議論さえカネになる
政治という“ブルーオーシャン”

政治こそが若者をターゲットにしたビジネスになる!
と言われても、私たち政治部の記者は「いったいどうやったら?」と首をかしげてしまいます。ところが今、そんなベンチャー企業が誕生しているのです。ことし9月に行われる自民党の総裁選挙さえも、彼らにとっては「ビジネスチャンス」。その手法、のぞかせてもらいました。
(政治部自民党担当 立町千明)

こんな動画、誰も見たくない

「政治家の動画って長いし、ダサいし、面白くない」

そう語るのは、古井康介さん(23歳)です。去年12月、内定が出ていた一般企業への就職をやめて、政治に特化したネットでのPR事業を始めました。

「おじさんたちの感覚では、8分の動画って短いっていうんですけど、SNS上は2分でも離脱率が高い。僕らは6秒、15秒単位の世界で動いてるし、おじさんがずっと映ってるような動画も誰も見たくない」

だからこそ、ビジネスチャンスがあると考えました。
古井さんの会社で手がけているのは、国会議員のPR動画や、地方選挙の候補者のホームページの作成。「口コミ」のおかげなどで、今のところ依頼は絶えず、経営が軌道に乗る見通しがついてきたといいます。

では、どうやって「見せる」動画を作っているのでしょうか?

「NO!」はNO!

まず、最初に挙げたように、「短い」こと。
そして次に重要なポイントが、「ポジティブ」。彼らによれば、「NO!○○」というキャッチフレーズはダメなんだとか。

「僕ら若者って、政治に対する具体的な不満がないんですよ。不満のない人たちに対して『今の不満や危機を解決しよう』と言われても響かなくて。ぬるっとした現状をプラスにしますと言われた方が絶対に良い」

「どうせ若者は」広告には負けない

事業を始めようとしたきっかけは、去年、アメリカ大統領選挙の様子を見ようと渡米したこと。討論集会に参加する若者たちの勢いに圧倒され、同時に新興のネットメディアの台頭を目の当たりにしました。
「地元の若者たちが楽しそうに集会に参加しているアメリカや欧米のように、政治の敷居を下げて、若者が参加しやすい環境をつくりたいと」

だから、古井さんの会社は10代から20代前半の若者38人で運営しています。

「『どうせ若者はこうだろ』という押しつけの考えで、広告を打つところが多いが、本当に若者の生態を分かっている、『今、若者である』というバリューで、既存の広告代理店との差別化ができる」

「政治広告だけではもうからないという人もいるが、逆に競合しないので穴場でもあるんです」

議論が「カネ」に!?

政治の議論を、直接「カネ」に変えてしまおうという、驚くべきテクノロジーも生まれようとしています。

手がけるのは、弱冠19歳の大学2年生、伊藤和真さんです。

選挙権が18歳に引き下げられた最初の世代で、投票先を選ぼうとしたとき、情報が全然ないことに違和感を感じたと言います。そこで、自分でソフトウエア開発会社を立ち上げ、ネットを通じて政治家と直接対話できるアプリの開発に取り組みました。

政治が好きなわけじゃないんです

「僕はぶっちゃけノンポリだし、政治って好きなわけじゃないんです。
でもテクノロジーやサービスで変えられるって思ったんですよ。情報を発信したい政治家と、求めている市民がいるのなら、あとはニーズの高いツールを作れば、ビジネスとして成り立つのではないかと」

伊藤さんが駆使するのは「仮想通貨」。
下の図で、システムの主要な部分を簡略化して説明します。
①市民どうしで議論し、その発言が他のユーザーに評価されると通貨が貯まります。逆に炎上するような発言には減額などのペナルティーが科せられます。
②通貨を貯めた市民は、それらを元手に応援したい議員に個人献金として送ります。

このほか、議員が市民にアンケートを行い、その対価として通貨を払ったり、企業と提携して獲得した通貨でサービスが受けられたりする仕組みです。

政治という市場は“ブルーオーシャン”

この仕組み、ネット上の政治的発信は、主張の違いなどから“炎上”のリスクが高いことに着目して、生まれたといいます。
「簡単に言うと、政治家と市民が何か良いこと言ったらお金をもらえるというシステム。議論が盛り上がって利用者が増えると空間の信頼度が上がり通貨の価値も上がっていく。個人発信の時代だから、ネット上に新たな政治の場がつくれる」

誰も参入を考えてこなかった「政治」という分野の市場だからこそ、可能性があるといいます。
「政治は、企業にとってブルーオーシャン(=競争相手のいない未開拓市場)。
イノベーションを起こせば数兆円規模の市場にもなる。日本にはまだイケてる政治サービスが出てきていないのは事実。僕らは新たな技術を持っているので、それを活用したい。
仮想通貨の規制が厳しくなるなら海外に行くことも。もうかるかどうかは、政治が規制をどうするかですよ」

さて、総裁選での作戦は

9月20日にも行われる自民党総裁選挙。自民党でも党勢の拡大を図るため、選挙の運営にこうしたベンチャー企業の活用を検討しています。古井さん、伊藤さんにとっては、ビジネスチャンスです。
2人なら、どのように取り組んで若者の関心を引きつけるのか?アイデアの一端を披露してもらいました。

まずは古井さん。


「全国各地でライブのような政治集会を開いて、それをネット中継するとか。あとは若者の代表が総裁候補に直接質問できる、疑似国会のような場を設ける。その若者の代表の選出も1つのネットイベントにして、総裁選の前段階で雰囲気を盛り上げる」

「ロシアのテレビで、プーチン大統領が国民の質問に直接答える番組があるんですけど、なんであれは日本でできないんでしょうか。候補のプライベートから政策まで、人となりがわかるような企画を打ち出したい」

そして伊藤さんは。

「発信力のある政治家にアプリを使ってもらえればそれだけで宣伝になるが、あとは限定的に興味関心の高い政策に特化した発信があっても良い。アプリで声を吸い上げて、市民がいま何を知りたいのか把握する。既存のメディアでは時間や文字数に限界があるが、ネットではニッチな情報発信も可能になる」

「おじさん組織」も関わりたい

「自民党は、典型的な『おじさん組織』。
だから、これまで若い人たちが突き抜けた提案をすると、『イヤ君ね、世の中そんな甘くないんだよ』と言って、却下してしまうことも多かった」

そう語るのは、自民党でネットメディア戦略を担当する平将明衆議院議員(51)です。
こうした若者のベンチャー企業に、どう向き合い、活用しようとしているのか、聞いてみました。

「多様な意見を聞かないと、党が持続可能でなくなる。どうせ仕事を発注するなら、彼らに任せてみれば自民党への応援材料にもなるし、新しい切り口、目線の発見にもなるので、お互いに得るものは大きい」

「若者の目線と感性で、『こうすれば面白いのに』、『より政治と近くなるのに』というアイデアがあるなら、実行委員会を立ち上げるなどして取り入れていきたい」

ノリと勢いでイノベーション

今回の取材で、私は、若者たちの“ノリ”と“勢い”に圧倒されっぱなしでした。ふだん、取材で駆け回る永田町や霞が関では、あまり感じないものです。だからこそ、政治にイノベーションをもたらすことが出来るのかもしれません。

若者が政治を身近に感じた時、それこそが、彼らのビジネスが成功した証になるのかも知れません。

政治部記者
立町 千明
平成21年入局。冨山局を経て政治部。現在、自民党石破派を担当。この夏の課題図書は「ピーターの法則」。