NHK WORLD

黎明期

国際放送主な出来事 黎明期

国際放送開始1935年~1940年代

国際放送主な出来事 国際放送開始1935年~1940年代

1950~70年代

国際放送主な出来事 1950~70年代

1980~90年代

国際放送主な出来事 1980~90年代

2000~2015年

国際放送主な出来事 2000~2015年代

2005~2008(平成17年~平成20年)

70年を迎えた国際放送Your window on Asia

年代史  >  2005~2008 >  70年を迎えた国際放送  | 2008年、NHKワールドTV、英語化率を加速

主な出来事

’05
  • 3.22 ラジオ放送開始80周年
  • 3.25-9.25 愛知万博
  • 4.1 個人情報保護法施行
  • 11.17- 耐震強度偽装事件
’06
  • 2.10-26 トリノ五輪
  • 9.26 安倍政権発足
  • 10.9 北朝鮮地下核実験、国連制裁
  • 10.29 アラビア語放送、全アラブ地域・欧州地域を対象に送信開始
  • 11月 アルジャジーラ・イングリッシュ開局
  • 12.6 フランス24放送開始
’07
  • 2.18 第1回東京マラソン開催
  • 2月 約5千万件に上る「消えた年金」記録が表面化
  • 3月 ポッドキャスティングによる外国語ニュース配信開始(日本語をのぞく21言語)
  • 7.16 新潟県中越沖地震
  • 8月 米サブプライム問題、世界経済・金融に混乱
’08
  • 1.30 中国製冷凍ギョーザ事件
  • 3月 チベット暴動
  • 4.1 改正放送法施行(国際放送を邦人向けと外国人向けに分けて放送)
  • 4月 日本国際放送設立
  • 5.12 四川大地震
  • 8.8-24 北京五輪
  • 9月 リーマンブラザーズ破たん
  • 10月 外国人向けテレビ国際放送は英語化率100%を達成
  • 世界同時不況

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“日本が見えます。聞こえます”

国際放送は、2005年に放送開始70年を迎えた。日本の情報発信力を強化しようという声が高まる中、国際放送の強化をめぐる議論が活発化。2007年の放送法改正を受けて、邦人向けと外国人向けに分離した。今の形のNHKワールドTVは英語チャンネルとして正式に位置づけられた。

国際放送開始から70年

2005年に10月に放送が始まった「J-MELO」 初代司会の竹松舞さん(ハービスト)

2005年に10月に放送が始まった「J-MELO」
初代司会の竹松舞さん(ハービスト)

2006年から放送中の「TOKYO EYE」 司会のクリス・ペプラーさん

2006年から放送中の「TOKYO EYE」
司会のクリス・ペプラーさん

2005年、国際放送開始から70年を迎えた。この年のキャッチフレーズは、“日本が見えます。聞こえます。”(在外邦人向け)“Your window on Asia”(外国人向け)。平日の夜間にアジア情報を発信する英語ニュースの新設など、ニュース・情報番組の充実を図り、前年の年末にアジア各地を襲ったインド洋大津波の報道などに力を入れた。

放送法改正と情報発信の強化

冷戦終結後、アメリカ・CNNやイギリス・BBCがリードしていた情報発信の競争に、中国・CCTVや中東・カタールのアルジャジーラなども加わり24時間英語チャンネルをスタートさせるなど、諸外国でテレビの国際チャンネルを立ち上げる動きが相次いだ。日本国内では、日本の情報発信を強化しようという声が高まった。

2007年12月、情報通信審議会の答申を受け、放送法が改正。この中で、新しい国際放送の制度化や命令放送制度の見直しが盛り込まれた。

邦人向け・外国人向けの国際放送

具体的には、邦人向けと外国人向けに分離し、それぞれ対象を明確にし、外国人向けテレビ国際放送については、業務を円滑に遂行するため、番組制作や外国で放送させる業務などを子会社に委託することとなった。 

新しい子会社(株)日本国際放送は、2008年4月に設立され、10月には民間からの出資を含む増資も行い、NHKからの受託業務や自主事業など本格的に業務を開始した。

外国人向けテレビ国際放送については、2008年4月から受信環境の整備を開始し、地域衛星を借り上げ、視聴可能世帯数の拡大を図り、2008年12月現在、約8000万世帯に上った。

「命令放送」から「要請放送」へ

2006年11月、菅総務大臣は、ラジオ国際放送の実施命令に、「北朝鮮による日本人拉致問題に特に留意すること」を追加した。命令放送は、放送法に基づき、総務大臣が毎年度、NHKに対して、放送区域、放送事項、その他の必要な事項を指定して実施を命令するものだ。それまでは、時事、国の重要な政策、国際問題に関する政府の見解といった抽象的な表現にとどまっていたが、具体的な事項を指定しての命令はこの時が初めてだったことから、編集権や表現の自由などとの関係が国会でも論議の的となった。

これを受けて2007年の放送法改正で命令が「要請」に変更された。要請にあたって総務大臣はNHKの番組編集の自由に配慮しなければならないことが定められ、総務大臣からの要請があれば、NHKはその重みを受け止めて、趣旨内容に応じて諾否を判断する。仮に「要請」がNHKの番組編集の自由に抵触する恐れがある場合には、「要請」に応じないこともある。

J-MELO放送開始を振り返る

J-MELO制作開始の話が浮上したのは、2005年夏。J-MELOとは、私が考えたいくつかの候補の中から、知己のデーブ・スペクターさんが選んでくれた。MELOにはMellowと、Melodyという2つの意味が含まれている。

まず、番組にとって最も大事な“コンセプトをどうするか”だ。1本28分、年間40本として、1年間での総放送時間は18時間40分に過ぎない。日本の音楽の魅力とは何なのか、あらためて考えた。その答えは“多様性”だ。日本の音楽シーンを俯瞰すると、雅楽からヒップホップに至るまで、それぞれの時代の世界の最新流行音楽が現代に混在している。そして、それぞれが“日本化”して生き続けているように、思えたのである。

最初の放送は、その年の10月。しかしそれから半年ほど、世界中の視聴者からリアクションはほとんどなかった。むしろ「何だ、この番組は?」という反応が少なくなかった。10年の月日が流れ、今では400を超える日本のアーティストへのリクエストが寄せられるようになった。対立する国々、例えばシリアとイスラエル、アメリカとイランから、同じ日本の歌手へのリクエストが届くこともあった。

J-MELOの視聴者たちは「個」と「個」が結び付き、国境も言葉も越え、心と心で同じ音楽が響き合うようになったのだ。

(J-MELOチーフ・プロデューサー原田悦志)

2008年、NHKワールドTV、
英語化率を加速

多様なメディアでの情報発信展開

グローバル化の進展にともない、世界の有力な国際放送は対外発信力の強化を推進するようになった。日本も出遅れまいと、国際放送は英語での発信力強化をまず大きな目標とした。

「英語化率の向上」目指す

NHKワールドTVのニュース番組「NEWSLINE」(写真は2008年度)

NHKワールドTVのニュース番組「NEWSLINE」(写真は2008年度)

こうした中、国際放送の制作現場では、英語と日本語が混在していたNHKワールドTVで、英語放送の比率を上げていく取り組みが進められていく。「英語化率の向上」を目標に、英語による国際放送独自の番組を増やし、音楽、トレンド、食など、幅広いジャンルの番組で日本の魅力を発信していった。日本の音楽を世界に発信する「J-MELO」や東京の多様な魅力を紹介する「TOKYO EYE」といった、今もNHKワールドTVの顔になっている番組が登場したのもこの頃である。

2005年度には、55.2%と全番組の半数をわずかに上回る程度だった英語化率は、2006年度には73%、2007年度には91.1%にまで向上した。これに伴い、国際放送の予算は年々増額されていった。

テレビ予算がラジオ予算を上回る

外国人向け、邦人向けのサービスを分離した2008年には、テレビ国際放送の予算が初めてラジオ国際放送のそれを上回り、国際放送全体の予算は、150億円を超えた。2008年10月には音声および字幕による対応を含め、英語化率100%になったと位置づけた。視聴者からすれば、24時間日本発の英語による情報に接することができるようになった。

邦人向けNHKワールド・プレミアム

邦人向けテレビ国際放送、NHKワールド・プレミアムの配信にはスクランブルがかかっているため、視聴には事業者との契約が必要だったが、2008年10月からは、ニュース・情報番組を中心に1日約5時間程度、スクランブルを外して、直接受信ができるようになった。

ラジオ日本

ラジオ日本は、欧米を中心に海外発信がラジオ短波放送からテレビにシフトしていくのに伴い、送信地域を見直し、ドイツ語、イタリア語、スウェーデン語、マレー語の4言語を2007年9月末をもって廃止した。また日本語と英語による全世界向け放送(ジェネラルサービス)もなくなり、地域ごとの言語で放送するリージョナルサービスとして、それまでの22言語から、日本語を含め18言語による放送となった。

NHKワールド・オンライン

インターネット・サービスのNHKワールド・オンラインは、ラジオの各言語のニュースと情報番組のライブストリーミングと一部の言語の動画提供に加えて、2007年3月からは、ポッドキャスティングによる各言語のニュース配信を始めた。

英語化率100%を目指せ!

2003年当時、国際放送の重要項目は短波によるラジオサービスからテレビに重心を移すことと、英語による発信強化の2点だった。世界中には数多くの言語があるのにとりあえずは英語に絞って放送を拡充しようというものだ。今では死語だが、当時の国際放送では英語化率ということばが編成の規準となった。1日の放送時間のうち何%が英語で放送されるかを示すもので、03年は33.5%しかなかったのが08年10月にやっと100%を達成した。この間にできた番組で今もその原型をとどめるものには“J-MELO”や“Japan Biz Cast”などがある。“Your Eye on Asia”というタグラインを考案し、日本とアジア情報を公正に報道するというチャンネルイメージも心がけた。

このように英語発信に走ったのは、仏独中韓などに加え中東のアルジャジーラが2000年代半ばに相次いで英語による国際テレビ放送を始めたことによる。それまでの自国語による国際発信を続けているだけでは、先を行くCNNとBBCに影響力という点で水をあけられるばかりだという危機感が非英語国では一致していた。非英語国の英語発信はハンディを背負いながら、この先も難しい展開の中で厳しい挑戦は続く

(佐藤俊行 元・国際放送局長)