門田博光さん死去 ホームラン王3回 歴代3位の通算567本

プロ野球・南海などで豪快な一本足打法で活躍し、歴代3位の通算567本のホームランを打った門田博光さんが亡くなりました。74歳でした。
門田さんは山口県出身で奈良の天理高校から社会人野球のクラレ岡山を経て昭和45年にドラフト2位で南海に入団し、2年目でレギュラーに定着、打点王のタイトルを獲得しました。

右足をあげてタイミングをとる豪快な一本足打法で、球界を代表するホームランバッターとして活躍しました。
昭和54年のキャンプでアキレスけん断裂の大けがを負いましたが、そこから懸命のリハビリを重ねて指名打者として復活を果たし、よくとしの昭和55年に41本のホームランを打ったほか、昭和56年と58年にはホームラン王に輝きました。

中でも昭和63年には40歳で44本のホームランを打ち、ホームラン王と打点王の2冠に輝いたほか、MVP=最優秀選手を獲得し、「不惑のホームランバッター」と呼ばれました。

身長1メートル70センチと野球選手としては小柄な体格ながら、プロ23年間でホームラン通算567本と通算1678打点は、いずれも王貞治さん、野村克也さんに続く歴代3位の記録です。
また通算2566安打も、張本勲さん、野村さん、王さんに続く歴代4位と、大けがを乗り越えて長くプロの第一線で活躍を続けた強打者で、平成18年には競技者表彰で野球殿堂入りを果たしました。
門田さんは兵庫県内で療養していましたが、関係者によりますと、亡くなったということです。74歳でした。
山田久志さん「本当に力と力で勝負できる唯一のバッター」
亡くなった門田博光さんと、ともにパ・リーグでチームの中心選手として対戦した元阪急のエース・山田久志さんは「残念でならない。同じ時代に野球ができて本当によかった。もう1回、一緒に酒を飲みたかった」と心境を話しました。

現役時代に南海の中心選手だった門田さんと対戦した思い出については「本当に力と力で勝負できる唯一のバッターでまっすぐで抑えるかまっすぐで打たれるかしかないバッターだった」と振り返りました。
また引退後の私生活での思い出については「門田さんと2人で引退後に八丈島で小中学生向けの野球教室をしたし学年は私の方が1つ下だが『門やん』と呼んで本当に同級生のように仲よくしてもらった」と話していました。
ソフトバンク 藤本監督「どんな質問にも答えてくれる先輩」
ソフトバンクの藤本博史監督は門田さんと同じ奈良の天理高校出身で、現役時代も9年間、南海やダイエーでチームメートでした。
藤本監督は球団を通じて「高校の後輩としてかわいがってもらいました。ダイエー時代、球場に行く際には家まで迎えに行き、よく打撃の話をしたのを覚えています。どんな質問にも真摯(しんし)に答えてくれる優しい先輩でした。ご冥福をお祈りします」とコメントしました。
通算成績
天理高→クラレ岡山
1969年ドラフト2位指名
1970-88 南海
1989-90 オリックス
1991-92 ダイエー
通算2571試合
8868打数=歴代6位
2566安打=歴代4位
HR567本=歴代3位
1678打点=歴代3位
打率.289
