自民党総裁選 新総裁は誰!?
派閥の思惑は…

「新型コロナ対策に専念したいので、自民党総裁選挙には出馬しない」

現職総理の突然の表明に、自民党内には激震が走った。
総裁選の構図が根本から変わる中、党内の各派閥は支援する候補を絞りきれない異例の様相を呈している。
主要派閥が一斉に菅支持に動き、わずか数日で流れが決まった去年の総裁選とは大違いだ。
各派閥の動向に迫った。
(小嶋章史)

「総理、不出馬です!」

総理大臣、自民党総裁の菅義偉が、幹事長の二階俊博の交代を含む党役員人事の一任を取り付けるために開いた臨時役員会は、党本部8階にある会議室で9月3日の午前11時半過ぎに始まり、そして、わずか10分足らずで終了した。


菅だけが無言で会議室を後にし、ほかの役員会メンバーはそのまま部屋に残っていた。
その直後、現場で取材をしていた記者から耳を疑う連絡が入った。

「総理、総裁選不出馬です!臨時役員会で表明!」

菅は、前日に二階と会談した際、総裁選への立候補の意向を伝えたばかりだ。
それだけに菅の立候補断念はにわかに信じがたかったが、間を置かずして別の記者からも同じ内容の報告が入った。

午前11時49分。

「菅首相 自民党総裁選挙に立候補せず 自民党臨時役員会で表明」

この速報で、状況が一変した。

“驚く”岸田

現職の総理・総裁である菅に挑戦するため、いち早く立候補を表明していた前政務調査会長の岸田文雄(64)。

この日は、新型コロナの影響を受ける経営者から話を聴こうと、東京・文京区の商店街の視察に向かっていた。岸田は車中で菅の立候補断念の報に接した。

「状況がまだ把握できていないので、よく確認してから改めて話す」

商店街に到着直後、記者からの質問に、こう答えるのが精いっぱいだった。
視察を終え、およそ1時間後に改めて取材に応じた岸田は、動揺を隠しきれない様子だったが、表情を引き締め、力強く決意を語った。

「総裁選挙への思いは変わらない。これからも国民や党員の皆さん一人ひとりに向けてしっかりと発信する努力を続けていきたい」

岸田はその後、議員会館の自室に戻った。
自らが率いる岸田派の議員と状況分析を行い、菅の動向にかかわらず、着実に選挙準備を進めていくことを確認した。

立候補表明にあたって、インターネット上に設けたのは「岸田BOX」。質問や意見を募る目安箱のことだ。
5日までに寄せられた質問や意見はおよそ4500件。
この日、これらに直接答える様子を動画投稿サイト「ユーチューブ」でライブ配信。

「財務省のポチと言われていますが」という質問に対し、岸田は「ご指摘は謙虚に受け止めますが、正直なんでだろうな」となんとも言えない表情を浮かべながら、答えた。

こうした取り組みすべてが初めての試みだ。党員、そして、国民への発信を続けることで、支持する候補を一本化できない派閥にも浸透を図りたい考えだ。

高市に”援軍”

前総務大臣の高市早苗(60)。8月発売の月刊誌に寄稿し、菅政権の経済政策を「不十分だ」と指摘。総裁選への立候補に意欲を示していた。
派閥には所属していない高市だが、この前日の9月2日には、課題とみられていた20人の推薦人確保に自信をみせていた。

そこに飛び込んできた菅の表明。高市は約2時間後に取材に応じ、変わらぬ決意を強調した。

「立候補の意思は変わらない。国会議員から激励の電話がたくさん来ていて、幅広く支援をお願いしたい」

この時、高市を激励した議員の中には、1人の有力者が含まれていた。前総理大臣の安倍晋三だ。

安倍は、自身の政権を引き継いだ菅を支持する考えを周辺に語っていたが、菅の立候補断念を受けて、高市を支援する意向を、本人や出身派閥の細田派幹部に伝えた。

この情報は、翌日の4日朝に報じられ、永田町を駆け巡った。そして、安倍に近い細田派の若手議員を中心に高市支持の動きが出始めた。高市にとっては、この上ない追い風だ。十分な推薦人を固めた高市は、8日に立候補を表明した。

高市が立候補を決意した背景には、7月に安倍に3度目の総理就任を要請したものの、断られたからだという経緯がある。アベノミクスの継承と発展を掲げる高市を、安倍が支援するのは自然な流れだとも言える。

一方で自民党内にはこんな見方もある。

「安倍さんは、保守的な考えや政策を持つ高市さんを立候補させることで、総裁選で幅広い論戦を実施させたいと思っているんだろう」(政権幹部)

麻生と河野、2人の太郎

続いて名乗りを上げたのが規制改革担当大臣の河野太郎(58)だ。
河野の動きは素早かった。菅が臨時役員会で立候補断念を表明した40分後。
すでに参議院自民党の幹部に電話をかけ、総裁選への立候補の意欲を伝えていたのだ。

その日の夕刻には財務省を訪れ、所属する麻生派の会長で副総理兼財務大臣の麻生太郎と向き合った。しかし、麻生は「立候補はまだ早い」「派閥はまとめられない」として支援に慎重な姿勢を示した。
河野は「また伺います」と答え、その場を辞去したという。

河野は、その後も麻生のもとに足を運んだ。
最初に訪れた3日に続き、6日、7日、9日と計4日に及んだ。

麻生は河野に対し、自分以外の麻生派幹部に対しても理解を得るよう促した。
河野の訪問を受けた麻生派幹部は次のように忠告したという。

「麻生さんは、あなたのためを思って『まだ早い』と言っている。上に立つ者は、役人を怒鳴りつけてはいけないし、人の話をもっと聞かないといけない」
厳しい指摘に河野はじっと耳を傾けていたという。

ただ麻生派内では、河野の立候補に期待する声も、中堅・若手を中心に少なくなかった。
麻生は8日、派閥の所属議員から意見を聴く会を開催。3回に分けて行われた会合は、計4時間にわたった。翌9日、麻生の容認を得た河野は立候補の決意を固めた。

その夜、麻生は記者団の取材に河野を激励したことを明らかにした。

「『やるならしっかりやれ』『勝てない選挙ならやめたほうがいい』とか、いろんな話はしょっちゅうしている。選挙は、やる以上は勝つつもりでやらないといけない」

野田の模索

女性初の総理大臣を目指すと公言してきた幹事長代行の野田聖子(61)。
しかし、2015年、2018年と、立候補を模索しながらも推薦人が集まらず断念し、去年も見送った。

今回は、菅の立候補断念の表明を受けてすぐに、幹事長の二階らに対し、立候補の意欲を伝え、推薦人の確保に動き始めた。呼びかけたのは自身と同じ無派閥の議員に加え、女性議員、二階派や竹下派などの議員と幅広い。

7日には、総理大臣官邸に菅を訪ね「自民党の多様性を担い、菅総理が取り組んできたことを継続させていきたい」と総裁選への意欲を伝えた。

野田は13日、ある行動に出る。総裁選への去就が注目されていた石破のもとを訪れたのだ。第2次安倍政権時代に、野田が総務会長を務めた際、幹事長は石破だった。そうした間柄の2人が面会したおよそ40分間、総裁選に立候補するかどうかの直接的なやりとりは交わされなかったという。ただ、野田は「石破は立候補しない」という感触を得て、部屋を出た。

そして、石破が15日に開かれた石破派の臨時総会で、今回はみずからの立候補を見送り、河野を支持する意向を示したことで、野田の推薦人集めは現実味を帯びた。

岸田、高市、河野と立候補を表明していく中、野田は総裁選に関する表向きの発言は避けながら、電話をかけて、面会を重ね、慎重に1人ひとり推薦人を集めていった。

そうした中、野田は14日夜、みずからのブログを更新。
立候補を表明している3人の候補者の政策に触れて、立候補への意欲を改めて示した。

「コロナ禍で女性たちが抱える孤独感や困難に寄り添うことから始めたい。やはり私自身が動く必要性を強く感じ、残された期間で準備に入る覚悟をしたところだ」

そして、ギリギリの調整を進めた結果、告示前日の16日夕方、20人の推薦人が確保できたとして、立候補を表明した。

“7個師団”の対応は

菅の立候補断念によって、戦略の見直しを迫られたのが“派閥”だ。

自民党の派閥は、政策議論のほか、政府や党のポストの獲得や配分、選挙支援、資金援助なども行う、いわば「互助組織」だ。1955年の保守合同による結党後、8つの派閥が勢力を競い合った全盛時代には、その強固な結束から「8個師団」などと呼ばれた。

当然、総裁選についても各派閥は、独自の候補者の擁立を目指し、それがかなわなければ支持する候補者を一本化して結束した対応をとる。それが、派閥の力を見せつけることにつながるからだ。
いまの自民党には派閥は7つ。所属議員の多い方から、細田派、麻生派、竹下派、二階派、岸田派、石破派、石原派となっている。

去年の総裁選では、候補者を擁立しなかった5つの派閥が結束して菅を支持し圧勝に導いた。菅の立候補が取り沙汰されてから、派閥が方針を決めるまでにはわずか数日。菅が正式に立候補を表明した時には、すでに流れが決まっていた。

しかし、今回の総裁選では菅内閣の支持率低迷もあり、各派閥とも対応を決めかねる状況が続いていた。衆議院選挙を間近に控え、当選回数が少ない議員を中心に「派閥の決定に縛られず、選挙の『顔』になる総裁を選びたい」という声が強いことも背景にある。菅の断念によって構図は一変しても、各派閥が様子見である状況は変わっていない。

最大派閥は困惑

今回の事態で特に難しい対応を迫られているのが、96人を擁する党内最大の細田派だ。
前身の町村派時代に所属していた高市が立候補を表明し、細田派出身の安倍の意向を受けて、派内の若手議員を中心に高市を支援する動きが出ている。
一方で、ベテラン議員を中心に「なぜ派閥を離脱した高市を支援しなければならないのか」と反発も根強い。


9日の昼に開かれた総会では、16人が発言し、4人が高市の支持を表明したという。高市を支持する議員は、保守的な思想信条が近いことに加え、安倍が支援する考えを示していることを理由にあげている。

これに対し、派閥のベテランを中心に、コロナ禍にあっては政権の安定が重要だとして、外務大臣や政務調査会長など要職を歴任してきた岸田の政治経験に期待する声もある。
さらに個人的な関係から河野を支援したいとする議員もいて、容易に対応を決められない状況だ。

幹部の1人は「今回は一本化は無理だ」とこぼした。

そして、14日に再び開かれた総会。派閥会長を務める細田博之は所属議員の意見を聴いたあと、おもむろに次のように提案した。

「総裁を選ぶことは、政治家にとって極めて重大な政治活動だ。最終的には個人の責任だが、派閥の政策的な方向性や理念を考えると、高市氏と岸田氏を支持の対象としたい」

派閥として、支持する候補者の一本化を見送り、高市、岸田のどちらに投票するかはそれぞれの判断に委ねるとして、了承を得た。

第2派閥も同様に…

第2派閥の麻生派も事情は複雑だ。

会長の麻生は河野の立候補を容認したものの、派閥あげての支援には言及していない。
ベテラン議員の中には、細田派同様、岸田に期待する声もあり、麻生派幹部の税制調査会長・甘利明は「個人的に岸田氏にシンパシーを感じており、事情が許せば応援したい」と明言している。

9月10日の午後2時。河野が立候補表明する直前に麻生派の有志議員が議員会館の会議室に集まった。53人の麻生派議員のうち、およそ20人が出席。現職の国家公安委員長の棚橋泰文らベテランの姿もあった。

ほかの派閥からは「河野への一本化を決めれば、派閥内の世代交代が一気に進む可能性がある。麻生会長をはじめ幹部はそれを避けたいと思っているのではないか」という臆測も出ていている。
麻生派は所属する河野だけでなく、岸田も支持。さらには高市への支持も容認することを決めた。

岸田が率いる岸田派を除いて、竹下派、二階派、石破派、石原派もそれぞれ事情は異なれど、支持する候補を絞りきれないという状況は変わらない。

派閥幹部の”知恵”

一方で「一本化は難しい」と聞くと、派閥の統制が効かず、その力が弱体化しているのではないかと見る向きもあるが、必ずしもそう単純ではない。

ある派閥の幹部の1人は、派閥単位での一本化は最初から目指していないとした上で、次のように語った。

「『決選投票は指示に従ってくれ』ということにすればいい。1回目と決選投票の間に、何らかの指示を出す」

決選投票では派閥をまとめる、とはどういうことか。

今回の総裁選挙では、衆参両院の議長を除く自民党国会議員が1人1票を持つ382票と、これと同数が割り振られる党員票382票の合計764票で争われる。
今回は4人が立候補するので、1回目の投票で過半数を獲得する候補者がいない場合は上位2人による決選投票となる。

決選投票では、国会議員は1人1票の382票と、党47都道府県連に1票ずつ割り振られた47票の合計429票で争われ、国会議員票の比重が大きくなることから、国会議員の支持をいかに取り付けられるかが鍵を握る。

1回目の投票で、派閥の一本化が難しいとして自主投票を容認しつつも、決選投票でまとまった行動がとれれば、派閥の存在感が示せるという算段だ。
「最後の最後で○○派が乗ってくれたおかげで、勝つことができた」
という結果に持ち込めば、新たな政権でのポストなどで優遇的な扱いも期待できる。

ただ、党員票を含む1回目の投票で、誰も過半数に届かないという見込みを立てるのは難しいし、誰が決選投票に残るかもまだ見通せない。
各派閥の幹部が思い描くシナリオ通りに事が運ぶかどうかは、不透明だ。

いよいよ号砲

さまざまな思惑が交錯する中、自民党総裁選挙は告示を迎えた。

次の総理大臣は、初代・伊藤博文から数えて100代目となる。
国難とも言えるコロナ禍で、誰が一国のリーダーに就くのか。
結果は、29日の投開票日に明らかになる。
(文中敬称略)

政治部記者
小嶋 章史
2002年入局。津局を経て政治部。自民党、外務省、東京都庁などを取材。新潟局デスクも。現在与党サブキャップ。