入管施設でのカメルーン人男性死亡 国に賠償命じる 水戸地裁

8年前、茨城県牛久市の入管施設に収容されていた、43歳のカメルーン人男性が死亡したことをめぐり、適切な医療を受けさせていなかったなどとして遺族が国に1000万円の賠償を求めていた裁判で、水戸地方裁判所は「入管施設の職員らの注意義務違反の程度は決して軽いとは言えない」と指摘し、国に対し165万円の賠償を命じました。

2014年3月、茨城県牛久市の入管の収容施設「東日本入国管理センター」に、収容されていた43歳のカメルーン人男性が死亡し、男性の母親は「不調を訴えていたのにも関わらず速やかに救急搬送などを行わず適切な医療を受けさせなかった」などとして国に対して1000万円の賠償を求めていました。
これに対し、国は、専門的な知識のない職員が救急搬送の必要性があると認識するのは難しかったなどとして訴えを退けるよう求めていました。
16日の判決で、水戸地方裁判所の阿部雅彦裁判長は「死亡する前日の夜、男性は苦しげな様子を見せ、『アイムダイイング』死にそうだ、などと繰り返し叫んで訴えていて、その時点で救急搬送を要請すべきだった」としたうえで、「翌朝、心肺停止の状態で発見されるまで救急搬送を要請しなかった過失があると認められる」と指摘しました。
また、入管の対応と男性の死亡との因果関係については認めませんでしたが、救急搬送され医療機関で手当てを受けていれば延命の可能性はあったとしました。
そして、「職員らの注意義務違反の程度は決して軽いものとは言えない」として、165万円の賠償を国に命じました。

裁判の主な争点と、水戸地方裁判所が16日の判決で示した判断を整理しました。
【注意義務と過失の有無】
1つ目は、入管施設の職員に、亡くなる前日の夜に男性を医療機関に救急搬送するべき注意義務があったかどうかです。
まず、判決では、入管施設の職員は収容された人の生命・身体の安全や健康を保つために適切な医療措置を取るべきだと指摘しました。
そのうえで、男性が死亡の1か月前から胸の痛みを医師に訴えて薬を処方されるなどしていたことを考慮すれば、死亡する前日の夜、「アイムダイイング」などと繰り返し声を発しながら30分以上にわたって苦しみや痛みを訴えたとき、救急搬送を要請して速やかに医療措置を受けさせるよう判断するべきだったとし注意義務を怠ったと判断しました。
【注意義務の違反と救命可能性】
2つ目は、職員が注意義務を怠ったことと、男性が死亡したこととの関係についてです。
この点について判決では、男性が苦しみを訴えた時点で職員が救急搬送を要請していたとしても男性の容体が悪化した原因が不明であることなどから、救命できたかどうかは不確実だとして、死亡との間に直接の関係は認められないとしました。
一方で、男性が速やかに救急搬送されていれば、原因が特定されていなくても症状に応じた医療的な措置を受けることができたとして、ある程度、延命できた可能性はあったと認定しました。

判決のあと、弁護団は記者会見を開きました。
弁護団長を務める児玉晃一弁護士は「国の責任を認めたことは、高く評価したい。裁判長は入管に救急搬送の義務があり、それを怠ったことを非常に厳しい口調で指摘していたが、画期的な判断だったと思う」と述べました。
一方で、判決で国の過失と死亡との直接の関係を認めなかったことについては、「どこまで立証すれば死亡との関係が認められるのか、という感じだ。国の施設で亡くなった人について、国が死因がわからないとしてしまえば『おとがめ無し』になってしまうのではないか」と述べて不服だという考えを示しました。
控訴するかどうかは、男性の遺族と話して決めたいとしました。

弁護団の会見では亡くなったカメルーン人男性の遺族の今回の判決を受けたコメントが読み上げられました。
このなかで遺族は訴えの一部が認められなかったことについて納得がいかないとしたうえで「愛する家族がまさか日本の国の施設内で見殺しにされるとは思っていませんでした。病院に行けずに死亡したのですから国に全面的な責任があるのではないでしょうか」としています。

今回の判決を受けて「牛久入管収容所問題を考える会」の田中喜美子代表は「入管側の職員の対応に対して責任を認めたことは大きな一歩であると思う」と話していました。
一方、判決で国の過失と死亡との直接の関係を認めなかったことについては、「病気を持っていたにも関わらず誰もいない医務室で、1人ベットに寝かされていたというのはとんでもない問題で、この時点で病院に搬送されていればこんな結果にならなかったと思う」と話しました。
そのうえで、田中さんは「入管施設は、人の自由を制限するのであれば、真摯に対応しなければならないと思う」と話していました。

8年前、茨城県牛久市の入管施設に収容されていた、43歳のカメルーン人男性が死亡したことをめぐり、施設の対応に過失があったとして国に賠償を命じる判決が言い渡されたことを受けて去年、名古屋市の入管施設で体調不良を訴えて亡くなったスリランカ人の女性の遺族は「賠償されても命が戻るわけではなく収容中にこのようなことが2度と起きないように、制度を変えていく必要がある」と述べました。
去年3月、名古屋市の入管施設で収容中に体調不良を訴えて亡くなったスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん(33)の遺族は「入管は仮放免を認めず違法に収容を続けたうえ、体調が悪化しても必要な医療を提供しなかった」などとして、国に1億5000万円余りの賠償を求める訴えを名古屋地方裁判所に起こしています。
16日の判決を受けて来日している2人の妹がNHKのインタビューに応じ、このうち上の妹のワヨミさんは「今回、賠償が認められうれしいです。姉のケースと似ており、姉の裁判の結果にもつながるのではないかと思います」と話しました。
一方、下の妹のポールニマさんは「賠償されても命が戻るわけではなく収容中にこのようなことが二度と起きないように、制度を変えていく必要があると感じます。カメルーン人の男性が亡くなった後、姉は亡くなっていて、入管は同じことを繰り返しています」と訴えました。
また、ウィシュマさんの収容中の様子を写した映像が遺族や代理人の弁護士など一部にしか開示されていないことに触れ、「カメルーン人の方がベッドの上で苦しんでいる状況をビデオで私も見ました。姉のビデオもみなさんに自分の目で見てもらうことで再発防止につながると思います」と話しました。

ウィシュマの遺族の代理人を務める指宿昭一弁護士は、今回の判決を受けて、「ウィシュマさんの事件では入管は救急搬送しなかったことはしかたがなかった、間違っていなかったと主張しています。しかしそれが間違いだということがきょうの判決で明らかになったと思います。このあたりまえのことを当時入管が認めていれば同じ事件はおこらなかったはずで、ウィシュマさんも命を失うことはありませんでした。そのことが残念です。今からでも入管はこの判決を受け止めて速やかに改善をはかるべきです」とコメントしました。

判決について、出入国在留管理庁は「判決の内容を十分に精査し、適切に対応いたします」とコメントしています。

出入国在留管理庁によりますと、収容施設での医療対応をめぐる訴訟は各地で起こされています。
去年1月には、長崎県の大村入国管理センターに収容されていた38歳のネパール人の男性が太ももにけがをしたのに適切な治療を受けられず、股関節の一部が「壊死」するなど症状が悪化したとして、国を相手取り損害賠償を求める訴えを起こしました。
また、去年6月には、福岡出入国在留管理局の施設に収容されていた67歳の中国人の男性が、脳梗塞と診断されたにもかかわらず、病院での受診がすぐには認められないなど、適切な対応がとられずに多機能不全で死亡したとして男性の娘が国におよそ3000万円の損害賠償を求める訴えを起こしました。
ことし3月には名古屋出入国在留管理局の施設で収容中に亡くなったスリランカ人の女性、ウィシュマ・サンダマリさん(33)の遺族が体調が悪化していたウィシュマさんに対し、入管が必要な医療を提供せずに死亡させたとして、国に1億5000万円余りの損害賠償を求める訴えを起こしています。

名古屋市にある入管施設に収容されていたスリランカ人の女性が亡くなったことを受けて、出入国在留管理庁は常勤の医師を確保するなど医療体制の強化を進めています。
去年3月、名古屋出入国在留管理局の施設に収容されていたスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん(33)が体調不良を訴えて死亡した問題では、出入国在留管理庁が適切な治療を行う体制が不十分だったなどとする最終報告書を公表しました。
このなかでは、当時、週2回、1回2時間勤務の非常勤の医師しか確保できておらず、ウィシュマさんが死亡した当日は不在だったことに触れ、常勤医の配置を含む改善策を示しました。
出入国在留管理庁では体制の強化を進めていて、去年3月時点で施設内で医療を提供することになっている全国に6か所ある収容施設のうち常勤の医師がいるのは、長崎県にある大村入国管理センター1か所でしたが、現在は4か所になっています。
一方、名古屋出入国在留管理局を含む2か所は、常勤の医師を確保できておらず、非常勤の医師で対応しているということです。
出入国在留管理庁は「医師の待遇面を改善したり、兼業を可能とする法整備を進めたりして安定した医療体制を構築していきたい」と話しています。