北極海経由の光海底ケーブル敷設へ EUが調査資金提供開始
日本と欧州を結ぶ新たな海底ケーブルを北極海を経由して敷設しようという日米欧の企業が進める共同プロジェクトに、EU=ヨーロッパ連合が調査に向けた資金提供を始めたことを明らかにしました。大量のデータをより安全で高速にやりとりできるようにするのが狙いで、ウクライナ情勢など激動する国際情勢を踏まえての新たな動きとして注目されています。
これは駐日欧州連合代表部のステファン・クレイマー一等参事官がNHKのインタビューで明らかにしたものです。
クレイマー参事官によりますと、EU=ヨーロッパ連合は、日本とアメリカ、それにフィンランドの3つの企業が進めている新たな海底光ケーブルの構想の初期の調査費用などとして、315万ユーロ、日本円にして最大で4億6000万円あまりの資金の提供を始めたということです。
この構想では、日本の北海道などからアメリカのアラスカ州、グリーンランドなどを経て、ノルウェーやアイルランドを北極海を経由して結ぼうとしていて、実現すれば世界初となります。
EUがこの構想に資金を提供した背景には、ウクライナ情勢で関係が悪化したロシアの影響を回避して、欧州とアジアのあいだでデータをより安全かつ高速にやりとりできるルートを新たに確保したいという狙いがあります。
また、アメリカ大陸に近い北極海は、温暖化によって海面を覆っていた氷がとけて船の往来などの活動がしやすくなったことから西側諸国を結ぶ新たなルートとしての期待もあります。
駐日欧州連合代表部のステファン・クレイマー一等参事官は「欧州と東アジアのデータ通信は世界の中でも飛躍的に増大しており、新たなルートは欧州とアジアの志を同じくするパートナー諸国の重要なつながりとなる」と話していて、激動する国際情勢を踏まえての新たな動きとして注目されています。
【北極海ルートへの期待は】
今回、EUから資金提供を受けたのは、日本の大手IT企業をはじめフィンランド、アメリカの3つの企業でつくる共同事業体「ファー・ノース・ファイバー」が進めるプロジェクトです。
北極海を経由する「光海底ケーブル」の初期の調査費用として提供されたということで、今月から、1万4000キロあまりのルートについて、地図や文献を使った机上調査が始まったということです。
「光海底ケーブル」は、光ファイバーの線を束ねたケーブルを海底にはわせ、世界とのデータのやりとりを可能にするもので、オンライン会議から通信販売、SNSと、生活のあらゆる場面で生かされています。
「ファー・ノース・ファイバー」によりますと、現在、日本と欧州の間の通信では▽太平洋からアメリカ経由で大西洋を渡るルートや、▽東南アジアからインド洋、中東を経由する南回りのルート、それに▽ロシア国内の陸地を経由するルートがあるということです。
今回、調査の対象となっている北極海ルートが実現した場合、太平洋・大西洋ルートや南回りのルートに比べて、2割あまり高速化できるということです。
先月、東京で開かれた北極圏の政治や科学に関する国際会議では「光海底ケーブル」に関する議論が行われ、より高速で安全な北極海ルートへの期待が高まっていることが指摘されました。
出席した「ファー・ノース・ファイバー」の代表で、アラスカのアンカレッジ市の元市長でもあるイーサン・バーコウィッツ氏は「来年までに海洋調査を終え、2026年の運用開始を目指したい」と明らかにした上で、「日本はアジアや北米、欧州への玄関口となり、計画で担う役割が大きく、特に北海道は重要だ」と述べました。
【気候変動への対応が急務】
北極海を経由した光海底ケーブルの構想に注目が集まる理由のひとつとして、気候変動への対応が求められていることがあります。
社会のデジタル化が進み、動画配信やAI=人工知能などの利用が増えるなか、世界のデータ通信量は爆発的に増えると見込まれ、総務省の情報通信白書によりますと、2030年までに2018年ごろの30倍以上になると試算されています。
こうしたデータは世界各地にあるデータセンターで処理されますが、機器を動かしたり冷却したりするのに大量の電力を消費するため、温室効果ガスの排出をいかに抑えるかが課題となっています。
こうした中、科学技術振興機構によりますと、楽観的な予測でも、世界のデータセンターの消費電力は2050年に2018年の16倍あまりに膨れ上がると見られています。
このため、北半球の国々では、大規模なデータセンターをより北に設置して消費電力を抑えようという動きが出ています。
冷涼な気候で冷却にかかる電力を減らせるほか、風力や太陽光といった再生可能エネルギーを活用出来る可能性があるためで、北海道でもデータセンターを設置する動きがあります。
駐日欧州連合代表部のステファン・クレイマー一等参事官は、北極海ルートは、北半球の北部に作られたデータセンターを結ぶ役割も期待されているとした上で、「データセンターが世界中で北上する傾向が見られデータ容量が北部でも増加するため、北極海ルートが重要になるだろう」と話しています。