NHK WORLD

黎明期

国際放送主な出来事 黎明期

国際放送開始1935年~1940年代

国際放送主な出来事 国際放送開始1935年~1940年代

1950~70年代

国際放送主な出来事 1950~70年代

1980~90年代

国際放送主な出来事 1980~90年代

2000~2015年

国際放送主な出来事 2000~2015年代

1995(平成7年)

テレビ国際放送開始放送区域は北米・欧州地域向け

年代史  >  1995 >  テレビ国際放送開始  | 「NHK WORLD(NHKワールド)」と命名

主な出来事

’95
  • 1.17 阪神・淡路大震災
  • 3.20 地下鉄サリン事件
  • 4.3 映像国際放送を開始
  • 8.15 村山談話「戦後50年の終戦の日にあたって」
’96
  • 6.13 ガルーダ・インドネシア機が福岡空港で離陸に失敗・炎上
  • 7.27 米アトランタ五輪の期間中に爆弾テロ
  • 12.17 在ペルー日本大使公邸占拠事件発生
’97
  • 4.1 「DAYLINE JAPAN」スタート
  • 4.22 ペルー日本大使公邸人質救出
  • 7.1 香港返還で国際放送が特別番組
  • 7月 アジア金融危機
  • 12.1-11 温暖化防止京都会議
’98
  • 2.7-22 長野冬季五輪
  • 4.12 「NHKのど自慢・イン・ブラジル」放送
  • 5月- インド、パキスタンが核実験
  • 6.10-7.12 フランスワールドカップ 日本初出場
  • 8.31 北朝鮮がテポドン発射
  • 世界最大の海外支援日本106億ドル(1998実績ODA)
’99
  • 1.1 EU11か国ユーロ導入
  • 9.30 茨城県東海村の核燃料加工施設で臨界事故。国内で初の被曝による死者を出した
  • 10.1 「NHKワールドTV」と「NHKワールド・プレミアム」、放送開始

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国際放送もテレビの時代に

NHKは1995(平成7)年4月3日、映像国際放送をスタートさせた。放送区域は北米・欧州地域向けで、1日あたりの放送時間は、北米で約5時間、欧州で約3時間10分であった。

戦後50周年

1995年1月17日 阪神・淡路大震災

1995年1月17日 阪神・淡路大震災

1995年テレビ国際放送開始当時の様子 放送に向けて「映像国際放送実施特別プロジェクト」を発足させ、準備にあたった。

1995年テレビ国際放送開始当時の様子 放送に向けて「映像国際放送実施特別プロジェクト」を発足させ、準備にあたった。

1995年は戦後50年の節目の年だった。8月15日の終戦の日、村山富市首相は「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)を出し、「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」、「痛切な反省の意」と「心からのおわびの気持ち」を表明した。

阪神・淡路大震災発生

これに先立ち1995(平成7)年1月17日午前5時46分、兵庫県・淡路島北部を震源とするマグニチュード7.2の地震が発生した。犠牲者が6,000人を超えた大規模な災害に際し、ラジオは海外へ向けて地震関連の情報を厚く伝えた。

日本語放送では、発生直後から通常番組をすべて中止して地震情報に切り替え、以降1週間は1日17時間の放送をすべて地震関連の内容とした。英語ニュースも同様に、発災直後の朝6時のトップニュースで世界に向けて発信するとともに、通常番組を中止して地震情報を伝えた。以降1週間は、1日13時間の放送をすべて地震関連の情報に切り替えた。地域向けの20言語でも、外国語翻訳者、外国人アナウンサーを総動員し、各言語のニュース放送時間を拡大して伝えた。また、現地に特別チームを派遣し、外国人に関する情報収集にあたるとともに、各国領事館や団体、個人に直接電話取材をし、被災した外国人の状況を、きめ細かく放送した。

テレビ国際放送の開始元年

放送法改正を受け、95年4月3日、受託協会国際放送が始まった。従来、有料のテレビジャパンでは、すべての番組にスクランブルがかけられていたが、北米向けに1日5時間、欧州向けには3時間10分、スクランブルのない無料放送が海外の視聴者に届けられることになった。NHKのテレビ国際放送の開始元年である。放送に向けては「映像国際放送実施特別プロジェクト」が発足、海外企画室、国際局、報道局、編成局などからメンバーが集まり準備にあたった。海外に映像を届けるにあたり、著作権等の課題を解決する必要があった。海外向けの独自放送番組はなく、報道番組を中心に、日本国内向けの番組をそのまま海外に向けて放送していた。

NHKが映像国際放送を開始したとき世界の放送局は…

1995(平成7)年、NHKが映像国際放送を開始した当時、世界の放送局はどのような動きをしていたか、イギリス・BBC、アメリカ・CNNの動きを簡単にまとめてみたい。まずは、イギリス・BBC。1月から、国際ニュースサービスのBBCワールド、および娯楽チャンネルのBBCプライムのサービスを、ヨーロッパでスタートさせた。また、アメリカ・CNNの海外向けサービス、CNNI(CNNインターナショナル)に対抗して、2月からアメリカでBBCワールドを開始した。この年はこの他、アフリカ、東欧、オーストラリアなどにも進出している。次にアメリカ・CNN。4月、CNNIの香港番組制作センターからニュース放送を開始したことにより、香港に本社を置くNBCアジアと、シンガポールに本拠を置くアジア・ビジネス・ニュース(ABN)との競争が一気に激化することになった。また、7月からはインドなど南アジア向けにもCNNIのニュース放送をスタートさせた。この年はこの他、ミャンマー、韓国などにも進出している。

日本の国際放送のブランド名「NHK WORLD(NHKワールド)」と命名

NHKの海外発信を実施する「国際放送局」が発足

1996(平成8)年6月、テレビとラジオによるNHKの海外発信を一元的に実施するため国際放送局が発足した。これにともない、NHKの国際放送を総称し、「NHK WORLD(NHKワールド)」と呼ぶこととなった。

当時放送していた番組

英語ニュースにより対外発信をめざす第一歩。「DAYLINE JAPAN」で伝えた、ペルー日本大使公邸人質救出。写真は青谷優子アナウンサー (1997.4.22)

英語ニュースにより対外発信をめざす第一歩。「DAYLINE JAPAN」で伝えた、ペルー日本大使公邸人質救出。写真は青谷優子アナウンサー(1997年4月22日)

1997年4月にスタートした映像国際放送の新番組「DAYLINE JAPAN」 1997年4月にスタートした映像国際放送の新番組「DAYLINE JAPAN」 1997年4月にスタートした映像国際放送の新番組「DAYLINE JAPAN」

1997年4月にスタートした映像国際放送の新番組「DAYLINE JAPAN」

報道番組では、「NHKニュース おはよう日本」「正午のニュース」「NHKニュース7」「NHKニュース9」「クローズアップ現代」「NHKビジネスライン」「イブニングネットワーク・列島リレー」を放送していた。経済成長が著しいアジア地域の情報を厚めに伝えるため、「アジアWHO’S WHO」「アジア・ナウ」「チャイナ・ナウ」も放送した。

日本語・英語の2か国語放送

さらに、海外の視聴者のために、「NHKニュース7」「NHKニュース9」「NHKビジネスライン」「Today’s Japan」「アジア・ナウ」について、日本語・英語の2か国語放送を実施した。予算も要員にも限りがある中、国内放送と共有することでコンテンツの充実を図った。

拡大する放送時間

テレビ国際放送は、開始から1年を経過した1996年、北米において1日平均5時間30分、欧州において1日平均3時間40分規模で実施、1日あたりの放送時間は拡大していった。

「NHK WORLD(NHKワールド)」誕生

1996年6月7日、組織改正にともない、NHKの海外発信を一元的に実施する国際放送局が発足した。そしてテレビとラジオの国際放送を総称して、「NHK WORLD(NHKワールド)」と呼ぶことになった。海外発信計画の立案や国際協力を担当する国際企画部、テレビ・ラジオ番組の編成計画の立案やマスコミ・視聴者対応を行う国際編成部、テレビ・ラジオの番組を制作する制作センター(ニュース、総合番組、地域番組)、局内の庶務・経理を担当する総務部から構成されていた。また、英語原稿の作成業務を一元化するため、1995年1月に「英語センター」が発足。当時は、報道局、国際局の共同プロジェクトであったが、1997年の組織改正で、制作センター(ニュース)の一組織となった。そして1997年4月の新番組「DAYLINE JAPAN」が誕生した。

「DAYLINE JAPAN」立ち上げ秘話

テレビの海外発信が始まってしばらくすると、独自番組を制作したいという声が職員から上がった。英語のテレビニュースを作って東京から全世界に発信しようというのだ。とはいえ、予算も、編集機も、テレビスタジオもない。英語のニュース原稿は英語センターから得られたが、映像素材の入手や編集はどうするか、タイトルやスーパーの発注はどうするか、キャスターの衣装、メークは…。当時、国際局には、ラジオの要員しかおらず、テレビニュースに携わった経験のある職員はごくわずか。そこで考えたのが、タイトルやスーパーはパソコンの描画機能を使って、職員自ら作ろうという大胆な発想。作画能力に優れた職員もいて、コンテストを開いて表彰をしたこともあった。

ないないづくしの中、当日朝から昼過ぎまでの動きをまとめて、1日に15分の「DAYLINE JAPAN」がこうして誕生。さらに夜間にもう1本作ろうということで、「JAPAN THIS DAY」の制作につながる。

今から考えると、力量不足で、稚拙な面が多々あったが、BBC WORLDやCNNを意識し、取り組んできた職員たちの熱意と努力が、いまのNHK WORLDの看板番組「NEWSLINE」を作り出したのはまぎれもない事実であろう。