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“早く忘れてと言わないで” 母親にケアを

死産や流産のあと「早く忘れた方がいい」「次の子どもを」と言われ、傷つく母親たち。死産や流産を経験する母親は年間2万人以上に上ります。その後、適切なケアを受けられないと、「次の子どもを愛せない」など深刻なケースにつながることが分かってきました。思い悩む親たちへのケアの在り方を探ります。(静岡放送局記者 北森ひかり)

きのうまで生きてたのに…

ことし6月、息子を死産した女性です。妊娠6か月、順調に育っていて、産まれてくるのを楽しみにしていたときでした。

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女性は自分の体調に異変を感じ、夜間の救急診療を訪れました。翌朝、医師から告げられたのは赤ちゃんの心音が聞こえなくなったという事実。突然の出来事を受け止めることができませんでした。

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「夜間救急の方に行って、自分の処置をしてもらったあと、翌朝、病院の先生に診てもらったら、心音聞こえてなくて、亡くなっていると言われました。きのうまで生きてたじゃんと、ぐしゃぐしゃの気持ちでした」

女性を救った“亡くなった息子との時間”

つらい心境に陥った女性を支えたのは、出産直後に、亡くなった息子と一緒に過ごした時間でした。入院先の聖隷浜松病院が設けてくれました。

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亡くなったことを知った当初は息子と会うことは考えられなかったという女性。

「赤ちゃん、かわいいよ。会ってみない?」

助産師が女性にやさしく語りかけました。

「少しだけ、会ってみよう」

女性は赤ちゃんを抱き上げました。愛しさがあふれ出てきました。

「看護婦さんたちがたくさん声かけをしてくれ、じゃあ会ってみようと。1度会ってみると、その後も会いたくなりました。数えてみたら、息子と一緒に過ごせる時間がとても限られていることに気がつきました。最後の日は、朝からずっと一緒にテレビを見たり、だっこしたり、隣に置いて寝たりしていました」

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病院のサポートを受けながら、女性はおむつを替えたり、おっぱいをあげたりしました。息子を見送るまでの限られた時間に、やってあげたかったことをすることで、親子としての時間を過ごすことができたのです。

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「死んでいる子と一緒にテレビを見てるというのは、他の人から見たらとても変な光景だと思います。ただ、死んでいるけど、きちんとだっこできたのは、私の中で、すごいキラキラの思い出になりました」

女性が息子との思い出として大切に持っている寄せ書き。病院のスタッフから退院の時にもらったものです。

聖隷浜松病院は5年ほど前から、子を亡くした母親のケアに取り組んでいます。助産師や看護師が関わりながら、母親と赤ちゃんの対面や、写真を撮るなど、思い出を残すことを提案しています。退院をしたあとも、電話をしたり、手紙を書いたりするほか、場合によっては自宅まで出向いてケアをしています。

医療機関が退院後のケアを

長年、子を失った母親のケアを研究してきた静岡県立大学の太田尚子教授は、医療機関などでのケアの普及に努めてきました。
太田教授はたとえ死産であっても、子どもに母親として接することで次第に愛情が深まり、母親であることの自覚が生まれるといいます。太田教授はその「自覚」こそが、前向きになれる力になるといいます。

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「亡くなった子どもと過ごす時間は、『私が母親になった』と実感できる瞬間。母親になることのその一歩につながり、前に進んでいく」

一方、太田教授は入院中や退院後、継続してケアを行う病院が国内では少ないのが現状だとも指摘しています。

太田教授自身、以前、病院で助産師として働いていました。その際、多くの死産や流産を経験した母親に関わりましたが、手探りのケアだったということです。

当時、医療の現場では、死産で亡くなった子どもと親を対面させることはタブーとされていたといいます。悲しい出来事は「早く忘れた方が良い」「見えない方が良い」、そうした考えが主流とされていたというのです。
そんな中、死産で亡くなった子どもと一緒に同じ時間を過ごし、親子の思い出を残すことなど、欧米で行われているケアを独学で学び、実践しながら、適切なケアの方法を手探りで行ってきたといいます。

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その経験をいかし、太田教授は死産や流産を経験した母親がどのようなケアを望んでいるのか研究を進め、助産師や看護師向けのプログラムを作りました。
プログラムを基に毎年、研修会も開催し、母親との接し方やことばのかけ方はどうあるべきかなど、助産師や看護師の教育に取り組んでいます。

支え合う当事者たち

また、太田教授が重要性を指摘しているのは、寄り添い続ける「傾聴」などの仕組みの必要性です。静岡市内では3か月に1度、みずから死産を経験した女性が主催し、当事者どうしが語り合う「おはなし会」を開いています。

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この日、「おはなし会」に訪れたのは、4か月前に娘を死産した夫婦です。

「エコー(超音波検査)もしてもらったら、先生が代わる代わるみていた。ああ、何かあるんだなと思ったら、もう本当に心臓とかも全然動いてない。産声が聞きたかった」

夫婦は友人や職場の人にも話せず、はき出せる場を探していました。

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「無事に産まれれば新生児訪問とか、いろいろ頼れる機関はたくさんありますが、無事に産まれなかったら頼れるところが全くない。こうした当事者が集まる会は死産した人の希望なんだと実感しました」

「おはなし会」を開催する押尾亜哉さんも、12年前に死産を経験しました。自分と同じ苦しみをもつ人たちの支えになりたいと運営を続けていますが、国内では、押尾さんの会のような「当事者の会」「遺族の会」が、支えの仕組みとなることがほとんどだというのです。

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欧米では国がケアを推進

善意で支えられているケア。専門家によりますと、適切なケアを受けられないと、次に妊娠しても、また死産してしまうのではないかと、PTSD=心的外傷後ストレス障害に陥ったり、出産しても愛情を注げなくなったりするケースがあることが分かってきました。

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欧米では30年ほど前から、死産や流産を経験した人のニーズや研究結果に沿い、医療機関や国がケアのガイドラインを示すなど、取り組みが進められてきました。

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アメリカでは、死産から4週から6週の時に面接を行い、精神的な負担のレベルを振り分け、そのレベルに応じて心理カウンセラーや精神科などの専門機関につなぐとされています。

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またイギリスは、病院が当事者や医療従事者などで作る地域の支援団体を紹介し、立ち直りに必要な情報をメールや電話などで24時間、365日提供し、いつでもケアにつなげられる仕組みがあります。

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欧米のケアに詳しい聖路加国際大学看護学部の堀内成子部長は、「イギリスではすべての国民は子どもを亡くした場合にはその後のケアが受けられる。日本でも遺族ケアというものを、保健医療の中で位置づけ、国や医療機関が主導して取り組む必要がある」と指摘しています。

寄り添う気持ちを

日本では、家族や身近な人の支え合いによって救われてきた母親がいる一方、身近な人に「忘れた方がいい」とか「また次の妊娠を」などの言葉が投げかけられてきたといいます。

最近の研究では、こうした身近な人による言葉が子を亡くした母親を傷つけ、精神的な負担になっていることも分かっています。

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日本でも国によるケアの仕組み作りが急がれますが、まずは私たちがケアの重要性に関心を持つことが大切ではないでしょうか。そうすることで、ケアを必要としている親が適切なケアを受けられるよう、「あそこに当事者の会があるよ」などの情報提供につながっていくのではないかと思います。

取材を通して感じたのは、子を亡くした母親の中には、自分の気持ちを誰にでも打ち明けられる人ばかりではないということです。あなたの身近にも死産や流産で子を失った人がいるかもしれません。そうした人がもしいたら、その胸の内に寄り添ってほしいと思います。

北森 ひかり
静岡放送局記者
北森 ひかり