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オリンピック ビーチバレー 帰ってきた“Gottsu(ゴッツ)”

2021-07-31 午後 05:26

  

東京オリンピック、ビーチバレー男子で日本の石島雄介選手と白鳥勝浩選手のペアは31日の最終戦となる第3戦でドイツのペアに敗れ1勝もできないまま予選リーグ敗退となりました。それでもバレーボールからビーチバレーに転向して再びオリンピックの舞台にたった37歳の石島選手は、オリンピックの舞台で進化を遂げた「ゴッツ」の姿を見せました。


ビーチバレー会場に響き渡った「Gottsu!!(ゴッツ)」のアナウンス。
「ゴッツ」は石島選手の愛称です。
身長1メートル98センチ、体重102キロの「ごつい体格」からの強烈なスパイク。闘争心をむき出しにして、雄たけびを上げる姿を覚えているファンも多いのではないでしょうか。



石島選手は、バレーボールのVリーグで、長年、活躍し、24歳で臨んだ2008年の北京オリンピックでは日本代表の中心としてプレーしました。この時の結果は、予選リーグで5戦全敗。1度も勝つことができずに、オリンピックを去りました。

「もう一度、あの舞台に立ちたい」

しかし、2012年のロンドン大会では日本代表は世界最終予選で敗れ、出場権を逃しました。2016年のリオデジャネイロ大会ではベテランとなった32歳の石島選手は若手の台頭で予選の日本代表に選ばれず、その舞台を目指すことすらできませんでした。

リオデジャネイロ大会の直後、石島選手は大きな決断をしました。
それが「ビーチバレーへの転向」です。背景にあったのは、北京大会のビーチバレーに出場していた日本の第一人者で石島選手より7歳年上の白鳥選手が砂の上で泥臭くボールを追いかける姿でした。



石島選手は「オリンピックを考えた時に白鳥選手しかいない。無理だったら自分も終わり」と覚悟を決めたといいます。

そして、おととし。石島選手は、みずから白鳥選手に頼み込み、ペアを結成することになりました。しかし、オリンピックまでの道のりは平たんではありませんでした。バレーボールでは、実績十分の石島選手も「似て異なるスポーツ」と言うビーチバレー。コート内を2人でカバーするため、多くの役割を担います。

自分でスパイクを決めるだけではなく、動きづらい砂の上を駆け回ってレシーブをしたり、味方にトスをあげたり。こうしたプレーの幅や質を高めることが石島選手にとって、大きな課題となりました。そこで、経験豊富な白鳥選手からのアドバイスを受け急成長を遂げて、オリンピックの舞台にたどり着いたのです。


進化した「ゴッツ」


そして13年ぶりのオリンピック。日焼けにサングラス。その姿は、バレーボール選手の時代と変わりましたが、さらにパワーを増した「ゴッツ」が戻ってきました。

会場の電光掲示板には「Ishijima」ではなく「Gottsu」。
得点をあげるたびに会場には「Gottsu!!」というアナウンスが響き渡りました。
得意としていた強力なスパイクはもちろん、砂のコートに何度も飛び込み、そして立ち上がり、持ち味の気迫あふれるプレーが光りました。



31日の予選リーグ、最終戦。
結果はストレート負けで3連敗しましたが、4年間の集大成とも言える姿を見せました。

この試合、日本のペアがスパイクで奪ったのは20点。このうち石島選手の得点は、わずか5点でした。相手チームは石島選手の強烈なスパイクを警戒し、サーブでは白鳥選手を狙いました。

白鳥選手がサーブレシーブ、石島選手がトス、白鳥選手がスパイク。
バレーボール選手の時は、エースとして得点を決めることが役割だった石島選手が丁寧にトスを上げて、得点を“アシスト”。何度も見せたこの姿が石島選手の進化であり白鳥選手と二人三脚で作り上げてきたプレーの象徴でした。



石島選手
「前回も今回も1勝もできなかったが、今回の方が充実感がある。僕自身まだ成長を感じるし、燃え尽きたものはない。情熱が続く限り続けたい」

パートナーへの思いを聞かれると涙を浮かべました。

「決して順風満帆ではなかったところに救いの手を差し伸べてくれて、一緒に戦ってくれた白鳥選手には感謝しかない」

ともに戦ってくれた同志への感謝を胸に。そして、「Gottsu」のコールの中、オリンピックでの初勝利を目指し、これからも歩みを進めていきます。


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