礼文島の漁業と海守る! トドと向き合う最年少ハンターに密着

礼文島では、冬になるとロシアからトドが南下し、タラなどの魚を漁師が仕掛けた網ごと食い荒らしています。道によると、令和4年度のトドによる漁業被害額はおよそ8億円。礼文島では、国が定めている管理基本方針のもとでトドの駆除や調査が続けられています。「礼文島の海を、北海道の海を守りたい」。礼文島の最年少ハンターとして活動を始めた、地元漁師の思いとは。(報告 NHK稚内支局 奈須由樹)

【若き漁師が猟銃免許を取得した理由】
礼文島の漁師・向井辰太朗さんは、島にいる20人ほどの“トドハンター”の中で最年少の23歳。
ハンターとなって2年目ですが、腕前は、島の中で、すでにトップクラスだと地元では言われています。
向井さんは、中学校卒業後、すぐに漁師となり、特産のホッケやタラの漁を続けてきました。
毎年、冬になると目の当たりにしてきたのは、トドが魚を網ごと食い荒らす姿です。
年々、深刻化する漁業被害。
向井さんは、猟銃免許を新たに取得した理由について、こう話してくれました。
(礼文島の漁師 向井辰太朗さん)
「網を巻いているときに目の前でトドにタラとか食われるのが、おもしろくなくて。トドを1頭でも駆除して、礼文島の海、北海道の海を守りたい」。

【宗谷地方にトドが集中増える漁業被害】
礼文島から東へ70キロほどの弁天島。
道が調査のために、ドローンを使って撮影した映像には、大量のトドが記録されていました。
研究機関の担当者は、海洋環境の変化などでトドが宗谷地方に集中するようになったといいます。
(道総研稚内水産試験場 後藤陽子 研究主幹)
「海洋環境の変化で、餌が宗谷地方に集中的に分布する時期があった。トドの分布が北に集中することで、宗谷地方の漁業被害がひどくなってきている」。

【トドには学習能力駆除へのためらいも】
2023年12月20日。
礼文島から向井さんの漁船が出港しました。
およそ1時間半後、向井さんは泳いでいる5頭ほどのトドの群れを見つけましたが、なかなか追いつくことができなかったと言います。
それはなぜか?“トドの学習能力が高い”からでした。
「トドは船のエンジン音や猟銃の火薬のにおいに反応して水中に潜り数百メートル先に逃げることもある」と向井さん。
そのため、トドが泳ぐルートを予測して先回りしましたが、ここでは、猟銃を使うことはありませんでした。
(最年少ハンター 向井辰太朗さん)
「猟銃の照準があったのは、群れの中で一番小さいトドだった。俺らは、できれば大きなトドを狙う。命を奪うには、責任がある」。
このあと、向井さんは、岩場にあがっている大きなトドを見つけたため、漁船を操作しながら、ゆっくり近づき、今度は駆除したということでした。
水産庁が定めた管理基本方針のもとで頭数を決めて進められているトドの駆除。
目的は絶滅の危険性がない範囲で漁業被害を最小化することです。

【駆除したトドは道の研究機関が調査】
向井さんは、駆除したトドを、捕獲した場所や群れの情報などと一緒に、道の研究機関に提供しています。
これまでの調査では、胃の中から、タラなどの魚が数十キロ出てくるだけでなく、網などの漁具が出てくることもありました。
道によると、令和4年度のトドによる漁業被害およそ8億円のうち、漁具の被害は2億円ほど。
こうした調査は被害の軽減に欠かせないと、研究機関の担当者は考えています。
(道総研稚内水産試験場 後藤陽子 研究主幹)
「自分たちで生物標本(=トド)を集めることはほぼ不可能ですので、ハンターの協力がなくてはこの事業は成り立たない。みなさん善意で協力してくれていて、トドの生態解明に協力していただいていることを知ってもらいたい」。

【漁師として礼文島の海を守っていく】
2024年1月。
ふたたび礼文島を訪れると、向井さんは早朝3時にタラ漁に出ていました。
港に戻ってきたのは、午前11時半ごろ。
水揚げや網の整備などが終わるころには、午後3時を過ぎていました。
しかし、その後、向井さんはトド駆除のため、ふたたび1人で海に向かいました。
この日はトドを見つけることはできませんでしたが、帰ってきた時には、午後5時を過ぎていました。
トドハンター歴30年の先輩漁師は、礼文島で最年少のハンター向井さんに、期待を寄せています。
(礼文島猟友会 佐々木清二 会長)
「向井さんは、若くて体力もあるし一生懸命で腕もよくて、やる気がある。これからは若い人が礼文島の海を守っていってほしい」。
礼文島では、先輩の漁師たちが“トドハンター”としての役割も、受け継いできました。
向井さんは、これからも地元の漁業と海を守るため、トドと向き合い続けるつもりです。
(最年少ハンター 向井辰太朗さん)
「もっとうまくなりたい。操船の技術もあるし、勘も絶対にある。トドの駆除方法は、何年もやって身につけていくしかないので、これからも継続して頑張っていきたい」。