子宮頸がんワクチンどうなる
打つ? 打たない?

新型コロナウイルスのワクチンに、社会の関心が集まる中、別のワクチンの扱いが焦点となっている。
8年前に国が積極的な接種の呼びかけを中止した子宮頸がんワクチンだ。
田村厚生労働大臣が、呼びかけの再開に向けて検討を行う方針を表明したのだ。
推進と反対の声が上がる中、なぜ検討を始めることになったのか。
(山枡慧)

積極的呼びかけ再開を検討

「8年前に積極的な勧奨を決定したときに私は大臣をしていたが、その後、差し控えを決定した。積極的な勧奨をどうするかは、私に与えられた大きな宿題だ」

8月31日、田村憲久厚生労働大臣は、国が中止している子宮頸がんワクチンの積極的な接種の呼びかけについて、再開に向けた検討を行う方針を表明した。

この子宮頸がんワクチン。
HPV(ヒトパピローマウイルス)という、がんの原因となるウイルスの感染を予防するものだ。

2009年に国内で承認され、2013年4月には、法律に基づく定期接種の対象に指定され、無料で接種が受けられるようになった。
自治体から、対象となった小学校6年生から高校1年生相当の女子全員に案内を送り、積極的に接種を呼びかけた。
しかし、接種後に頭痛や倦怠感など体の不調を訴える女性が相次いだことを受け、厚生労働省は、積極的な呼びかけを中止した。定期接種の指定から、わずか2か月後のことだった。

国は、ワクチンと体調の不調との因果関係を認定していないが、国と製薬会社に対する訴訟が起こされ、裁判で争われている。

海外では進む接種

国内では、毎年およそ1万1000人が子宮頸がんになり、2800人余りが亡くなっている。また、およそ1200人が、30歳代までに治療のため子宮を失う。

原因となるウイルス・HPVは、性交渉の経験がある人の50~80%が一度は感染すると言われている。ほとんどは自然に消えるが、感染が持続すれば、数年から十数年かかって、がんが進行していく。

ワクチンは、子宮頸がんの原因の50~70%を防ぐとされている。

海外では、およそ100か国以上で公的な予防接種が行われ、イギリスやカナダ、オーストラリアでは、接種率が80%を超えている。
スウェーデンで167万人を対象に行った調査では、17歳までにワクチン接種をすることで、子宮頸がんを88%予防できるとする研究報告も出ている。

WHO=世界保健機関は、2030年までにすべての国々で、15歳までの女児のワクチン接種率を90%以上とすることなどを目標に掲げている。

接種率は1%未満に

一方の日本では、積極的な呼びかけが中止され、接種率は大きく低下している。

対象の年齢となれば、今も希望すれば無料で接種が受けられる。
ただ、呼びかけが中止された時に、小学6年生や中学1年生だった2000年や2001年生まれ以降の世代の接種率は急激に少なくなり、直近では1%未満だ。その前の1995年から1999年生まれの世代の接種率が70%前後となっているのとは対照的だ。

定期接種の対象年齢を超えても接種はできるが、費用は自己負担となる。
必要とされる3回接種には、合計4~5万円ほどかかる。接種費用を補助している自治体もあるが、ごく一部に限られている。

このため必要な情報が得られず、定期接種の期間内にワクチンを接種する機会を逃したとして、ことし3月には、大学生らが、無料で受けられるよう求める要望書を田村厚生労働大臣に提出した。

自らの経験から再開を

「呼びかけを中止した当時の判断としては致し方なかったが、そのまま長期にわたってしまい、国内での接種率が1%にも満たないところまで行ってしまったのは、非常に残念だ」

こう話すのは、三原じゅん子厚生労働副大臣だ。
子宮頸がんを患い、子宮の摘出手術を受けた自らの体験から、ワクチン接種の必要性を訴え、再開に向けた活動をライフワークとしてきた。

去年9月に厚生労働省の副大臣に就任し、担当者の1人として取り組むことになった。
「8年間は長かったが、副大臣の立場になってみて、それだけの期間が必要なくらい、国民に不安を与え、こじらせてしまっていた案件だったのかと、逆に感じた。ただ、産婦人科医を中心に、再開を望む強い声が寄せられているし、相当、国民の理解も得られていると思う」

三原副大臣は、ことし6月、総理大臣官邸を訪れ、菅総理大臣にもワクチン接種の呼びかけ再開の必要性について進言したという。
「総理は、不妊治療の問題も含めて、女性や子ども対策について関心が高いので『ぜひ進めて欲しい』と話をさせてもらった。ただ、ワクチン接種を含めた新型コロナ対策に全エネルギーを集中させている時期でもあり『田村大臣とよく議論して欲しい』ということだった」

こうした経緯もあり、田村厚生労働大臣が、再開に向けた検討を行う方針を表明した際には、再開するかどうか判断する時期は「新型コロナの状況が一段落すれば」と留保がつけられた。

根強い反対の声も

一方、接種の呼びかけ再開には、根強い反対の声もある。

田村厚生労働大臣の方針表明の3日後、ワクチンの副反応を訴え、国と製薬会社を相手に治療費の支払いなどを求めて集団訴訟を起こしている原告団や弁護団が、再開に反対する意見書を厚生労働省に提出した。

意見書では、ワクチン接種に伴う障害認定が100万人あたり13.72人と、ほかの定期接種ワクチンと比べ20倍以上となっていることや、副反応を訴える人を専門的に治療できる医療機関が全国的に限られていることなどを指摘した。

意見書を提出した「HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団」の共同代表を務める水口真寿美弁護士はこう訴えた。

「副反応の被害は深刻で、いまだに治療法は確立していない。積極的な呼びかけを再開すれば、被害者が再び増えるのは火を見るよりも明らかだ」

リスクはどの程度?

実際に、子宮頸がんワクチンの接種によって、副反応の疑いがあるケースは、どの程度あるのか。厚生労働省は、副反応疑いの報告数をまとめ、定期的に審議会に報告している。それによると国内では現在、3種類のワクチンが承認されており、ことし3月末までに報告された「副反応の疑い」がある事例は、国内での販売開始以降、合計3305人となっている。

3種類のワクチンを合わせると1万人あたり、およそ4人で、厚生労働省によると「専門家による審議会でも問題が無いと評価されており、報告数が極端に多いということはない」としている。

教育、就業にも影響

再開に反対する水口弁護士は、接種による健康被害は、長く続くと指摘し、検診など別の方策を探るべきだと主張する。
「副反応の被害者の方は、非常に限られた医療機関に遠方から通っている。10代で接種した人たちは教育の機会だけでなく、就業についても重大な障害になっている。副反応を起こす危険がなく、費用対効果に勝る検診という手段がある」

弁護団の記者会見には、原告の23歳の女性も、オンラインで出席し、こう訴えた。
「今もけん怠感などがひどく、4月から何とか働いているが、早退や欠席も多いので仕事を続けられるか不安だ。接種の呼びかけが再開されれば同じように苦しむ人が出てくると思うので絶対にしないで欲しい」

こうした声をどう受け止めているのか、三原副大臣にぶつけてみた。
「係争中の案件なので、答えることは難しいが、検診率の低さをカバーするためにも、ワクチン接種は必要だ。また、医療的支援を充実、整備していることも理解して欲しい。希望する人にはメリット、デメリットを考えながら接種して欲しい」

どうなる今後の議論

積極的な接種の呼びかけの再開に向けた今後の議論はどうなるのか。
まずは有識者による審議会に諮ることになる。
そして政府が判断を示すとしている「新型コロナの一段落後」はいつなのか。

接種の必要性を訴える三原副大臣は、できるだけ早い結論に期待を寄せる。
「新型コロナで亡くなる人も、子宮頸がんを含む、ほかの病で亡くなる人も、命に何ら違いはない。『新型コロナが一段落したら』というのは、人によって受け止めが違うと思うが、何よりも審議会で議論することが、呼びかけを再開するために一番必要なことだ。新型コロナ対策では、いわゆる出口戦略の議論も始まり『ウィズコロナ』に向けて一歩違うフェーズに来ているので、そう遠くはないと信じたい」

一方で厚生労働省幹部は「新型コロナ対応でワクチン接種を担う予防接種室の業務がひっ迫しており、とても子宮頸がんワクチンに手を出せる状況ではない」と内情を話す。

コロナの感染状況だけでなく、政治情勢も影響を与えそうだ。
9月29日の自民党総裁選挙のあと、新しい内閣が発足することを踏まえ、審議会の開催は、10月中になると見られている。

日本では、過去、ジフテリアやはしか、風疹などの予防接種で健康被害が起きたこともあり、ワクチン接種に対し、慎重な考え方が強いと指摘されてきた。
新型コロナワクチンの国内での薬事承認の過程では、厚生労働省は慎重すぎるのではないかという声が政府内からも上がった。

新型コロナワクチンをめぐって、政府は、接種を進めるためには、国民の理解を得ることが不可欠だとして、接種による身体的、社会経済的な効果を説明するとともに、副反応の被害の実態も明らかにしてきた。
接種の開始から、およそ7か月で、人口の5割が2回の接種を完了した。

子宮頸がんワクチンについても、接種の呼びかけを検討するにあたっては、その効果とリスクをよりわかりやすく示しながら、議論を重ねていくことが求められる。

政治部記者
山枡 慧
2009年入局。青森局を経て政治部に。文部科学省や野党、防衛省の取材を経て、去年9月から厚生労働省を担当。