ワールドカップ 日本代表 監督選手らゆかりの地で歓喜

サッカーワールドカップカタール大会、グループEの日本は、1次リーグの第3戦でスペインと対戦し2対1で勝って1次リーグ2勝1敗とし、2大会連続の決勝トーナメント進出を決めました。
日本は決勝トーナメントの1回戦でグループFの2位のクロアチアと対戦します。試合開始は日本時間今月6日午前0時の予定です。
森保監督の叔父「頑張っている姿にほろりと涙」
森保一監督の叔父で、静岡県掛川市に住む原田卓馬さん(67)は、「第一声としては『やった!』という気持ちだ。叔父として、重圧もある中で頑張っている姿にほろりと涙が出てきて、こみ上げてくるものがあった」と喜びを見せました。
森保監督は母親の地元の掛川市で生まれ、その後、数か月間は掛川市で過ごしていたということです。
理容室を営む原田さんは墓参りなどのためたびたび掛川市を訪れるという森保監督の散髪や顔そりなどをしていて、ことしの8月も店を訪れていたということです。
スペイン戦の前には携帯電話で連絡を取り合ったということで、ドイツ戦に続いてスペイン戦でも森保監督が途中で投入した堂安律選手が得点を決めたことについて「うまくいってよかったし、誇らしく思う」とたたえていました。そして、クロアチア戦に向けて「ドキドキするけれど、いままで通り頑張って」とエールを送っていました。
森保監督の幼なじみ「誇りに思う」

長崎市出身の森保一監督の幼なじみで愛称の「ぽいち」という店名のスポーツバーを経営する樋口紀彦さんは「最高です。森保監督に『勝利おめでとうございます。めっちゃ最高』とメッセージを送りました。幼なじみとして誇りに思います。クロアチア戦もまたここでお客さんと一緒に盛り上げていきたいです」と喜んでいました。
※樋のしんにょうは1点
サンフレッチェ広島 元社長「森保監督はいい判断をした」
サンフレッチェ広島の元社長で、森保一監督の招へいに尽力した本谷祐一さんも期待を寄せています。
本谷さんは10年前の2012年に森保監督が当時、サンフレッチェの監督としてJ1で初優勝した際にサンフレッチェの社長を務め、森保監督の招へいにも尽力しました。

本谷さんはけさのスペイン戦について「前半は非常に厳しかったが、後半は選手を代えて早い時間に同点になり、すぐに2点目も取った。森保監督はいい判断をしたと思う」と話していました。

本谷さんが試合終了後に森保監督に「よっしゃ!良かった、良かった」とメッセージを送ったところ、「早朝から応援共闘ありがとうございました。ドイツやスペイン戦の勝利が国民の皆さん、日本サッカーファミリー、指導者の自信につながるとうれしいです。クロアチア戦に向けても最善の準備をして全力で戦い抜きます。引き続き応援共闘よろしくお願いします」と返信があったということです。

また、森保監督のサンフレッチェ時代について本谷さんは「誰に対しても謙虚で、選手から非常に人望が厚かった。サンフレッチェの監督として初めてベンチ入りのメンバーを選ぶ際は涙を流しながら発表して、『全員を選びたいができない。みんな一緒に戦おう』と話していたのを覚えている。いい成績も残したし、いい人選ができたと思う」と振り返っていました。
最後に、次のクロアチア戦については「日本のよさを出すドイツ戦やスペイン戦と同じような戦い方をすると思う。森保監督は非常に闘志のある負けず嫌いな男なので厳しくいくと思う」と話していました。
森保監督 吉田麻也の地元 長崎市で喜びの声
森保一監督とキャプテンの吉田麻也選手の地元、長崎市では、喜びの声が聞かれました。
75歳の男性は、「見事な逆転勝利で非常に誇り高く喜んでいます。森保監督はドイツ戦と同じように見事な采配をしていて、後半から雰囲気が変わったと思います」と話していました。
自宅でテレビで観戦したという19歳の女子大学生は、「目覚ましをかけて家族で応援しました。正直厳しいと思っていたので、後半、2点目を決めて勝ち越した場面や、スペインが点を決めそうなところでキーパーが止めて、吉田選手がクリアしたところに感動しました」と話していました。
20歳の男子大学生は、「勝つとは思っていなくて寝てしまいましたが、朝起きて結果を見てびっくりしています。森保さんは大胆な作戦をとるイメージがあるので、慎重にならずに日本らしい勝負をしてほしいです」と話していました。
鎌田大地の後輩「尊敬」 恩師「ベスト8の目標達成を」

先発出場した鎌田大地選手の母校、京都の東山高校では、恩師や後輩たちから喜びの声が聞かれました。
鎌田選手は、日本時間のきょう早朝に行われたスペイン戦に先発出場し、前半からシュートを放つなど、積極的なプレーを見せました。

鎌田選手の母校、京都市左京区にある東山高校・サッカー部の阪田澪哉選手は「とても感動しました。日本が逆転ゴールを決めたときはテレビの前で跳びはねて喜びました。ドイツ戦、スペイン戦と逆転勝ちし、強いチームに勝つことが奇跡ではないことを示してくれたと思います」と話していました。
キャプテンの新谷陸斗選手は「鎌田選手は、自分たちもあの舞台に立てるかもしれないということを示してくれているので、本当に尊敬しています。今後、得点もとって日本の勝利にさらに貢献してほしいです」と話していました。
また、佐藤瑞起選手は「守備でも活躍している姿を見てすごい先輩だと思いました。鎌田選手のような世界で活躍できる選手になりたいです」と話していました。

高校時代の鎌田選手を指導した福重良一監督は「鎌田選手からは監督の起用に応えたいという気持ちを感じ、前半の終わりからとても機能していると思いました。決勝トーナメントで代表としてのベスト8の目標を達成してほしいです」と話していました。
同点ゴールを決めた堂安律の兄「かっこいい自慢の弟」
サッカーワールドカップカタール大会のスペイン戦で同点ゴールを決めた堂安律選手の家族からも喜びの声が聞かれました。
堂安選手は兵庫県尼崎市出身で、ことし4月、元Jリーガーの兄の憂さんと2人で、市内にサッカースクールを開校しました。

堂安憂さんは、サッカースクールでインタビューに応じ、「『興奮している』という以外にことばが見つからないくらい興奮しています。かっこいい自慢の弟です。試合後にラインで『ナイスゴール、すばらしかった。感動したわ、予選突破おめでとう』と送ったら、『ほんまに決めてもうたわ』って返ってきて、すごくうれしそうでした」と話していました。
そして、「律はかなりの負けず嫌いでサッカーに対する取り組みは本当にストイックです。『絶対に俺がいちばんになる』という気持ちで練習していました。律らしくあの舞台を全力で楽しんで、その中で点を取って日本を勝たせてほしいですし、やるからには優勝を目指して頑張ってほしいです」と話していました。
堂安律の地元 兵庫県尼崎市でも喜びの声
また、堂安選手の地元・尼崎市でも喜びの声が聞かれました。
30代の会社員の男性は「職場のみんなで試合をずっと見ていました。堂安選手はスピードのある選手だと思っていましたが、少ないチャンスをものにしてあんなに強いシュートを蹴ることができてすごいと思います。決勝トーナメントであと4回くらい『ブラボー』の声を聞きたいです。興奮が収まらないですが、これから寝ようと思います」と話していました。
60代の女性は「正直言って、今回勝つのは難しいと思っていたのですごくびっくりしました。試合を見たくて起きていましたが3時で寝てしまいました。地元の尼崎から堂安選手のような偉大な選手が生まれたことをうれしく思っているので頑張ってほしいです」と話していました。
50代の女性は「最初はダメかなと思っていましたが堂安選手が頑張ってくれました。私も生まれも育ちも尼崎の『尼っ子』で堂安選手はいろいろと尼崎を応援してくれている人なので今度は私が応援したいです。頑張ってほしいです」と話していました。
4選手指導したサッカークラブ代表「飛び上がるくらい喜んだ」
サッカーワールドカップで決勝トーナメントに進出した日本代表のうち4人の選手を指導した川崎市のサッカークラブの代表は「飛び上がるくらい喜びました。決勝まで進んでほしいです」とエールを送っています。
川崎市の「さぎぬまサッカークラブ」は、権田修一選手、板倉滉選手、田中碧選手、それに三笘薫選手の4人の代表選手が小学生の時に所属していたクラブです。

4人を指導したクラブの澤田秀治代表は、決勝トーナメントに進出したことについて、「4人が同時にピッチに立ち、勝利に貢献してくれたので、勝った瞬間は飛び上がるくらい喜びました」と話していました。
また、三笘選手のゴールラインぎりぎりからの折り返しに田中選手が合わせて決めた決勝ゴールについては、「2人は同じチームで切磋琢磨(せっさたくま)したので意思の疎通がしっかり取れているのだと思う。田中選手は『薫くんがクロスを上げてくれるから、僕が決めるんだ』と走り込んだのだと思います」と話していました。
また、好セーブを連発した権田選手については、「すごく負けず嫌いで、『2点目は絶対に与えない。そうすれば味方が点を取ってくれる』という気持ちだったと思います」と話していました。
次のクロアチア戦に向けては、「相当走り回って疲れてると思うので休養を取ってもらって、持っている力を十二分に発揮して勝利に貢献してほしいです。選手たちから『ベスト4』や『優勝』ということばも出ていたので、決勝まで進んでほしいです」とエールを送っていました。
日本の守護神 権田修一 行きつけ飲食店店長「ピンチ救うの期待」
サッカーワールドカップカタール大会で日本が決勝トーナメント進出を決めたことについて、静岡県内でも選手にゆかりのある人たちから喜びの声が聞かれました。
このうち、日本の守護神で清水エスパルスのキーパー、権田修一選手が行きつけの静岡市内の飲食店の店長、福田稔さんは「早朝の試合でしたが、うれしさで眠気はすべて吹っ飛んでしまいました」と喜んでいました。

福田さんは権田選手が海外遠征のあとの隔離期間の際に食事の配達を行うなどのサポートをしていて、店内にはワールドカップ予選の際に権田選手が着ていたユニフォームも飾られています。

福田さんは「権田選手との関わりを通して日本の勝利に少しでも貢献できたのなら料理人として最高に幸せです。権田選手が次の試合でもピンチを救ってくれることを期待しています」と話していました。
決勝ゴール決めた田中碧の体育指導者「負けん気の強さ」

決勝ゴールを決めた田中選手が幼少期に通っていた園で体育指導を行っていた佐藤陽生さんは、当時の様子について「ものすごくやんちゃな部分もありました。スポーツの授業でサッカーやかけっこ、器械体操をしたりするんですけど、その時から運動は結構得意でした」と話していました。

また、「負けん気の強さはその時から強かったと思います。負けた時はほかの誰よりも泣いて悔しがる。がむしゃらに最後の1秒まですべてを出し切ってぜひ勝ってくれたらうれしいなと思います」と話していました。
三笘薫指導のサッカークラブ監督「鷺沼兄弟!」

小学生だった三笘選手を指導していたサッカークラブの当時の伊藤桂一監督は「感動、感激しました。逆転につながったところではギリッギリのところで三笘選手が中に折り返して田中選手が決めたので、『おお鷺沼!鷺沼兄弟!』と思いました。グラウンドで抱き合って倒れているというのもすごく感動しました。三笘選手にドリブル突破をはかっていただきながら、最後はシュートを決めてほしいです。ゴールパフォーマンスを見たいです」と話していました。
田中碧と三笘薫の母校で期待の声
田中碧選手と、その田中選手にゴールラインぎりぎりでクロスボールをあげた三笘薫選手の母校である川崎市の小学校では、喜びの声とさらなる活躍を期待する声があがっています。
田中選手と三笘選手の母校、川崎市の鷺沼小学校には2人の活躍を願う横断幕が掲げられていて、近くに住む人などが訪れてスマートフォンで記念に撮影していました。

2人が所属した川崎フロンターレを応援しているという女性は「声が出ないほどうれしいです。親や親戚のおばちゃんのような気持ちです」と声を弾ませていました。
鷺沼小学校の校舎の廊下には、川崎フロンターレのユニフォームとともに、2人のサイン入りの色紙が飾られています。
また、去年3月、コロナ禍で行われた卒業式では2人からビデオメッセージも寄せられたということです。
このなかで田中選手は「コロナで自由に遊べず不自由な生活が続いていますが落ち着いたらサッカーを見に来てください。僕も頑張ります」と語っています。
三笘選手は「サッカー選手になりたい子もいると思いますが、大事なことは毎日一生懸命取り組むことです」とエールを送っています。

卒業生を励まし、さらにワールドカップで活躍する先輩の姿を見せてくれる2人について、小林美代校長は「勝ち越しのゴールを2人がつないだことは奇跡的で本当にうれしいです。子どもたちの夢にもつながるゴールだったと思います。次もチーム一丸で戦い、ベスト8に向かって頑張ってほしい」と話していました。
板倉滉を担当していた美容師「感動した」
決勝トーナメントに進出したサッカー日本代表のディフェンダー・板倉滉選手が小学生のころから通っていた横浜市内の美容院からは、喜びの声や次のクロアチア戦に向けた期待の声が聞かれました。
板倉滉選手は、横浜市青葉区にある美容院に小学生のときから父親などと10年近く通っていたということです。

板倉選手を担当していた美容師の佐藤俊介さんは、「中学生のころは『ユースに上がれるかどうか不安だ』というようなことを言ってましたが、高校で身長が伸び、プロになってからは『ファンに目立ちたい』と自信を持ってやっていたのが印象に残っています。チケットを用意するので見に来て下さいと言ってくれる優しい子でした」と話していました。
佐藤さんが板倉選手の髪を最後に切ったのは4年ほど前ですが最近もSNSでやり取りをしているということで、決勝トーナメント進出を決めたスペイン戦は自宅で観戦しながらエールを送ったということです。
佐藤さんは「落ち着いてプレーし、期待以上の結果を出して、見ていて感動しました。決勝トーナメント進出でこれからも楽しませてもらえると思うとうれしいです。ベスト8に進出して、もう一度プレーする姿を見られると信じています」と話していました。