ストーリー野球

ガンから復帰の赤松真人「現役選手として恩返しのメッセージ」

2019-10-08 午後 0:00

 

胃ガンと闘い実戦復帰を果たしたプロ野球、広島の外野手、赤松真人選手(37)が今シーズンかぎりで現役を引退しました。胃の半分を失う大病を患い、かつてのように動かなくなった体と向き合いながら、赤松選手はある信念を胸にプレーを続けてきました。

多くのプロ野球ファンに鮮烈な印象を残す

私が赤松選手と初めて会ったのが赤松選手が自主トレーニングを再開したおととし12月のオフ。広島市内のホテルで行われたファンとの交流イベントの終了後でした。午後9時をすぎ、ほかの選手が家路につく中、がんから復帰を目指す姿を番組で伝えたいという初対面の私の話をじっくり聞き、取材を受け入れてくれたことを覚えています。「同じような境遇の人たちに自分の姿を通して何かを伝えられたら」。それが赤松選手の思いでした。

 

阪神から広島に移籍した赤松選手 (2008年1月9日)

 

赤松選手は平成20年、FA=フリーエージェントで阪神に移籍した新井貴浩選手の人的補償で広島に加入しました。

 

横浜戦でのスーパープレー (2010年8月)

 

俊足を生かした盗塁と堅い守りが持ち味で、平成22年の8月にマツダスタジアムで行われた横浜戦で見せた、ホームラン性の打球をフェンスによじ登ってキャッチしたスーパープレーは、広島ファンのみならず、多くのプロ野球ファンに鮮烈な印象を残しました。

2016年 胃がん発覚

しかし、平成28年。25年ぶりの広島のリーグ優勝に貢献した直後のオフ、思いもよらぬ出来事に襲われます。妻に誘われて受けた人間ドックで胃がんが判明したのです。

 

 

すぐに手術で胃の半分を切除しましたが、その後リンパ節への転移が判明。5年生存率は50%程度の「ステージ3」でした。

そこから始まったおよそ半年の抗がん剤治療では、副作用で高熱や体のだるさが続き体重は10キロ近く減少。赤松選手は当時を「一番きつい時期だった」と振り返ります。

 

 

抗がん剤治療を終えたあと、2年ぶりに参加した去年の2軍のキャンプは、「周りについて行くのが精いっぱいだった」と言います。食事をたくさん食べられず、抗がん剤の後遺症とみられる症状で手足にしびれが出たほか、肩も痛めてボールを投げられない時期もありましたが、キャンプを離脱せずに何とか最後まで乗り切りました。

赤松選手が現役にこだわった理由

そして去年3月に実戦復帰を果たすと、昨シーズンは、2軍の公式戦に55試合に出場。代名詞とも言える盗塁も5つ決めことしは“1軍復帰”を目標にキャンプインしました。前の年より体調はよくなり、笑顔が増えた赤松選手。それでも手足のしびれは未だに残ったままでした。手術前の体には戻らない自分と向き合いながらの毎日は変わりません。体調が万全でない日もある中、どうしてことしも現役にこだわったのか。

シーズン開幕前、赤松選手はこう答えました。

 

赤松真人選手

やめることは簡単だと思う。やめてしまっても個人的には問題ないけれど、僕がやめると、僕が野球をすることで勇気づけられていた人が勇気をなくす可能性がある。

それを考えてたら、なかなかあきらめられない。

 

「1軍昇格以上に大切なのは、頑張る姿を伝えること」だと強く話していました。

今シーズンかぎりで引退を決断

引退会見

 

迎えた今シーズン。赤松選手は2軍の公式戦に49試合出場し、盗塁を2つ決めました。しかし若手の成長が著しい中1軍での出場はなく、今シーズンかぎりでユニフォームを脱ぐ決断をしたのです。

9月22日に開かれた引退会見で赤松選手は復帰後の2年間について「大きな病気になってもプロでいられるのは、この世界ではあまりないこと。ぜいたくで楽しい時間だった」と振り返りました。

病気で苦しんでいる方々に勇気を与える役目が僕にはある

引退試合は会見の1週間後、レギュラーシーズン最終戦となる9月27日の中日戦でした。この日を3位で迎えた広島にとっては自力でのクライマックスシリーズ出場をかけた大事な試合。

試合前に赤松選手は、「大事な1戦だから出ていいのか申し訳ない」と話しながらも、決意を示していました。

 

赤松真人選手

自分は実績、成績から言えば、引退試合をしていただける選手ではないんですよ。けれど、してもらえるっていうのは病気があるからなんですよね。

僕が元気な姿をアピールすることによって、全国でしんどい方いっぱいおられますから、そういった方々に勇気を与える役目が僕にはあると思うんです。

この経験を伝えるのも僕の役目のひとつだと思う

現役選手として恩返しのメッセージを伝えられる最後の舞台。代打なら“フルスイング”代走なら“盗塁成功”守備での出場なら“アウトをしっかり取る”。そう意気込んでいた赤松選手に出番が回ってきたのは、3点を追う9回の守り。あの“ホームランキャッチ”も見せた慣れ親しんだセンターでの途中出場でした。

 

 

割れんばかりの大歓声に包まれる球場。残念ながら打球は飛んできませんでしたが、ガンを乗り越え、目標だった1軍のグラウンドに再び立った戻ってきたその姿に、多くの人が心を打たれました。

 

赤松真人選手

しんどいのは僕だけではない。僕が頑張ることによってそういった方々に少しでも元気になってもらえたら。そう思い1軍を目指し頑張って来ましたが、1軍に上がれず引退試合となってすいません。

しかし、こんな僕の姿を見て少しでも元気になった方がおられましたら本望です。まだまだ受けた恩を返せてはいませんが、これから少しずつ返していきたいと思います。

 

赤松選手は3万1000人を超えるファンに見守られながら15年間の現役生活を終えました。赤松選手のようにがんを経験したいわゆる“がんサバイバー”や大きな病気を患った人たちが職場や社会に復帰するために、どうすべきか一般社会では大きな課題となっています。

自身の今後について、引退試合の日、赤松選手は私にこう話しました。

 

赤松真人選手

若くしてがんになったのでこの経験を伝えていきたい。それを伝えるのも僕の役目のひとつだと思う。

 

生存率50%程度のがんになりながらも、治療を乗り越えて復帰し、ひたむきに頑張ることの大切さを伝え続けた赤松選手の姿は、ファンはもちろん、病気に苦しむ多くの人を勇気づけました。引退後のこれからも何らかの形で病気の人に寄り添い、赤松選手なりのメッセージを発信し続けてほしいと願っています。

 

坂梨宏和

広島放送局。平成21年入局。福岡県出身。昨シーズンまで広島担当。赤松選手の密着取材を行う

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