JR留萌線2段階で廃止 4市町に提案 沼田まで3年間存続も

深川と留萌を結ぶJR留萌線について、JR北海道は21日、沿線の4つの市と町に対して、来年3月末で石狩沼田と留萌の間を廃止し、残る区間はその後3年間存続させたのちに廃止する案を提案しました。

深川と留萌の間、およそ50キロを結ぶJR留萌線について、JR北海道は利用者数の減少で赤字が膨らむなか、「単独では維持できない」として鉄道を廃止してバス輸送に転換する意向を示しています。
21日は秩父別町役場で、JRが沿線の深川市、秩父別町、沼田町、留萌市に対して、留萌線の今後について説明しました。
この中でJRは、石狩沼田と留萌の間を来年3月末で廃止し、通学で利用する高校生が多い深川と石狩沼田の間はその後3年間、自治体に運行費用の負担は求めない形で存続させたのち、2026年3月で廃止する案を提案しました。
これまでの協議で沿線の自治体は石狩沼田と留萌の間の廃止は受け入れるものの、深川と石狩沼田の間は存続を求める方針を示してきました。
一方、JRは深川と石狩沼田の間について、存続させる場合は損失の穴埋めとして、年間およそ3億円の地元負担を求めていました。
4つの市と町はJRの提案について、今後、住民に説明したうえで受け入れるかどうか検討することにしています。
JRの提案どおりに沿線自治体が合意すれば、JRが6年前に廃止する意向を示した5つの区間すべてが廃止されることになります。
JR北海道で地域交通改革を担当する萩原国彦常務は「沿線自治体には重たい判断をしていただくと認識している。石狩沼田と深川の間の部分存続は、高校生の通学利用が多いという地元の要望に応えたのと、バス転換にあたりバス会社と調整する期間として3年間は必要になると判断した」と話していました。

【4市町の反応】
JRの提案を受けて、深川市の山下貴史市長は「これまでの話を受け止めた内容になっていると思うので、提案を持ち帰って市の中でしっかり理解を得られるように取り組んでいきたい」と話していました。
留萌市の渡辺稔之副市長は「JRから新たなまちづくりのための支援などが示されたので、提案をしっかり受け止めて持ち帰って内容を検討し、次に進みたい」と話していました。
秩父別町の渋谷信人町長は「ずいぶんJRに譲歩してもらったと思っている。そういったことも踏まえて、きょうの提案を早急に町民に説明していきたい」と話していました。
一方、沼田町の横山茂町長は「厳しい提案だ。鉄道の存続を願っていた思いからすると残念な部分がある」と話していました。

【留萌線 これまでの歴史は】
JR北海道によりますと、留萌線は、官設の鉄道として明治43年(1910年)、当時漁が盛んだったニシンや沿線で採掘された石炭を運ぶため、深川と留萌の間で開通しました。(※「留萌」は現在の表記)
大正10年(1921年)には増毛まで延伸され、昭和40年代にはブリキの箱で行商の魚を運ぶ「ガンガン部隊」と呼ばれる女性たちなどで多くの利用がありました。
国鉄時代は、石狩沼田まで札幌からの札沼線が延びていて、留萌線と接続していた時期もありました。
また、国鉄時代には留萌線から札幌や旭川へ直通する急行列車も運行され、昭和62年(1987年)のJR発足までは留萌からさらに北、日本海沿いに宗谷線の幌延に向かう羽幌線も運行されていました。
しかし、鉄道が主役の時代は終わりを告げます。
昭和40年代以降、マイカーの普及や沿線の過疎化などから利用者数は年々落ち込んでいきました。
沿線では深川留萌自動車道が整備されて札幌への高速バスも走るようになり、深川・留萌間の1日の平均利用者数は、1キロあたりで、昭和50年度(1975年)は2245人だったのが、令和2年度(2020年)には90人と大きく減少しました。
平成28年(2016年)にはとくに利用者が少なかった留萌と増毛の間が廃止され、現在、留萌線の利用は通学に使う高校生が中心となっています。
留萌線は、映画やテレビドラマでたびたび登場しました。
昭和56年(1981年)に公開された高倉健さんが主演の映画「駅 STATION」では、増毛駅や留萌駅が登場しました。
増毛駅は鉄道が廃止されて6年近くになりますが、開通当時の姿に復元された駅舎は映画ファンが今も多く訪れています。
また、平成11年(1999年)放送のNHKの朝の連続テレビ小説「すずらん」では、恵比島駅の場所に架空の駅「明日萌駅」が登場しました。
ドラマの撮影で蒸気機関車が使われたことにちなんで、JR北海道は深川と留萌や増毛を結ぶ「SLすずらん号」を平成18年(2006年)まで運行していました。
留萌線が廃止されますと、振興局単位でみた場合、桧山、日高に続いて留萌地方は地域から鉄道がなくなることになります。