と比べても0.1秒しか違わない高いハードルに決勝の一発勝負で挑みましたが、前半からリードを奪う持ち味を発揮できず、後半も伸びを欠いて4位に終わりました。

 

 

レース後、塩浦選手はオリンピックの延期で競技に向き合う気持ちが薄れ、去年秋の結婚で気持ちをつないできたものの、練習に打ち込めなかったと明かしました。

「水泳に対する情熱がかなり低かった。やる気がないのに代表に入れるほど甘くはないですよね、オリンピックは」

こう話し、自分自身のふがいない結果を表現しました。

夢を後輩たちに託して

ジュニア時代から29歳の今に至るまで第一線を走り、恵まれた体格と才能を見込まれて「日本人でもメダルに届く」と中距離やバタフライへの転向を勧められることもありましたが、世界の壁に挑んできました。

最近では自らのレースだけでなく短距離の自由形を目指す子どもを増やそうと、動画投稿サイトで泳ぎの技術を惜しみなく発信してきました。

 

 

「子どもたちにとっての“当たり前”のレベルが上がればどんどん強い選手が出てくる。すぐに変わるか分からないが5年後、10年後に強い選手がたくさん出てくれるといい」

今回、塩浦選手は着実に力をつけてきた後輩たちと戦い、そして、オリンピックの切符を手にすることはできませんでした。

それでも第一人者としての役割をみずからに課してきた塩浦選手は「とにかく日本の自由形のレベルを上げたいと頑張ってきた。自分が泳ぎたかったのはもちろんだけど、リレーでは若い選手も入っているのでいい順位を狙ってほしい」とエールを送り、”歴史を変える”というみずからの夢を後輩たちに託して大会を終えました。

 

この記事を書いた人

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橋本 剛 記者

2005年 NHK入局 

社会部で東日本大震災からの復興や環境問題を取材。スポーツニュース部では水泳を担当。

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