神奈川 厚木 立体駐車場火災 「フラッシュオーバー」現象か

ことし8月、神奈川県厚木市のパチンコ店の立体駐車場で150台以上の車が燃えた火事でNHKは現場の駐車場の内部を店の許可を得て初めて撮影しました。
映像を分析した専門家は1台の車から発生した火災が炎や煙の熱によって駐車場全体に一気に燃え広がる「フラッシュオーバー」と同じような現象が発生した可能性があると指摘しています。

ことし8月20日、厚木市にあるパチンコ店「マルハン厚木北店」の立体駐車場で火事があり、けが人はいませんでしたが、2階を中心にあわせて152台の車が燃えました。
NHKは先月11日、店の許可を得て駐車場の内部を初めて撮影しました。
その映像を火災や事故の鑑定を行っている民間の会社「法科学鑑定研究所」の冨田光貴研究員など複数の専門家に分析してもらいました。
2階に残る112台の車は、窓ガラスやタイヤのゴムが焼けて鉄の骨組みだけになり天井を支える柱も曲がっていて、冨田研究員は現場は600度から800度の高温になっていたと分析しています。
さらに情報公開請求で入手した現場の駐車場の図面に被害の状況を照らし合わせると、駐車場の中央付近に止まっていた火元の車から風下に向かって天井の損傷が激しく、風下にある車は車種や色が分からなくなるほど焼けていたことがわかりました。
冨田研究員は火元の車から天井に届いた炎や煙の熱が天井を伝って風下に広がり、熱せられたほかの車が燃えて火災が連鎖するように一気に駐車場全体に広がった可能性があると指摘しています。
これは室内の一部で発生した火災が短時間に部屋全体に燃え広がる「フラッシュオーバー」と同じような現象とみられるということです。
冨田光貴研究員は「室内のように密閉された環境ではないので一気に周囲が高温になることはあまりないが、今回は屋外で空気が通る状況だったにも関わらず炎や煙を外に逃がすことができず火災が拡大したと考えられる」と指摘しています。

火事のあったパチンコ店でマネージャーをしている男性従業員がNHKの取材に応じ、当時の状況について証言しました。
従業員は火災報知器が鳴ったため事務所から立体駐車場に向かったということです。
従業員は「駐車場の階段をのぼって2階にあがったところ、遠くに黒煙が見えた。通路を進んでいくと、駐車場の中央に止めてあった車のボンネットから火が出ていたのが見えました」と話していました。
火が出た車の消火を試みようとしましたが、大きな爆発音が聞こえて断念したということです。
従業員は「移動式の消火設備のホースを引き出して消火に向かうときに『ボン』とかなり大きな爆発音が鳴りました。半年に1回の訓練で消火の手順は把握していましたが、このような火事は体験したことがなく、恐怖を感じました。『初期消火は無理だ』と思えるくらいの爆発でした」と話していました。
その後の対応については、「応援の従業員を呼んで手分けをして、車の中に残っている人がいないかを確認したり、避難誘導したりしました。『どうしたらいいのか』と正直混乱しました」と振り返りました。

厚木市消防本部は、これまでの会見などで火事の状況を次のように説明しています。
ドライブレコーダーの映像から、火が出たのは8月20日の午後2時40分ごろ、火元の車が駐車場の2階の中央付近に停車してからまもなくでした。
消防は、火元の車については、比較的製造が新しいディーゼル車で、エンジンの下の部分から火が出たということですが、詳しい出火原因については調査中だとしています。
午後2時46分ごろ、「車が燃えている」という通報があり、消防がおよそ10分後に現場に到着すると、2階はすでに煙が充満していたということです。
152台もの車に燃え広がったことについて、消防は、8月22日の会見で複数の要因が重なったことが考えられると説明しています。
1つ目は初期消火ができなかったことをあげています。
立体駐車場には消火器など消防法で求められている設備はすべて備え付けられていましたが店の従業員は火元の近くまで向かったものの、爆発音が聞こえたことから断念したということです。
2つ目は、車が密集した状態であったことや開放性のある駐車場で空気が供給されやすいことから、風下にある多くの車に火が回るスピードが早かったと考えられるとしています。
また、その後の取材に対し、天井があることで熱が外に逃げず、高温な環境になった結果、タイヤなど比較的燃えやすい車の部品や燃料のガソリンなどが燃え始めたのではないかとしています。
厚木市消防本部はことし12月にも火事の詳しい原因について公表する予定です。

国土交通省によりますと、今回火災が起きた自走式の立体駐車場が全国にどれくらいあるか正確な数は把握できていないということですが、駐車場の製造メーカーで作る「日本自走式駐車場工業会」に加盟する企業がこれまでに作った駐車場だけでも国内におよそ1万か所にのぼるということです。
工業会によりますと、短い期間で施工でき、費用を安く抑えられることが特徴で、商業施設や病院などに併設されることが多いということです。
壁で完全に塞がれていない開放された構造のため、火事が起きた際、煙が外に抜けて駐車場内に充満せず、大規模な火災が起きづらいとされていることなどから、消防法上は火災を覚知すると自動で作動する消火設備やスプリンクラーの設置義務はありません。
工業会によりますと、立体駐車場の火災を想定した実験では1台の車から出た火が周りの2台に燃え移るのに30分ほどかかり、これまでに今回のような大規模な火災は把握していないということです。
日本自走式駐車場工業会は「150台以上の車が燃えたケースは珍しく、今回の火事の詳しい原因がわかれば、消防庁と相談しながら消火設備などについて対策を検討したい」と話しています。

火災が起きた立体駐車場には発生から2か月余りたった今も多くの車が残されたままになっています。
ことし9月5日には、走行が可能な数十台の車をクレーン車を使って駐車場の外に移動させる作業が行われましたが、最も多くの車が燃えた2階にはいまも112台の車が残っています。
いずれも全損の状態だということで、店側は、1台1台の車について所有者の承諾を得ながら車の廃棄処分を進めるとしています。
車の廃棄費用は、5万円から10万円ほどかかるということですが、店が全額負担する方針だということです。
所有者から承諾が得られた車から撤去を始めるとともに、駐車場の取り壊しも行い営業を再開したいとしています。
一方、被害にあった車の補償については車の所有者が加入している車両保険での対応になると説明しています。
マルハン厚木北店の磯部友彦店長は「お客様の了承を得て一つ一つ問題をクリアしながら最終的には元通りに営業できるように努力していきたいです」と話していました。

152台の車が燃えた今回の火災を受けて、総務省消防庁は、有識者をまじえた検討会などの場で、被害が拡大した原因を調べながら立体駐車場の消火設備のあり方について検討したいとしています。
消防庁は火災のメカニズムに詳しい有識者などで作る「予防行政のあり方に関する検討会」を平成18年から開催して、さまざまなテーマについて議論を進めています。
消防庁によりますと、海外では最近、駐車場で大規模な火災が起きていて、先月にはイギリス・ロンドン近郊にある空港の駐車場で1200台ほどの車が被害を受けたということです。
また、2020年にはノルウェーの空港の駐車場で200台から300台ほどの車が焼損し、建物の一部が倒壊したほか、2017年にはイギリス・リバプールの駐車場で起きた火事で1400台以上の車が被害を受けたということです。
消防庁では、検討会の場などで、国内外の立体駐車場の火災の事例や実験のデータをもとに厚木市の火災の原因を調べたいとしています。
そして、立体駐車場における消火設備のあり方についても検討したいとしています。
火災のメカニズムに詳しい東京理科大学の関澤愛教授は「海外で起きる対岸の火事だと思っていたのが、必ずしもそうでなくなったというのが今回の火災で突きつけられた課題だ」と指摘しています。
そのうえで、「駐車場の火災自体は減少していて、危険性が増しているわけではないが、国内でも似たようなケースが発生しないとも限らないということを前提に対策を検討すべきだ」と話しています。