留萌線の記憶をたどる 留萌−石狩沼田31日最終運行

今月31日の運行を最後にJR留萌線の石狩沼田駅から留萌駅の区間が廃止になります。地域の交通手段として、産業の支えとして100年以上にわたって活躍してきた留萌線。廃止となるのを前に、その歴史と最後の姿を見つめました。

【留萌線の歴史】
留萌線が開業したのは、今から113年前の明治43年(1910年)。
ニシンや沿線で採掘された石炭を運ぶため、深川と留萌のあいだで開通。
当初は約50キロを結んでいました。
大正10年(1921年)には増毛まで延伸され、昭和40年代にはブリキ箱で魚を売る「ガンガン部隊」と呼ばれる女性たちなど多くの利用がありました。
平成11年(1999年)には恵比島駅の場所にNHKの連続テレビ小説『すずらん』の舞台として「明日萌駅」が登場。
ドラマの撮影で蒸気機関車が使われたことにちなんで深川と留萌や増毛を結ぶ「SLすずらん号」が運行され、多くの観光客で賑わいました。
しかし、マイカーの普及や深川留萌自動車道が整備されたことに加え、沿線の過疎化になどにより利用者が年々落ち込んでいきました。
平成28年には留萌−増毛間が廃止され、今回、留萌−石狩沼田間も廃止されることになりました。

【廃止を前に沿線では】
まもなく廃止となる沿線の駅を訪ねました。
留萌駅から21キロほど離れた峠下駅は昭和29年(1954年)に建てられた駅舎で、待合室は昭和の時代の雰囲気が漂っています。
駅の片隅に置かれた“駅ノート”には旅の思い出や廃線を惜しむ言葉が数多く残されています。
埼玉県から訪れた男性は35年前に札幌に住んでいるころから峠下駅を何度も訪れていて、“駅ノート”にメッセージを残すのは20回を超えるそうです。
最後に今までの感謝の気持ちを書き残していました。
男性は「峠下駅で列車を待っているときに駅ノートを見て、さみしさを紛らわせたこともありました。また来られると思っていたけどこれが最後だと思うとなんとも言えないですね」と別れを惜しんでいました。

【名物の駅そばは】
留萌線の終着駅、留萌駅には開業当初から営業してきた立ち食いそば屋がありますが、駅の廃止に伴い駅での営業を終えます。
名物は、丸一日かけて作られたニシンの甘露煮が入ったやさしい味わいの「にしんそば」。
この味を求めて、遠方からも多くの人が訪れます。
そばを食べるために山梨から訪れた男性は「1度来たときに食べておいしかったのでまた来ました。留萌駅の名物なので、きょうで最後になると思うので寂しいですね」と話します。
このそば屋の5代目店主、武蔵照義さん。
もともとは常連客でしたが、先代が高齢となっていたため23年前に店を引き継ぎました。
そのころから提供をはじめたのが、留萌特産のニシンを使った「にしんそば」。
試行錯誤を繰り返し、人気の味となりました。
駅の最後の日まで店に立ち続けます。
武蔵照義さんは「地元の方や今まで店を続けてきた先輩たちには感謝しかないです。最後まで精いっぱいやりたいと思います」と話していました。
武蔵さんのそば屋は来月、留萌駅近くの道の駅に場所を移し名物の「にしんそば」を提供し続ける予定です。
暮らしを支え人々の思い出を紡いできた留萌線はひとつの区切りを迎えます。