NHK WORLD

黎明期

国際放送主な出来事 黎明期

国際放送開始1935年~1940年代

国際放送主な出来事 国際放送開始1935年~1940年代

1950~70年代

国際放送主な出来事 1950~70年代

1980~90年代

国際放送主な出来事 1980~90年代

2000~2015年

国際放送主な出来事 2000~2015年代

1991~1994(平成3年~平成6年)

時代は映像による
国際発信を求め始めた「テレビジャパン」へ映像配信開始

年代史  >  1991~1994 >  時代は映像による国際発信を求め始めた  | テレビ国際放送開始に向け放送法改正

主な出来事

’92
  • 2.7 ヨーロッパ連合(EU)創設条約調印
  • 4.1-95.12.14 ボスニア・ヘルツェゴビナ、内戦へ
  • 4.1 ドイチェ・ベレ、テレビ国際放送開始(英・独・西の3言語)
’93
  • 5.15 プロサッカーJリーグ開幕
  • 6.9 皇太子徳仁親王ご成婚
  • 8.4 河野洋平内閣官房長官が談話発表「従軍慰安婦問題」
  • 8.9 細川新内閣成立、38年ぶり非自民政権
  • 8.15 細川首相、全国戦没者追悼式で初めて戦争責任にふれ、アジア近隣諸国の戦争犠牲者と遺族に哀悼の意を表明
’94
  • 5月 南アフリカ共和国ANC(アフリカ民族会議)勝利
  • 6.27 松本サリン事件
  • 6.30 自社さ連立で村山内閣誕生
  • 7.8 日本人初の女性宇宙飛行士向井千秋スペースシャトルで宇宙へ
  • 10.13 大江健三郎氏にノーベル文学賞
  • 12.1 テレビ国際放送がNHKの必須業務に(放送法で改正)

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国際放送、ラジオからテレビにシフト

1991(平成3)年4月1日、アメリカ西海岸で日本語による衛星放送「テレビジャパン」の放送が始まった。その大部分はニュース番組やドラマなど日本国内と同じ放送内容だった。一方、国内放送ながら、現在のテレビ国際放送番組につながる「TODAY'S JAPAN」など独自のバイリンガルニュースも登場した。

先行する「テレビジャパン」

結婚の儀パレード。沿道の人達に手を振る皇太子さま、雅子さま(1993.6.9)

結婚の儀パレード。沿道の人達に手を振る皇太子さま、雅子さま(1993.6.9)

テレビジャパンは1991年4月から放送開始。放送時間は1日約12時間。写真は7月番組ガイド(創刊号)。

テレビジャパンは1991年4月から放送開始。放送時間は1日約12時間。写真は7月番組ガイド(創刊号)。

「JAPAN BUSINESS TODAY」英語によるビジネス・経済情報。キャスターはリンダ・ルイス、ダルトン・タノナカ(BS1)

「JAPAN BUSINESS TODAY」英語によるビジネス・経済情報。キャスターはリンダ・ルイス、ダルトン・タノナカ(BS1)

「ASIA NOW」アジアのニュースを世界に発信。キャスターはジム・ハーツ、国谷裕子(BS1)

「ASIA NOW」アジアのニュースを世界に発信。キャスターはジム・ハーツ、国谷裕子(BS1)

1991年4月1日、在外邦人向けに米国西海岸で有料の日本語衛星放送「テレビジャパン」が始まった。

NHKニュースのほか、「おかあさんといっしょ」「君の名は」「太平記」などのドラマや娯楽番組が放送された。電波はNHK放送センターから太平洋上の通信衛星、アメリカ国内の衛星を経て、各家庭のパラボラアンテナで直接受信、またはケーブルテレビを通じて届けられた。当時の放送法では、映像による国際放送の規定がなかったため、あくまで現地法人への「番組配信」であった。

バイリンガル放送の拡充

また、このころ国内向けの日英バイリンガルニュース番組「TODAY’S JAPAN」「JAPAN BUSINESS TODAY」「ASIA NOW」が、アメリカなど海外の放送機関でも放送され、映像による独自の国際放送番組につながる足掛かりを作った。

テレビジャパン誕生の背景

1989年3月、国会はNHK予算の採決にあたって「映像メディアによる国際交流の推進」を政府とNHKに求める付帯決議を初めて採択した。

この背景には短波による国際放送ラジオ日本が80年代後半には受信地域の拡大や放送時間の拡充によってほぼ目標を達成したことや、87年以降、BBCワールドサービステレビなど衛星を使って世界に発信するテレビ放送が出現したこと、さらには貿易摩擦などで日本に対する批判や誤解が生じた際に日本の現状や主張を直接伝えて理解を求める有効なメディアが不足していたことなどがあった。

しかし放送法は、NHKの業務として「映像」による国際放送の規定はなかった。またラジオによる国際放送と比べて衛星を使った映像による国際放送には膨大な経費が必要で、その財源をどうするかという切実な問題があった。NHKに対する期待と、放送法と財源の制約。この中で考え出されたのがテレビジャパンだった。

テレビ国際放送開始に向け放送法改正

新しい国際放送の仕組み 海外発信力に期待

テレビジャパン放送開始から3年。映像によるNHK国際放送の規定を盛り込んだ放送法の一部改正案が、通常国会に提出された。日本からのテレビによる情報発信の法的な枠組みが整った。

ニューヨーク・ロンドンでのテレビジャパンサービス

テレビジャパンを放送するJNG(ニューヨーク)

テレビジャパンを放送するJNG(ニューヨーク)

映像国際放送を放送するJSTV(ロンドン)

映像国際放送を放送するJSTV(ロンドン)

Jリーグ開幕 オープニングセレモニー・国立競技場(1993.5.15)写真:読売新聞/アフロ

Jリーグ開幕 オープニングセレモニー・国立競技場(1993年5月15日)写真:読売新聞/アフロ

この業務のためにニューヨークとロンドンにそれぞれ現地法人を設立、NHKが日本からの伝送経費を負担し、1日6~8時間のニュースや番組を両社に有料で提供した。

NHKはこの業務を放送法9条(当時)に規定された「放送及び受信の進歩進捗状況に特に必要な業務」として、郵政大臣の許可を得て実施した。

ニューヨークでは伊藤忠商事やMICO(国際メディア・コーポレーション)など日本企業29社が出資し、JNG(ジャパン・ネットワーク・グループ)が設立された。JNGは91年4月から1日11時間15分のサービスを開始した。

一方、ロンドンでは従来から民放のテレビ番組を短時間放送していたJSTV(ジャパン・サテライト・テレビジョン)に丸紅、MICOなど38社が出資して、その業務を引き継ぐ形で、91年7月から1日11時間のサービスを始めた。

JSTVはフジテレビを中心とした従来の番組にNHKの番組を大幅に加えて編成した。日本から衛星経由で送られてきた番組を、ヨーロッパ全域をカバーする通信衛星アストラ1bを使って配信し、家庭で直接受信できるようになった。

テレビジャパンは有料で、契約者のほとんどが現地に在住する日本人だった。JNGとJSTVはテレビジャパンの視聴料、広告放送、日本企業の協賛金を収入源として運営された。それまでにもアメリカの西海岸やハワイなどでは日系局と呼ばれる放送局が日本人移住者や日系人向けに、日本からVTRを取り寄せて日本のテレビ番組を放送していた。

しかし、テレビジャパンのように衛星を使った長時間サービスは初めてだった。それだけにテレビジャパンの開始は現地の日本人に歓迎されるとともに映像による海外発信の本格的な始まりと受け止められ、94年の放送法改正へとつながっていく。

法改正による受託協会国際放送

テレビジャパンが始まってから3年後の94年6月3日、映像による国際放送の規定を盛り込んだ放送法の一部改正案が、会期末近い第129通常国会に提出された。改正案は、8日に衆議院、22日に参議院で短期間審議され、29日に公布、12月から施行となった。

この法改正は、映像による国際放送をNHKが国から受託して行う「受託協会国際放送」と、民放の委託による「受託内外放送」とし、NHKの本来業務と、民放が実施できる業務と規定した。放送法はその内容を、「日本放送協会の(民放の場合は「他人の」)委託によりその放送番組を外国(民放の場合は「国内及び外国」)において受信されることを目的としてそのまま送信する放送であって、人工衛星の無線局により行われるものをいう」と定義づけた。こうして日本からのテレビによる情報発信の法的な枠組みが整った。