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照ノ富士の横綱昇進正式決定 令和初 横綱誕生は4年半ぶり

2021-07-21 午後 01:48

  

大相撲名古屋場所で好成績を挙げた大関 照ノ富士が正式に横綱に昇進し、昇進を伝える使者を迎えた口上で「『不動心』を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と決意を述べました。 (動画は照ノ富士の口上です。データ放送ではご覧になれません)。


日本相撲協会は21日午前、9月の秋場所に向けた番付編成会議と臨時の理事会を都内で開き、照ノ富士の横綱昇進を正式に決めました。

これを受けて、相撲協会の使者2人が照ノ富士が所属する東京 江東区の伊勢ヶ濱部屋を訪れ、照ノ富士に横綱への昇進を伝えました。

これに対し、照ノ富士は口上で「謹んでお受け致します。『不動心』を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と決意を述べました。

横綱の誕生は、平成29年初場所後の稀勢の里以来、4年半ぶりで令和では初めてです。

照ノ富士はモンゴル出身の29歳。

平成27年夏場所後に大関に昇進したあと、ひざのケガや糖尿病などの影響で一時、序二段にまで番付を下げましたが、たゆまぬ稽古で再び土俵に戻り、最高位にまで上り詰めるという過去に例のない劇的な復活を果たしました。

外国出身の横綱は、平成26年に昇進した鶴竜に次いで7人目となります。


大関昇進も幕下以下に陥落 去年7月場所 およそ5年ぶりとなる優勝


照ノ富士はモンゴル出身の29歳。

来日後は強豪の鳥取城北高校に入学し、その後、間垣部屋に入門しました。

平成23年5月の技量審査場所で若三勝のしこ名で初土俵を踏み、間垣部屋の閉鎖に伴って伊勢ヶ濱部屋に移籍したあと、しこ名を今の照ノ富士に改めました。

体重およそ180キロの体格を生かした力強い四つ相撲でぐんぐん番付を上げ、平成26年の春場所に新入幕を果たし、関脇だった平成27年夏場所に12勝3敗で初優勝しました。

初土俵から25場所目での優勝は、年6場所制となった昭和33年以降、幕下付け出しの力士を除いて歴代3位のスピード記録で、場所後に大関に昇進し、横綱候補として期待されました。

しかし、ひざのケガや糖尿病などから稽古のできない状態となり、平成29年名古屋場所から4場所連続で休場し、その年の九州場所で2年間務めた大関の地位から陥落しました。

さらに平成30年夏場所からも5場所連続で休場し、おととしの春場所には序二段にまで番付を下げました。

大関経験者が幕下以下に陥落するのは昭和以降では初めてのことで一時は引退も考えました。

それでも師匠の伊勢ヶ濱親方に説得されて思いとどまり、ケガや病気の回復に伴って少しずつ稽古を再開し、再び番付を上げていきました。

前頭17枚目「幕尻」で幕内に復帰した去年7月場所にはおよそ5年ぶりとなる優勝、関脇で臨んだことし3月の春場所も制しました。

そして21場所ぶりに大関に復帰した5月の夏場所では4回目の優勝を果たし、綱とりに挑んだ名古屋場所は14勝1敗の好成績を挙げていました。


照ノ富士が口上「『不動心』心がける」


第73代横綱に昇進した照ノ富士は、昇進を伝える使者を迎えた口上で「謹んでお受けいたします。『不動心』を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と決意を述べました。


横綱の昇進 過去の口上


日本相撲協会の使者が横綱昇進を伝える伝達式の際、力士は「口上」を述べて横綱としての決意を示します。

最近の「口上」では、四字熟語が用いられることが多くなっています。

22回の優勝を果たした貴乃花が平成6年に横綱に昇進した際は「不撓不屈の精神で、力士として相撲道に不惜身命を貫く所存です」と口上を述べました。

『不撓不屈』は貴乃花が大関昇進の口上でも用いたことばで「どんな苦労や困難にもくじけないこと」を意味し、『不惜身命』は、「身や命をささげて惜しまない」という意味のことばです。

また、貴乃花の兄の若乃花が平成10年に昇進した際は「堅忍不抜の精神で精進していきます」と口上を述べました。

『堅忍不抜』は「どんなことがあっても心を動かさず、我慢して耐え忍ぶ」という意味のことばです。

モンゴル出身の横綱も過去に口上で四字熟語を用いました。

平成15年に朝青龍が横綱に昇進した時は「横綱として相撲道発展のため『一生懸命』頑張ります」と口上を述べました。

平成19年の白鵬は「精神一到を貫き、相撲道に精進します」と口上を述べました。

『精神一到』は「精神を集中すればどんなことでも達成できる」という意味です。

また、日馬富士は大関に昇進した時にも使った『全身全霊』ということば、鶴竜は朝青龍と同じ『一生懸命』という四字熟語を使いました。

一方で四字熟語を使わないケースもありました。

平成29年に昇進した稀勢の里は「横綱の名に恥じぬよう精進いたします」という口上でした。

また照ノ富士の師匠の伊勢ヶ濱親方は旭富士として横綱に昇進した際に「横綱の名を辱めぬように全力を尽くして努力、精進し、健康に注意しながら心技体の充実に努めます」と述べていました。


照ノ富士「みんなの見本になるような横綱に」


照ノ富士は、伝達式のあとの会見で「頑張ってきてよかったなと思います。目指しているのは、いちばん上の地位だということは入門当時も、落ちたときも思っていたことですし、やるなら徹底的にやると心の奥で考えていました」と心境を話しました。

また伝達式で、「『不動心』を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べたことについては、「いろんなことがあったけれど何事にもぶれない精神を持ってこれからも頑張っていきたいという思いです。横綱という地位は、協会の看板を背負って立っているので、どういう生き方をすべきかを考えて口上に入れました」と説明しました。

そして、「今まで通りでは絶対だめですから、みんなの見本になるような横綱でいたい。人のまねをするのではなく、自分がどういう人か、横綱という地位はどういう地位か、ちゃんと親方に教わって、これからも精進していきたいと思います」と、最高位を務めていく決意を話しました。

さらに「一息つけそうか」という質問に対しては、「一息つくとたるんでしまう。常に毎日、毎日、頑張っていきたいです。まだ自分の中で足りない部分もたくさんあるので、そういうことを理解して磨いていきたい」と、自分に厳しい姿勢を貫いていました。


伊勢ヶ濱親方「ぶれずにやってほしい」


照ノ富士の師匠で元横綱・旭富士の伊勢ヶ濱親方は「ここまで来たなという感じですね。本人ができることをやるしかないですからぶれずにやってほしいし、横綱というのはこうだと認識して頑張ってほしい」と弟子への期待を話しました。

照ノ富士は苦しい時期に師匠をはじめ周囲の支えが大きかったと話していますが、伊勢ヶ濱親方は「本人の頑張りです。周りが支えても本人がやらないとどうしようもない。できることを限られた中で最大限やる、1日、1日、その積み重ねです」と本人の努力をたたえました。


八角理事長「綱の重みをしっかりとかみしめて」


日本相撲協会の八角理事長は照ノ富士の横綱昇進を受けて、みずからも横綱を務めた経験を踏まえ「横綱は大関にはないものを求められ、今まで以上に多くの期待や重圧と戦わなければならないと思うがこれからもその強い精神力と今までの経験を糧に乗り越えていってほしい。綱の重みをしっかりとかみしめて、立派な横綱になってくれることを期待している」とコメントしています。


精神面での成長で横綱に


持ち味の豪快な相撲だけでなく、随所に見せてきた“冷静さ”。

技術面に加えて精神面でのいっそうの成長が照ノ富士に横綱昇進をもたらしました。

名古屋場所で、日本相撲協会の八角理事長や審判長を務めた親方は、照ノ富士の相撲について「落ち着いている」、「冷静だ」と高く評価していました。

それが特に際立っていたのが4日目と13日目の取組。

4日目の前頭筆頭、大栄翔との一番では、押し込まれて俵に足がかかりながらも、慌てず圧力をかけて寄り切りで逆転勝ち。

13日目の正代との大関どうしの取組では土俵際まで攻め込まれましたが、すぐに体勢を立て直し最後は押し出しで勝ちました。

大きなプレッシャーがかかるはずの場所でも落ち着いて白星を重ねました。

念願の横綱昇進の大きなチャンスを目の前にしても平常心を貫くことが出来るのは、ケガや病気の苦い経験で培われた強い精神力に一番一番へのたゆまぬ努力があるからでした。

6年前、平成27年夏場所後に23歳で大関に初めて昇進したときには、近い将来の横綱候補として期待する声にあふれていましたがひざのけがで2年余りで大関から陥落。

糖尿病の影響も重なり休場が相次ぎ、一時は引退を考えながらも周囲の支えと懸命のリハビリで現役続行の道を選びました。

5場所ぶりの復帰の舞台は、おととしの春場所。

この時は序二段にまで番付を下げていました。

照ノ富士は大関として初めて優勝した夏場所千秋楽のあと「復帰した最初の相撲を超える緊張なんてない。もう、一生緊張することはないんじゃないか」と当時を振り返りました。

会場に観客がほとんどいない時間帯に周囲が想像し得ないほどの緊張感で、土俵に上がっていたのです。

「いつ辞めてもおかしくない覚悟の上で最後かもしれないという思いでやっている」と夏場所の千秋楽翌日には、一番、一番の土俵にかける決意を明らかにしていました。

部屋では関取衆との稽古に励むのはもちろん、筋力トレーニングなどの基礎運動にもたっぷりと時間を費やしてきました。

場所前の6月には重りやゴムチューブを使ってさまざまな動きを試したほか、相撲を取る稽古でも大粒の汗を流し続けました。

稽古のあとには「いざという危ない場面になったら、やっぱり稽古場でやったことしか場所で出ない。“平和な時に汗を流す”ことが一番、大事なんじゃないかと思う」と心構えを話していました。

以前は、相撲に荒々しさが見られた照ノ富士。

どん底からはい上がって持ち前のパワーに冷静な「心」が加わり、ついに最高位“横綱”に上り詰めました。

21日の横綱昇進伝達式の口上で述べた『不動心』については「いろんなことがあったが、何事にもぶれない精神を持ってこれからも頑張っていきたい」と話しました。

第73代横綱・照ノ富士、口上のように変わらぬ強い精神力でひたむきに相撲を取り続けることが期待されています。


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