衆議院東京15区補欠選挙 諸派 新人が「自由妨害」で警告

28日投票が行われた衆議院東京15区の補欠選挙で、警視庁は文書掲示の違反などあわせて6件の警告を出しました。
このうち諸派の新人がほかの陣営の演説を妨害したとして、選挙の「自由妨害」で警告を受けました。
候補者が「自由妨害」で警告を受けるのは極めて異例です。

警視庁によりますと、今回の衆議院東京15区の補欠選挙で、公職選挙法違反にあたるとして出した警告はあわせて6件でした。
このうち、演説の自由を妨害した「自由妨害」の警告が1件ありました。
捜査関係者によりますと、「自由妨害」の警告を受けたのは政治団体「つばさの党」の新人、根本良輔氏やこの団体の黒川敦彦代表など3人です。
告示日の今月16日、JR亀戸駅前でほかの陣営の演説にかぶせるようにおよそ50分間にわたって拡声機を使って演説したり、車のクラクションを鳴らしたりして演説を聞き取れないようにしたことが選挙の「自由妨害」にあたると判断されたということです。
捜査関係者によりますと、候補者が「自由妨害」で警告を受けるのは極めて異例だということです。
このほか、禁止された場所に「のぼり旗」を立てるなどした「文書掲示」が4件、時間外にビラを配った「文書頒布」が1件でした。

今回の選挙戦では、候補者の1人がほかの候補者の演説会場を訪れて拡声機などを使って質問や批判を繰り返し、各陣営が対応に追われる事態となりました。
告示日の今月16日、諸派の新人として立候補した根本良輔氏(29)は、所属する政治団体「つばさの党」の黒川敦彦代表とともに別の候補者が演説をしているJR亀戸駅前に姿を見せました。
無所属で立候補した乙武洋匡氏や応援にかけつけた政党の幹部らが聴衆に向けて政策などを訴えるなか、拡声機を使って発言を続けました。
電話ボックスの上にのぼって声をあげる一幕もあり、周辺は一時騒然となりました。
その後も連日、ほかの候補者たちの演説会場を訪れては、大きな音量で発言を繰り返しました。
今月26日には立憲民主党から立候補した酒井菜摘氏の陣営が街頭で演説をしているのを見つけると、同じ場所で拡声機や選挙カーのスピーカーを使って批判などを繰り広げました。
根本氏らはこうした様子をインターネット上でライブ配信し、ほかの候補者の演説予定をSNSを使って把握していることなども明らかにしていました。
こうした行為を受けて、各陣営は街頭演説の日程をSNS上で公表することを控えたり、演説会場を急きょ変更したりするなど対応に追われました。

今月26日に江東区で行われた街頭演説の会場にいた30代の女性は「家の中まで大きな声が聞こえてきたので何事かと思いました。率直に、どうしてこのようなことをするのかと思います。もう一方の候補者の声が聞こえないので、投票の判断材料にはならず、残念です」と話していました。
また、64歳の有権者の男性は「本来なら政策を議論すべきですが、こういった行為は選挙を冒とくしていますし、本来の選挙戦ではなくなってしまっていると思います」と話していました。

ほかの候補者たちからは“選挙妨害だ”とする声があがりました。
立憲民主党から立候補した酒井菜摘氏は「危険を感じるような場面もあり本当に怖かった。演説の日時を公表できず区民に訴えを届けられなかったことが申し訳ない」と述べました。
日本維新の会から立候補した金澤結衣氏は「前代未聞の状況で民主主義の根幹が覆される許しがたい状況だった。公職選挙法の見直しや地域の皆さまに迷惑がかからない選挙のやり方を議論したい」と話していました。
無所属で立候補した乙武洋匡氏は「各候補者の主張を聞く有権者の権利が奪われてしまったことは非常に残念で許しがたい。今の法律上、あのような行為を是認せざるを得ないなら何らかの法改正をしていくべきだ」と述べました。

根本氏は今月25日に会見し、ほかの候補者に対する行動について「国政政党が信用できないから政治活動を始めた。このままでいいのかと問いかけるために質問をしに行っているだけで、暴力的なことをするつもりはない」と説明しました。
また、政治団体「つばさの党」の黒川敦彦代表は「国民に与えられた権利である表現の自由の範囲内で正々堂々と批判している。それを派手にやっているだけだ」と主張し、警視庁による警告は権力の乱用だとして東京都に賠償を求める訴えを起こしたと述べました。

憲法学が専門の北星学園大学経済学部の岩本一郎教授は、街頭演説は民主主義の根幹をなす「言論の場」であり、その場を壊す行為は表現の自由の範囲を超えていると指摘します。
岩本教授は「お互いに意見を交換し議論するという意味で、街頭演説は民主主義にとって極めて重要な活動でヤジも含めて政治的な発言として尊重されるべきです。ただ街宣車などを使って通行を妨げたり、他の候補者の発言を聞き取りにくくさせたりする行為は悪質性が強く、表現の自由として保障されるかどうか疑問です」と話しています。
今回の選挙では候補者が演説日程を事前に告知にしなかったり、演説を中止したりするケースも出ていて、岩本教授は「候補者に大きな萎縮効果をもたらす行為です。有権者が候補者や政党の声を聞きたくても聞けないとなれば国民の知る権利や、表現の自由を制約する要因になります」と指摘します。
そのうえで、「候補者の発言内容に国が規制をかけるのは適切ではないですが、行き過ぎた妨害行為については線引きの基準を設け規制が必要になると思われます。参加と討議が行われる場を守れるかどうかが、民主主義を維持できるかどうかの鍵になります」と話していました。

公職選挙法に詳しい日本大学法学部の安野修右専任講師は、今の法律の規定は紳士的に選挙運動を行うことを前提にしていて時代に合った改革が必要だと指摘しています。
安野専任講師は、候補者がほかの候補者の街頭演説の場に出向いて大音量で発言する行為について「どこまでが表現の自由でどこまで選挙妨害かは個々の事例によって判断するしかなく、その線引きは本当に難しい。ただ、これまでも偶然、演説場所がかぶることはあったが、故意にやるケースが出てきた」と指摘します。
選挙の自由を妨害する行為について罰則を定めた公職選挙法の規定については、「暴行や傷害などはそもそも犯罪行為だが、それを選挙に関して行った場合さらに厳しい罰則を科すものと理解できる。一方、演説がかぶっているからといって直ちに排除をすることは取り締まり機関もなかなかできない」と指摘しています。
そのうえで、「紳士的に選挙運動をやっていくという、公職選挙法の前提そのものが、現実的にかなり難しくなっている。取り締まりを強化しても、この法律を運用しているかぎり同様の行為はおそらくおこり続けると思うので、様々な法規を再点検し、時代に合うような抜本的な改革が必要だ」と話していました。

議会のデジタル化や選挙に詳しい東北大学大学院の河村和徳准教授は、“選挙妨害”をめぐり議論になっている背景にインターネットを通じた選挙活動の変化をあげています。
河村准教授は「2013年にネット選挙が解禁された時にはホームページやSNSへの投稿が中心だったが近年は動画が容易に配信できるようになった」といいます。
そして、「インターネット選挙に反応しやすい都市部の選挙では、過剰や過激な発言など、他者と差別化したいために強めの言葉を使って動画に撮って拡散させるスタイルが強くなる」と指摘しています。
一方で、表現の自由の観点から活動の線引きは難しいとしたうえで、「ネット選挙の解禁から10年以上たって見直す時期に来ていると思う。どうすればより良いことができるのか、誹謗中傷を含めて監視できるのか。本格的に考えなければならない。プラットフォームに対しても選挙の動画の視聴回数を収益に還元させないなどの取り組みが必要だ」と話していました。