ストーリー柔道

柔道 宇髙菜絵 愛媛から日本一を目指す

2021-04-19 午後 0:20

柔道女子57kg級の宇髙菜絵選手、36歳。実業団のブイ・テクノロジーで監督兼選手を務めている。2004年に19歳で国際大会で優勝して以来、長く日本のトップ選手として活躍し続けている女子柔道界の「鉄人」だ。

 

2年前から愛媛に拠点を移し、ふるさとから頂点に挑む姿を追った。

代名詞は「大外刈り」

 

宇髙の得意技は「大外刈り」。左手で袖、右手で相手の襟の後ろ、いわゆる「奥襟」をつかみ、引きつけながら左足を大きく踏み込む。相手の態勢を斜め後ろに崩しながら、右足で刈り倒す。決まれば豪快無比。相手は真後ろに吹っ飛び、畳にたたきつけられる。

 

一方、大外刈りは片足で立って仕掛けるため返されるリスクも高い。相手を根こそぎ刈り倒す強い足腰と体幹の力、何より返されることを恐れない勇気を持つ者だけが仕掛けることを許される技だ。古くは戦前の柔道王・木村政彦。現役選手ではリオデジャネイロ五輪73kg級金メダリストの大野将平がこの技を最大の武器としてきた。

 

そして、女子では何といっても宇髙だ。大外刈りは、もはや宇髙の「代名詞」と言ってよい。この技一本で日本のトップ選手をなぎ倒し続け、2014年には世界チャンピオンの座もつかんだ。

“なえちゃん”は元世界チャンピオン

 

宇髙は、2年前から故郷愛媛に練習拠点を移した。高校時代からお世話になっている三間柔道クラブ(宇和島市三間町)で指導者も務めている。週に2回は自分の練習だけでなく、幼稚園児や小学生の指導も行う。元世界チャンピオンも、ここでは“なえちゃん”。練習の合間の休憩時間には、ボール遊びもつきあう。小さい子どもとの乱取り(実戦的な練習)では、どんどん投げられる。“なえちゃん”は子どもたちにとって、時に優しく時に厳しい、かっこいいお姉さんだ。

宇髙 菜絵 選手

小さい子と練習するのは楽しいですよ。昔と比べると今の子の方がのびのびやっていると思いますね。柔道を好きなまま成長していってほしいと思う。

 

宇髙が柔道を始めたのは6歳の時。西条市の自宅近くの西条柔道会、父親が指導者だった。父の指導は厳しく、子どもの頃は泣きながら通ったという。厳しい練習のかいがあり、中学生では2年連続で全国大会出場。高校からは親元を離れ、名門・宇和島東高校に進んだ。飛躍のきっかけになったのが、三間柔道クラブの指導者、毛利泰三との出会いだった。

宇髙 菜絵 選手

初めて柔道が楽しいと思ったのが毛利先生と出会ってからだったので、すごく印象が強くて、この人に習いたいと思ったんです。

 

 

毛利は、宇髙より9歳年上、宇和島東高校の先輩であり、当時、天理大学を卒業して地元に戻ってきたばかりだった。トレーニング、練習と、どんなメニューも「やれ」と命令するのではなく、一緒に付き合ってくれる毛利を、宇髙は信頼した。二人三脚で頂点を目指す日々が始まった。

 

2004年 福岡国際女子柔道選手権で優勝

 

高校を卒業後、地元の愛媛女子短期大学(現・環太平洋大学短期大学部)に進んだ宇髙は、2004年19歳で福岡国際女子柔道選手権で優勝。日本のトップ選手に名を連ねることになった。

 

2017年 全日本選抜体重別選手権で4度目の優勝 

 

その後、帝京大に編入、さらに実業団の強豪コマツに就職した宇髙は、ずっと東京で現役生活を送ってきた。全国から強豪選手が集まりしのぎを削る、恵まれた環境で力をつけた宇髙は体重別で日本一を争う全日本選抜体重別選手権を2010年、12年、14年、17年と4回制している。

 

2014年 柔道世界選手権で金メダル

 

さらに2014年ロシア・チェリャビンスクで開催された世界選手権で優勝。オリンピック代表こそなれなかったものの、入れ替わりの激しい競技の最前線に長く立ち続けてきた。

 

しかし、30歳を超え、自分の競技人生を考えた時に、宇髙はもう一度毛利のもとで柔道と向き合いたい、そして地元・愛媛の子どもたちに日本一を目指す姿を見せたいと考えた。2年前愛媛に戻り、去年4月からブイ・テクノロジーの監督兼選手になってからも、そのまま愛媛を拠点に現役生活を送っている。

宇髙 菜絵 選手

私は、一緒に練習してくれる毛利先生を信頼してついていった。私も率先してやって、自分もしんどいけどやるぞっていう姿勢を子どもたちに見せたい。それが自分を育ててくれた愛媛への恩返しにもなる。

三間柔道クラブ代表・毛利 泰三 さん

宇髙が柔道に対して取り組む姿勢を見せてくれることで、子どもたちは柔道の厳しさも楽しさも教えてもらえる。それによって柔道を好きな気持ちが育っていく。そういうところは一番感謝しています。

愛媛ならではの環境を生かして鍛える

 

愛媛に戻ることに不安はあった。普段の練習相手は、中学生と三間柔道クラブの指導者の、合わせて10人ほど。強豪選手が集まり、出稽古先も豊富な東京と比べると、練習相手は限られる。その環境でどうやって日本一を目指すか。

 

宇髙は、愛媛ならではの環境を最大限生かすことにした。朝7時。中学生たちと神社の100段近い階段を駆け上がる。ダッシュ、1段飛ばし、2段飛ばし。最後は自分より体重の重い男子をおぶって上がる。

 

「菜絵コーチが来るぞ」毛利が中学生に檄を飛ばす。宇髙も気合の声をあげる。さらにその後は坂道をダッシュ。宇髙は最後まで力を抜くことなく走りぬく。時間にしておよそ30分。短時間に集中して、全力を出し切る。

宇髙 菜絵 選手

きついですね。きついけど、きつくないと意味がない。都会だとこういう階段を探すにも結構苦労します。そこは本当に愛媛の強みかなと思う。

 

さらに休日には毛利と、山を走りこんだ。愛媛の豊かな自然環境を生かして、得意の大外刈りの土台となる足腰を徹底的に鍛え直した。

新たなトレーニングも導入

 

新たなトレーニングも取り入れた。宇髙自ら探し、プロ野球独立リーグ・四国アイランドリーグに所属するマンダリンパイレーツのトレーナーを務める濱田直洋のサポートを受けることになった。

 

東京では筋力を高めることを重視していた宇髙だが、濱田の指導を受け、頭で考えたことに対して反応よく体を動かすことを意識してトレーニングするようになった。

 

例えば、高さ50cmほどの箱に体の向きを変えながら飛び乗る。不安定な円盤状の器具に乗ったまま、重さのあるゴム製のボールを受け止め、投げ、たたきつける。体の安定を保ちながら、次々と変わる動きに瞬時に対応していく。新しい動きを教えるとすぐに対応し習得してしまう宇髙に、濱田も驚いたという。

 

濱田 直洋 さん

体の使い方が本当に上手ですね。伝えるとすぐに表現できるようになる。さすがトップ選手だなと思います。正直今もどんどん進化しているので、あと何年出来るか楽しみです。

 

柔道の練習にも工夫を凝らした。中学生とはいえ、三間柔道クラブの生徒は愛媛県内トップクラスの実力を持ち、なかには全国大会で上位に食い込む選手もいる。自分より20kg以上重い男子中学生と連日真剣勝負を繰り返すことで、得意の大外刈りを磨いた。

 

一方、経験が浅く実力差がある中学生と乱取りする際には、新しい技も試してみるようにした。東京では日々の練習がトップ選手同士の「勝負」になり、精度の低い技は事前に察知され、かけさせてもらえない。しかし、実力差がある相手であれば、どんどん試すことが出来、それによって柔道の幅を広げることが出来る。愛媛に帰る前は、気づいていなかった発見だった。

手応えつかんだ講道館杯

講道館杯決勝で柴田選手と対戦した宇髙選手

 

愛媛での挑戦の成果が問われたのが、去年11月に行われた講道館杯柔道体重別選手権。

 

新型コロナウイルスの感染拡大により、国内の主要大会が軒並み中止になる中、ようやく開催された全国大会だった。この大会で宇髙は快進撃を見せる。初戦で瀧川萌(筑波大)に優勢勝ちすると、2回戦ではジュニアの世界選手権で3回優勝している若手のホープ舟久保遥香(三井住友海上)を得意の大外刈りで畳に沈める。

 

さらに準決勝では、コマツ時代の後輩、鶴岡来雪を延長戦の末に退け、決勝進出。決勝では柴田理帆(JR東日本)に惜しくも延長戦で敗れたものの、「宇髙健在」を印象づけた。宇髙にとって愛媛でやってきたことが間違いでないという手応えをつかんだ大会となった。

宇髙 菜絵 選手

1試合1試合の間の回復力が落ちたな、というのは正直感じたんですけど、それ以外はいままで以上に強化出来ていると思いました。きつい時は、『毛利先生とあれだけ山を走ったんだから、あの山を思い出せ』と思って、最後まで動くことが出来ました。

もう1回日本一になりたい

宇髙の次の目標となったのが、今年4月3日に行われる全日本選抜体重別選手権。体重別の日本一を決める大会であり、6月に開催予定の世界選手権の代表選考を兼ねる大会でもある。宇髙は、この大会が終わると、再び上京し、ブイ・テクノロジーの監督兼選手として本格的に活動を始めることが決まっていた。愛媛を拠点にして挑む最後の試合、目指すのは4年間遠ざかっているタイトルだ。

宇髙 菜絵 選手

もう1回日本一になりたい。去年チャンスを逃しちゃったんですけど、ここまでやれるなら挑戦したい。結果を残して、メダルを持って帰って見せて、しっかり出発したいと思います。

 

 

大会まで2週間に迫った、3月中旬。乱取りで、毛利が直接胸を貸した。大会が近づくと、毛利が対戦相手の動きを研究、それをもとに実際に組み合いながら師弟で対策を練る。高校時代から変わらない、試合前に欠かせない大切な練習だ。

 

右に左にと、足を払ってくる毛利。宇髙は右手で奥襟を取って、大外刈りを仕掛けようとする。すかさず毛利は間合いを取って、空振りさせる。諦めずもう一度大外刈りを仕掛ける宇髙。今度はがっちりと受け止められる。

 

1本3分間の乱取り。2人は交代のブザーが聞こえないかのように、技をかけあい続ける。2本、3本…次第に宇髙の息が荒くなる。毛利がすかさず声をかける。「休むな、休むな」。そのまま宇髙の奥襟をつかんであおる。自分より20kg以上重い毛利に頭を下げさせられ、引きずり回される。その姿を子どもたちが見つめる。宇髙には、彼らに伝えたいことがあった。

宇髙 菜絵 選手

泥臭い柔道でもボロボロになってでも一生懸命に戦っている姿は、子どもでもしっかり感じ取ってくれると思う。そういう姿を見てほしい。

 

この日、2人の乱取りは30分に及んだ。

愛媛から挑んだ日本一

4月3日。全日本選抜体重別選手権が開幕した。宇髙にとって愛媛での2年間の集大成となる試合だ。出場できるのは各階級のトップ選手8人だけ。誰と当たっても強敵だ。

 

初戦の相手は、富沢佳奈(東海大)。15歳年下の大学生だ。大外刈りを警戒する富沢は徹底して宇髙の右手を避け、奥襟を取らせない。得意の形になれない宇髙。それでも焦る様子はない。じりじりと前に出て圧力をかけながら、チャンスを探る。お互い決め手を欠き、本戦の4分では決着がつかず、延長戦へ。延長4分。一瞬宇髙の右手が富沢の奥襟をつかむ。すかさず大外刈りに飛び込み、そのまま体全体を使って巻き込む。富沢の体が横倒しになり「技有り」の宣告。少ないチャンスを逃さず、接戦を勝ち抜いた。

 

続く準決勝。相手は、去年の講道館杯でも対戦した鶴岡。コマツ時代の後輩で、お互い手の内を知り尽くしているだけに、この試合も宇髙は右手を徹底的に警戒される。奥襟をつかめないまま試合が進む。しかし、2分過ぎ。襟をつかめないまま宇髙が前進、そのまま鶴岡の右脇下に滑り込むように大外刈りに入る。意表をつかれた鶴岡はなすすべなく畳を背負い「一本」。宇髙は、講道館杯に続いて決勝進出を決めた。

 

悲願の日本一まであと1勝。決勝の相手は、去年一本勝ちした若手のホープ、舟久保だった。この試合も、宇髙は徹底した大外刈り対策を受ける。リーチで上回る舟久保に逆に奥襟を取られ、足技で攻めこまれる。技を出せないうちに「指導」が2つ積み重なり、リードを許す。

 

あと1つ「指導」が与えられると反則負けになる苦しい状況にも、宇髙は最後まで戦う気持ちを失うことはなかった。「奥襟が取れれば」「大外刈りがかけられれば」一瞬で試合をひっくり返せる。それが宇髙菜絵の柔道なのだ。

 

諦めずに奥襟を狙う宇髙。しかし、延長1分過ぎだった。逆に奥襟をつかんだ舟久保の小内刈りに、こらえきれず崩れ落ちた。主審の「技有り」の宣告。その瞬間、宇髙は小さく畳を叩いた。愛媛から日本一を目指した挑戦が終わった。試合後のミックスゾーン。宇髙はすでに次を見据えていた。

宇髙 菜絵 選手

きょうは愛媛の子どもたちの思いを背負って戦いました。あらためてまだやれるなと思いました。もう一度日の丸を背負って畳に上がりたいという気持ちがあるので、そのチャンスを逃さないように精進したいです。

 

 

4月中旬、宇髙は上京し、監督兼選手として新たなスタートを切る。挑戦は終わらない。

この記事を書いた人

画像alt入ります

西森 大 チーフプロデューサー

2000年入局。報道局スポーツ情報番組部で柔道、相撲などを担当。
2020年8月から松山放送局。柔道五段

関連キーワード

関連トピックス

最新トピックス

RANKING人気のトピックス

アクセス数の多いコンテンツをランキング形式でお届け!