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誰にも言えない… トランスジェンダーのための下着開発

股間の膨らみ、胸の膨らみを目立たなくする下着。一方、股間にも胸にも、膨らみをつける下着。さらに、ナプキンを着けても漏れない、ボクサーパンツ型のショーツ。すべて、日本で初めて開発されたトランスジェンダー(自分の性別に違和感がある人)のための下着です。なぜ、こんな下着が…? トランスジェンダーの人たちの取材を進めると、開発の裏に、誰にも言えずに抱え続けてきた当事者たちの深刻な悩みがありました。(映像取材部 桑原義人カメラマン)

下着をめぐる切実な悩み

「生理が来ると、体が女性である現実を突きつけられるだけでなく、女性用サニタリーパンツをはかざるをえないことで、一層、心がつらくなる」

体は女性、心は男性の人が抱える悩みです。

「骨格は男性。サイズの合わないブラジャーを着け続け、ホックやワイヤーですれて、胸の周りは傷だらけ」

体は男性、心は女性の人の悩みです。

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トランスジェンダーや性的マイノリティーの人たちの支援を行う大阪の社団法人「LGB.T」がことし、トランスジェンダー100人に、下着についてのアンケートや聞き取り調査を行いました。


代表理事で、当事者でもある麻倉ケイトさんは「自身の経験や当事者と接する中で、下着の悩みを抱える人は少なくないと感じていました。寄せられた声の中には『死にたい』という人もいて、想像を超える深刻な問題だと気づきました。それが今回の下着開発につながっています」といいます。

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死を考えるほどの下着の悩みとは、どういうことなのか。私は当事者の方々を訪ね歩きました。「トランスジェンダーへの理解につながるなら」と、センシティブな問題と向きあう姿をカメラで記録することをふたりの当事者が許してくれました。

”胸の膨らみ”から逃れたい

「『あ、女の子だ』という目で見られることが何よりも嫌」と話すのは、大阪府東大阪市の徳留真さん(30)。女性の体で生まれ、心は男性です。

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徳留さんの朝は、胸にきつめのシャツを巻くことから始まります。胸をつぶして、膨らみを目立たなくするためです。「長年締め続けてきたために、胸の間にあざができて、消えなくなってしまった」と写真を見せてくれました。

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その後、向かったのは職場。徳留さんは今、男性として、介護施設で働いています。体を動かすことが多い仕事。お年寄りを車いすに乗せるとき、入浴を手伝うときなど、胸を締めつけた状態での力仕事で、苦しくて吐き気をもよおすことがあると言います。

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仕事中、徳留さんは何度も、人目のつかない所でシャツを緩めたりずらしたりしていました。

踏み切れない性別適合手術

自宅に戻った徳留さんに、どうしても聞きたいことがありました。「性別適合手術を考えたことはないですか」と。徳留さんは「あります」と言った後、続けました。「でも踏み切れません」。「性別適合手術」とは、胸や子宮、または睾丸(こうがん)を切除し、心と体の性を一致させるもの。日本では、この手術をして戸籍の性別を変えた人は8000人ほどです。

連合が20歳から59歳の1000人に行った調査によると、トランスジェンダーは1.8%。日本には200万人以上いることになります。多くの人が手術をせず「違和感」を抱えたまま暮らしています。

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思いとどめる母の言葉

「胸も生理もない体になりたい」。そう望みながらも、徳留さんが手術をしないのは、子宮を摘出すれば、ホルモンバランスが変わって、副作用や後遺症が出るのではと心配しているからです。そしてもう1つ、大きな理由があります。母・法子さんの思いです。「あなたが男であっても女であっても、健康であることがいちばん。心が男ならそれでいい。体を壊してまで手術をしてほしくない」。

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心と体に折り合いつけて

母のひと言ひと言にうなずき、真剣なまなざしで母を見つめていた徳留さん。最後に言いました。「今は自分の体を受け入れて、心に折り合いをつけながら、何とか生きています」。

”股間の膨らみ”を医療用テープで隠す

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大阪市の山崎あおいさん(48)は、体は男性、心は女性です。山崎さんの悩みは、下半身の膨らみ。女性用の下着をつけると特に目立ち、自分の体が男性であることを思い知らされると言います。外出するときは必ずスカートをはいて、膨らみが目立たないようにしています。しかしそれでも、完全には隠しきれず人目が気になってしまう…。

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そこで、医療用のテープを使って無理やり下半身を押さえつけています。これには痛みが伴います。「むなしさと、ため息。何でこんなことしなきゃならないんだろうって」。

ぬぐえない違和感…うつ病と性同一性障害と

山崎さんは、物心ついた頃から、性別に対する違和感がありました。そしてずっと「違和感は治さなければいけないもの」と思っていました。高校卒業後、山崎さんは建設現場での仕事につきます。

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しかし、30代前半の頃、「男らしくなければいけない」という、自分自身や周囲からのプレッシャーに耐えきれなくなり、薬を大量に飲んだり、電車に飛び込んでしまいたいという衝動に駆られたりすることもありました。うつ病になり、精神科の病院に通い続けた山崎さんは、性同一性障害と診断されました。

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それを機に、山崎さんは仕事をやめ名前も変えて、女性として生きることを決意します。「もう頑張らなくていい。ありのままの自分で生きていけるんだって、救われた気持ちになりました」。今も病院に通い続ける山崎さん。下着の悩みがなくなれば、気持ちはさらに落ち着くだろうと考えています。

自分に合う下着で堂々と生きる

こうした悩みを解消したいと開発された新たな下着。開発に協力したのは、滋賀県彦根市の老舗の下着メーカー「美成産業」です。およそ1年、当事者と議論や試着をくり返し、ついに12月、形になりました。

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お披露目会には、山崎さんも参加。早速、試着したのは、下半身の膨らみをカバーするショーツです。男性の膨らみをショーツの中央におさめて、その周りを分厚い生地にすることで、全体として目立たなくさせる仕組みです。

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「膨らみが目立たない!」という周囲からの声に、山崎さんは満面の笑顔で答えました。

「気持ちもすごく晴れ晴れです。今まではテーピングをする痛みや精神的につらい部分があったけど、この下着は私をすごく自分らしく前向きにしてくれます」

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精神医療の現場から期待の声も

今回開発された下着は、医療現場からも期待の声が上がっています。性同一性障害学会の理事で、多くのトランスジェンダーと向き合っている針間克己医師に聞きました。

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「下着の悩みを抱える当事者は多いです。その悩みを打ち明けてくれるようになるまでには、長い時間がかかります。それくらい言い出しにくい問題です。費用や体への負担から性別適合手術をせず、違和感を抱えたまま生きている多くの当事者にとって、心身ともに負担軽減につながるものだと思います」

取材を通じて

下着という、毎日身につけるものだからこそ、悩みも喜びも大きいのだと思います。山崎さんのうれしそうな姿を見て、ひとりでも多くの人が、「ありのまま」の姿で堂々と生きてほしいと強く感じました。

桑原 義人
映像取材部カメラマン
桑原 義人